2:タイムリープ実験②

文字数 1,781文字



――6

 視界が激しく揺れ、鼻先で赤い火花が弾け散る。
 あの時と同じだ。砂月を助けようとして飛び込んだあの時と。
 僅かな耳鳴りと視界のノイズ。落ちる感覚に足を地面に必死に踏ん張る。だけどその感覚すらどこか曖昧で。

 はっと目を開けるとそこは馴染んだ史学準備室だった。
 さっきまでの光景とさほど変わらない。
 あがる息を整える。
 成功、したのだろうか。まだ分からない。とにかく落ち着いて状況を確かめなければ。

 きょろきょろと視線を彷徨わせる。
 棚で埋もれた壁、本や書類が乱雑に積まれた床、空っぽの金魚鉢。
 それから視線の行き着いた先に思わずぎくりとする。
 いつのものソファーの指定席に逸可が居た。
 ソファーに体を沈めクッションに肘をつき、こちらを見つめている。

逸可(いつか)……?」

 だけど違和感。
 なんだろう。ソファーに座る逸可はいつもの光景だ。
 成功したのであれば、ここは1週間後の史学準備室で、昼休みのはず。
 でもそこに僕の姿は見当たらない。僕なら一緒に実験の結果を見届けそうなのに。

――5

「逸可、えっと……」

 なんと説明したら良いんだろう。説明している時間はない。
 でも未来の逸可なら、この実験のことを既に知っているはずだ。
 僕がここに来ることも、その経緯や理由や結論さえも。

「証拠、だろ?」

 逸可が笑う。
 なんだか随分逸可らしくない、大人びた笑いだった。
 心なしか雰囲気も違う気がする。

「ここがその、未来なら……」

――4

 無意識に刻むカウントダウンが、今僕が自分の力の中に居ることの証のように思えた。
 カウントダウンは決して止まらない。
 僕だけに響いている。

「ここはお前らが想定した未来より、ずっと先の未来だ。つっても、何年も何十年も先とかじゃねぇけど」
「え……っ、そうなの?」

 確かに逸可は予定外の所に落ちる可能性も示唆していた。
 でも逸可は制服だしそう何十年もずれているようには見えない。
 見た目も〝今〟の逸可となんら変わらないように見える。
 少なくとも誤差は在学中だろう。

「でも、じゃあ僕はやっぱり……時間を跳び越えてるってこと……?」

 未だ半信半疑だった。
 だけど僕は今、未来に居る。
 目の前の逸可がそう言うのだ。きっとそれは間違いない。嘘をつく理由など逸可には無い。

――3

 逸可が少し笑う。
 やっぱり〝今〟の逸可とは少し違う印象だ。
 未来の逸可はこんな風になるのだろうか。たった1年か2年で。

「これ、持っていけ」

 そう言って差し出されたのは、水色の封筒。
 思わず食い入るように見つめてしまう。

「……手紙……?」
「そこに居る、藤島逸可に。だけど渡すのは〝その事件〟が解決してからだ」

 未来の逸可から、過去の……〝今〟の逸可への、手紙。

 僕は反射的に手を伸ばしながら、その手が震えていることに気付いた。
 なんだろうこの感覚は。
 触れた指先には確かな紙の感触と現実味があった。
 痺れるくらいにそれを感じて余計に戦慄する。
 だけど意識は目の前の逸可の言葉へと吸い寄せられた。

――2

「解決、するの……? 砂月は、今……」

 今この未来に砂月は居るのだろうか。
 それを聞いて、いいのだろうか。
 一番肝心なことが、いつも訊けない。
 僕は、いつも。

「お前次第だ」

 逸可が笑う。随分柔らかくなった気がするその目元。
 そうか、違和感の正体。
 ここに来る前にも見ていたせいで気付くのが遅れた。
 メガネが――

「じゃあな、篤人」

――1

「――――!」

 ぐんと身体がひっぱられる感覚。
 僕は慌てて手の中の手紙を制服のポケットに捻じ込んだ。
 目の前の光景が、逸可の顔が、視界が遮断される。
 抗いようのない力に身体(からだ)ごとぜんぶ持っていかれる――
 見えない何かに掴まれた、身体ごと乱暴に振り回されているみたいだ。
 平衡感覚を奪われて思わずきつく目を瞑った。

「――……っ!」

 がくんと膝が折れ、地面に手の平をつく。
 冷たい床の感触がした。
 荒い呼吸で必死に肺に空気を取り込む。
 先ほどとはどこか違うようで、でも確かに感じる現実の感触だった。

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