5:弾け飛ぶ前に跳べ

文字数 2,604文字



「――確保!」

 白瀬さんの合図で控えていた武装警察が一気に教室内に雪崩れ込んだ。
 教室の扉のところで僕と逸可は身を隠す。
 言われていた通り目を瞑り耳を塞いでいたので僕も逸可も思っていたよりも影響は少ない。それでも瞼の裏側まで白に眩んだ。
 物音や足音がやがて止み、教室内に電気が点く。
 さきほどよりも柔らかに感じるその光の中、逸可と僕はそろりと教室内を覗き込んだ。

 部屋の中央で取り押さえられた少年――彼が川津雄二。
 本当に自分たちと年の変わらない少年だった。
 砂月はすぐ近くの椅子に縛り付けられていたけれど、白瀬さんが拘束を解いている。
 砂月の後方に居た人質も手早く開放され、外で待機している救急車へと促され教室内から足早に出ていく。
 だけどこれで終わりではなかった。
 緊張は、まだ解けない。

「爆弾処理班、急いで!」

 白瀬さんの叫び声に数人の武装警察が教室の中央にひとつだけある机の元へと駆け寄る。
 そこには機械的なカウントダウンを刻む四角い箱がありパソコンと繋がっていた。
 それが時限爆弾であることは容易に想像できた。ここに来るまで至る所に、そしておそらくこの校舎中に設置されているのと同じもの。
 ただひとつだけ違うのは、カウントダウンを刻むデジタル式の箱が爆破時刻を予告しているということ。

「時間が……!」

 捜査員の悲痛な叫びに、僕も逸可も思わず教室内に足を踏み入れる。
 ここまで来て逃げようという考えはなかった。
 今逃げてもムダであることは、解っていた。
 絶えず響く機械音の先で、数字はカウントダウンを止めようとしない。
 残り時間は1分を切っていた。

「止めなさい今すぐ……!」

 白瀬さんが砂月を支えながら、床に押さえつけられたままの川津へ唸るように命令する。
 川津は笑って応えた。

「停止コマンドを打てばいい。解除に必要なカードキーはもう無いけど」
「……!」

 川津の言葉に白瀬さんはパソコンを操作していた捜査員の方に視線を向ける。
 捜査員が震える声で答えた。

「……事実のようです。カードキーの認証を求められます」

 その場に緊張が走る。
 嫌な汗が滲んだ。
 指先から少しずつ感覚を失っていくようだ。
 カウントダウンの機械音だけがその場を支配する。
 川津は余裕の笑みを浮かべていた。
 このままだと自分も死ぬというのに、おそれは全く感じられなかった。

「――篤人……!」

 その場の空気をを裂くように突如響いたのは、砂月の声だった。
 死へのカウントダウンを遮って、まっすぐ僕に届いた声。
 視線の先、白瀬さんに支えられたままの砂月がまっすぐ僕を見据えていた。
 わずかに息が上がっていて、疲弊した様子が見てとれる。頬も赤い。
 だけどその()には強い光。

「砂月……?」
「5分前までは、あったの……カードキーがここに、あったのよ……!」

 ひかれるように無意識に、足を踏み出す。
 砂月が僕を呼んでいた。
 砂月は震える体を抑えながら、吐き出すように続ける。

「絶対に、外さない。信じて、だから――」

 砂月が僕に向かって右手を差し伸べる。
 僕は無意識の内に駆け出していた。
 手を伸ばす。
 その手をとるのは僕の義務だと思った。

「わかった。必ず、取ってくる」

 指先が触れた瞬間、本日2回目のあの衝動。

 身体(からだ)が持っていかれる。
 だけど昼間ほど振り回される感覚はなかった。
 そしていつものカウントを刻む音。
 おかしなことにそれは爆弾のカウントダウンの機械音と連動しているような気がした。
 視界が一変する。

――6

 足の裏に床の感触を感じて顔を上げる。
 薄暗い教室、パソコンの明かりよりも月明かりが眩しい。
 やけに冴えた頭で状況を瞬時に確認する。
 中央の机には川津が居て、今まさにライターの炎をカードキーにかざしていた。

――5

 突然の僕の出現に、川津の意識が僕へと向く。
 距離はさほど離れていない。
 視界の端に椅子に縛られたままの砂月の姿が映った。
 その()が大きく見開かれる。

――4

 向かってくる僕に、反射的に川津が身構える。
 かざしていたライターの火が、標的を僕に変えた。
 僕の標的は川津の左手のカードキー。
 それだけだ。
 地面を蹴って体ごと、川津に向かって飛び込む。

――3

 鼻先にライターの炎がかすった。
 川津が何か叫んでいるけれどもう僕の耳には聞こえない。
 一瞬、皮膚を焼く痛みが意識を掠めたけれどすぐに押し込める。

――2

 川津がバランスを崩しその体が傾く。
 左手に持っていたカードキーがその手を離れ宙に浮いた。
 いやにすべての光景が、ゆっくりとまるでコマ送りされているように感じた。
 手を伸ばす。
 ふと懐かしい感覚がした。
 コートでボールを追いかけていた時の、あの感覚が。

――1

 視界の端の砂月に僕は上手く笑えただろうか。
 届いただろうか。
 大丈夫。約束したんだ。
 君を死なせはしない、絶対に。
 もう誰にも奪わせはしない。


「――……!!」

 次の瞬間ドサリと身体(からだ)が落とされたそこは、やはり教室だった。
 ついさっきまでの光景とは違い、すぐ目の前には砂月が居る。
 その背を白瀬さんが支えていた。
 落ちてきた僕を、砂月が泣きそうな顔で見ている。
 だけど僕の焦点が定まらず、床に蹲って体を押さえた。体中の骨が、筋肉が軋んでいるような感覚に声も出ない。

「篤人!」

 逸可が駆け寄り、僕は息を吐き出すのと同時に激しく咳き込んだ。
 胃の中の物が込み上がってくる衝動に口を押える。
 上手く力が入らない。身体(からだ)が悲鳴を上げていた。
 なんとか腕を持ち上げるけれど、思ったより動かなかった。
 そんな僕の肩を逸可が支えてくれた。

「これ、を……!」
「……!」

 白瀬さんが僕の手からカードキーを受け取り、そのまま捜査員に渡す。
 カードキーを差し込んだパソコンから先ほどまでとは違う機械音が甲高く鳴った。
 ごくりと誰かが唾を呑む。
 無事解除できたのだろうか。
 必死に耳を澄ませる。

 カウントダウンは止まっていなかった。

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