第6話「夜曜日の日」
文字数 11,312文字
棺桶の内側のようなこのワンルームを、辛うじて棺桶であることを否定させているのは、天井からぶら下がる電球のオレンジ色の灯り、それに照らされるベッド、ベッドは灯りに照らされているが、その電球がほとんどオレンジの単色光のようなもので、ベッド本来の色合いが死んでしまい、本当は濃い赤か緑だったのだろうが、灯りに照らされているといってもほとんど真っ黒で、辛うじて柔らかそうな質感だけが、それだけが伝わる物体が、そこにあるように見えているだけだ。それらに加えて、一番大切な存在が灯りの下のテーブルで、四角いテーブルはせいぜい二人掛といったところで、これももちろん色合いが死んでしまっているが、電球の灯りに照らされてオレンジ色になっているところから、恐らく本来の色合いは真っ白かベージュと言ったところだろうが、そのテーブルには一人の男が、スウェットを上下に着た、このスウェットも語るまでもなく何色か不明瞭だが、服装からてっきり寝起き姿なのかと思ってしまうが、その様なことはなく、綺麗に、といってもこのような灯りのもとでは本当にきれいなのか判別のしようもないが、小綺麗に撫でつけられた髪に、胡座をかいてテーブルに向かっている。そういえば、ベッドも整えられていることから、少なからず起き抜けという訳ではないのだろう、もしくは、とても几帳面なのだろう。
その男はテーブルの上にノートを広げ、天井からの灯りを自分が遮らないように、角度に気を付けながら、覗き込むようにしている。ノートの薄緑色の罫線は、オレンジ色の灯りによって、真っ黒に浮かび上がり、ノート上に記された鉛筆の文字は、オレンジ色に照らされたノートの白地に飲み込まれそうになりつつも、凪いだ海の水面が夕日に照らされてキラキラするように、文字を形どる黒鉛の粒子がオレンジ色の灯りに照らされて、ピカピカと光って、そこに文字があることを、文章が書かれていることを暗に示している。男も、そのピカピカを頼りにして、そこに書かれていることを、書かれている言葉の存在を、とらえようとしていた。
〇月×1日(金曜日)
クロード・モネのような夕間暮れ。
今日、貴方のことをずっと見ていたのよ。
そう、ずっと。
まぁでも、ずっと、と言っても、キャンパスのカフェテラスから、貴方が運動場の側のベンチで、貴方は知らないかもしれないけど、あの屋上のカフェテラスはキャンパスを見渡すのにはちょうどいいのよ、そのテラスからじゃ双眼鏡でも使わないとわかりようがないけど、貴方が何やら分厚い全集みたいな本を読んでいるのだけはわかったわ、そう、その姿を、ただ遠くから見ていただけなのよ。
別にわたしは、貴方のことを探そうと思って、カフェテラスに上がったんじゃないわ。だってその日の夜、サークルでいつものバーに行く予定だったし、実際に貴方もバーに来たでしょ。だから、特別、貴方のことを探さなくたって、今晩、会えるわけだし、別に貴方に対して急用みたいなものがあった訳でもないし。まぁ、確かにね、来週提出のイギリス文学論のレポートを書くのに、ヴァージニア・ウルフの全集を少し借りたいとは思っていたぐらい、まぁ、それも特別に急ぐようなことでもないし、そもそもレポートの課題がシェイクスピアだし、そんなのはわたしの部屋にある本でどうとでもなるわ、まぁでも本当にあの先生の講義は、講義名に偽りありだわ。イギリス文学論なんて言っておきながら、概論はおろか、十六世紀から一向に時間が進まないのよ。そのまま気づけば、いやわたしはちゃんと気づいていたけど、中間レポートを提出しろ、だなんて言い出すし。講義名を「シェイクスピア論」にでも変えるべきだわ。わたしはシェイクスピアが嫌いだとか言いたいんじゃないの。なんていうのかしら。裏切られた?それは違うわ。あの先生の専門がシェイクスピアだということは、シラバスを読んで既に分かっていたし、授業内容だって、ほとんどがシェイクスピアで終わってしまうことだってわかっていたわ。それでも、それでも?なら、わたしはあの講義に何を求めていたのかしら。まぁ、そんなことはどうでもいいわ。勉強したければ、自分ですればいいのよ。本当にそれだけよ。
そう、それでわたしは貴方が本を読んでいるのを、カフェテラスからただ見ていたのよ。確かに、下に降りて行って、貴方に声をかけてもよかったのかもしれないけど、ただその時は、早めの夕飯にしようと思って、まぁ、バーに行く予定はあったけど、腹ペコで行くようなところじゃないでしょ、バーは、だから何か食べておこうと思って、『ベイカーズ』で買ったクラブハウスサンドを食べていたのよ。そう、知っている?『ベイカーズ』っていうパン屋さん。あれじゃないわよ、駅の構内とかに入っているのじゃないわ。もっと、こう、こじんまりとしたお店で、大学の裏手から出て、住宅街の中にひっそりとあるお店なの。今度連れてってあげるわ。そう、あそこわね、講義が終わった後に行くと、ちょうどサンドイッチの値引きがされるのよ。本当にちょうどよくね。あんまりここの学生は、お店じゃ見ないわね。日本文学のあの先生、名前忘れちゃったけど、あの男の先生は時々買いに来るみたいね。休日に見かけるのだけど、いつもフランスパンを買っていくわ。もしかしたら、フランス文学のコニシ先生よりも、フランス人みたいな生活をしているかもしれないわ。あのお店はもう少し、学生に知れ渡ってもいいと思うのだけど、まぁ、わたしもそう言いつつ、まだ誰にも教えたことが無いから、あのお店はきっと、そういうものなのよね。
そうそれで、わたしはサンドイッチを食べながら、貴方のことを見ていたわけ。貴方も知っているでしょ、わたしは食事の時間は誰にも邪魔されたくないのよ。ご飯を食べるときは絶対に一人。誰かとお茶するくらいなら構わないけど、食事をしているところを見られるのは嫌だし、他人が食事をしているところを見るのも嫌。いつからかしら、そう思うようになったのは。中学生の頃まではお昼と言えば給食で、好きでもない男子と向かい合わせでご飯やらパンやら食べるのは、耐えることができたのに、高校に進学して教室の机に縛られないで、自由に食事が取れるようになってから、人と食事をすることが、どうしても耐えられなくなったの。あの、異物というか、異物というのは変だけど、身体の中に自分の身体ではない何かが取り込まれていく姿っていうのが、特に食事となると、こう、まざまざと見せつけられるというか、なんだろう、こう、気持ち悪く思えてしまうのよ。だから、人がご飯を食べているのを見ると、その姿がわたしにも跳ね返ってきて、わたしもあんな風に取り込んでいる、ということを、ひどく生々しく感じてしまうのよ。見てはいけないものを見てしまっているような、そう、だからご飯を食べているところも、見られたくないと思うのよ、恥ずかしいというか、別にあれよ、面と向かっていなければ、すぐそばに居なければいいだけなのだけど、ひどいときは、学校のトイレでお弁当を食べるような時もあったけど、そうひどいときは、食事は排泄と同じくらい、恥じらいというか隠して行うべきことだと思っていたのよ。まぁ、それが今では少しずつ改善してきて、カフェテラスの屋上で外の景色を見ながら、同じ場所で排泄をしたら「公然わいせつ罪」で一発アウトでしょうけど、まぁ、それくらいには耐えられるようになったのよ。でも、みんなでバーに行ったときとかに、先輩がピザを頼んだりするでしょ、あれはちょっと今でも見てられないわ。悪意はないのだけど、つい口をハンカチで押さえてしまうの。一度それで、嫌みを言われたこともあったかしら。
そう、だからカフェテラスでご飯を食べるのは、景色を見るためだとか、風を感じたいとか、そんなことじゃなくて、単純に食事をしている人を誰も視界に入れずに食事をしたいからなのよ。そうやって、カフェテラスに来て、サンドイッチを食べようと思ったときに、貴方を見かけたのよ。
カフェテラスから見えると言っても、あれよ、小指の爪程度に、豆粒くらいにしか見えないわ、それくらい小さくても、何か厚い本を持っているのはわかったわ、不思議よね、本の読み方って人それぞれ癖が出るのでしょうけど、全集みたいに厚くて重たい本って、みんな似たり寄ったりの読み方をするのね、利き手の反対のほうで背表紙を支えるようにして、その腕を膝の上に乗せたら、利き手でページをめくるのよ、文庫本みたいに小さくて軽い本ならそうでもないのだろうけど、ああゆう重たい本だと、読みやすい恰好というか、楽な姿勢って大体みんな同じなのね、そう、だから、貴方がずっと遠くにいても全集か何か、分厚い本を読んでいるのはわかったわ。貴方が何を読んでいたか、検討をつけたりしていたわけじゃないけど、きっと、夜、バーに行ったときに、話題にでもするんじゃないかと思ったけど、なあに、何も話さないじゃない。
期待していたわけじゃないけど、もし貴方がバーでそのことを話し始めたら、わたしがその姿を見ていたことを、貴方が時々、本を読みながら宙をみつめたり、腕を組みながら運動場を行ったり来たりするラグビーボールの行方を目で追ってみたり、不意にカバンからノートを取り出してメモを書きつけたり、小さい雑誌を取り出して(あの雑誌って、貴方がよく買う現代美術の雑誌でしょう?)全集に書かれていることと、照らし合わせてみたり、そういったことを貴方がしていたということと、貴方がみんなでバーに行ったときによくするように、さも思慮深そうに、三年くらい前から考えていましたとでも言いたげそうに、得意そうでもなければ、ひけらかすわけでもなく、何か当たり前のように、ただポツポツと貴方が話す姿とを、照らし合わせて、貴方の思考の裏側というか、種明かしというか、そういうことを考えながら、貴方の隣でほくそ笑んでやろうと思っていたのに。
結局あのあと、バーに行く時間になって、貴方とは正門で待ち合わせしたけど、貴方はなにも話そうとしないから、なにも話さないという言い方はちょっと変ね、貴方はなんでも話していたわ、今日のアメリカ文学論のこととか(ヘミングウェイってアメリカ人だったのね、あまりちゃんと知らなかったわ)、図書館で読んだ藤田嗣治の図録のこととか(藤田ね、わたしも見たことあるわ。あの真っ白の女性の絵よね。しかし、彼が戦時中に絵画を描いていたことまでは知らなかったわ。家に帰ってから見てみたのだけど、フランス時代の白とは正反対というか、何て言ったらいいのかしら。ごめんなさい、ここで悩んでいたら、この日記を貴方に渡すのに、一か月ほどかかってしまいそうだわ)、お昼に食べた蕎麦屋の店員のこととか(貴方はやっぱり、ああいった、素朴な感じの娘が好みなのね。もしかして、この世の女性は全員、ひっつめ髪にしたら言いとでも思っていないでしょうね。もしそうなら、先輩の就活の合同説明会にでもついて行ったらいいじゃない。そこに行けば、スーツに身を包んで、ひっつめにした女性たちばっかりよ。あたしも、来年になったらあの仲間にならないといけないと思うと、もう、とっても、やっていられないわ)、まぁ、貴方はたくさん話してくれたわ、それでも、あそこで読んでいた本の話は一切しなかったのよね。バーでみんなと合流して、飲み始めてもあいかわらず、代わりに、そう代わりに。代わりに、っていうのは、あの瞬間、貴方が本を読んで、わたしがその姿を見ていて、その瞬間にお互いにそれぞれ考えていたこと、貴方ももちろん何か考えていたでしょう、わたしも考え事をしていたわ、そのお互いが考えていたことを、決して貴方と共有した訳ではないけど、その瞬間に考えていたことを貴方が話そうとしないからね、ニュアンスとしてよ、貴方に代わって、わたしだけあの瞬間に考えていたことを話すという意味で、代わりに、わたしだけ、あの瞬間に考えていたことを話したのよ。もしかして、貴方はわたしが見ていたこと、見られていたことに気づいていたのかしら、そんなことはないと思うけど、話そうとしないから、貴方の姿を見ていたということだけを話さないようにして、あの時のことを話したのよ。
まぁ、お酒がはいっていたから何を話していたかもう忘れちゃったし。今日のことについてもう書くことなんてないわ。だって、全部、バーで話してしまったことなんですもの。まさか、一度話したことを備忘録みたいに日記に書く必要なんてないでしょう?そんな、板塀のペンキを塗り直すみたいに、何重にも塗り重ねるようなことではないし、そもそも、そんなに大切なことだったら、みんながいるバーでなんかで話したりしないわ、だから、貴方もバーで話していないことを書いてちょうだい、これは、お願いじゃなければ、命令でもないわ、わかるでしょう?わたしと貴方の公平性の問題よ、公平性という意味では、バーで話してしまったわたしの方が不公平なはずなんだけど、そのことについては目をつむってあげるわ。なあに、偉そうに上から物を言うとでも思っているんでしょうけど、わたしにとっては、一昨日のバーでのことは、それくらい不満なのよ、わかるでしょう?
だから、わたしは貴方が何て書いてよこすか、楽しみに待っているわ。
それじゃ、またね。
XXX
〇月×4日(月曜日)
朝の4時。牛丼屋でカレーを食べ終えて、空っぽの器を横目にしながら記す。
やぁ。おはよう。
楽しく読ませてもらったよ。
まさか、カフェテラスから見ていたとはね。
あまり、学内の学食でご飯を食べることが好きじゃないから。
そんなところまで、見えてしまうだなんて、君の日記を読むまで知らなかったよ。
さて、何から書こうか。
そうだね、君の話す僕が読んでいた本について、書こうか。
あそこで僕が読んでいた本、君は全集か何かと、思ったみたいだけど、全く違うんだ
(本当はメルヴィルの『白鯨』を読んでいたとでも、言いたいんだけどね)。
読んでいたのは、単なるマンガ本さ。
きっと、今の君には「単なるマンガ本」と言っても、納得しないだろう。
こんなつまらないことで、二度三度と手間を食いたくないからね。
読んでいたのはウィンザー・マッケイの『夢の国のリトル・ニモ』さ。
聡明な君なら名前だけでも聞いたことがあるかもしれない。いや、名前を知らなくても、絵を見ればわかるだろうし、見たことは無くても、見たら君も好きになるはずさ。
日本でいうところの戦前に、アメリカのニュースペーパーに掲載されていたマンガさ。
まさしく、アメリカ文学論でほんの少し、取り上げたものだから、気になってどんなものか、読んでみていたのさ。
マンガ本だから、図書館で借りるわけにもいかないし、結局自分で取り寄せることになって、そこそこしたよ。
ゼミ室のロッカーに今もしまっているから、今度、見せてあげよう。きっと気に入るよ。
毎回、主人公の男の子が夢の世界を冒険するだけのお話。
それだけ、だけど。
うん。
ここで話すより、読んでもらった方がいいね。君の楽しみと期待を奪わないためにも。
君もこれを読んでみれば、僕がどうして、この本を読みながら、あんな仕草をしていたか、わかるだろう。
そうだね。
この日記を君に返した日の、次の夜に見せてあげようじゃないか。
それでいいかな?
男はノートを閉じて天井を見上げる。オレンジ色の電球が頭の上に輝いているが、二つの窓のカーテンの隙間から顔を出した光が、頭上の電球を取り囲み、ぼんやりとした光の影を落としている。それはまるで太陽を取り囲む暈のように、明日の天気は雨になることを暗示するように。男は閉じたノートをテーブルに戻し、積み上げられたノートから、一際くたびれたように見える、ように見えるというのは、灯りの塩梅のせいで表紙の状態はわからないが、その表紙に細かい網目のような皺が影となっていることから、恐らく何度も何度も開いて閉じられたことを暗示しているだけであって、このノートが必ずしも、そのノートとしての役目ゆえにくたびれてしまったのか、そこまでは判然としない。ただ、ノートの背割れを気にしながらパックリと、あるページを開く。
△月〇3日(土曜日)
さわやかな朝。
強引に何かに例えるなら、そうね、モンドリアンかしら。黒縁の大小様々の四角があって、そこここと赤・青・黄色に塗り潰している、その、さわやか、とはちょっと違うのだろうけど、あの感じ、なにか突然、わたしが全知全能の存在になって、目の前に広がっていたオレンジ色に輝く朝焼けの街並みが、突然、幾何学的な図形に、意味というか存在というか、そういうものが二値化されてしまって、自動車とか、自動販売機とか、そういう具体性が一切なくなってしまって、二値化されたそれら全て一つ一つが、白黒テレビのピクセルみたいに、モザイクアートみたいに一体になって、真理というか、ある一つの本当のこと、そのことを目の前に横たわらせているような、なんだか、その様な朝だったわ。「朝だったわ」って、書いているけど、それを書いているのが、今まさにその朝だから、でも、貴方がこの日記を読むころには、過去のことになっているのだから、「朝だった」で、間違いないのね、なんか、変な感じ。
そうね、何から、書こうかしら、書くことねぇ(細挽きのコーヒー豆をモカエキスプレスにいれる、少し、いや、かなりこぼしちゃった、いつもそうだけど、上手に入れられないのよ、この漏斗型の器にグラニュー糖みたいにきめの細かいコーヒー豆を入れるというのが。山を盛る様に入れて、その山を少しずつ突き崩す様に、敷き詰めようと思うのだけど、いつも少し手が震えて、コーヒー豆を跳ね飛ばしてしまって、テーブルにミルクをこぼしたように、ざらざらにしてしまうの)、寝起きだからかしら、昨日のことを書くにしても頭が働かないわ(マグカップに紅茶のティーパック3つを入れて、お湯を少し注ぐ。一分ほど待ったら、牛乳を並々に注いで、電子レンジに入れる、そう、こうやれば、洗い物を少なくして、ロイヤルミルクティーができるのよ、お母さんが良くやっていたわ、そうね、ミルクティーなら、砂糖は欠かせないわね、缶で飲むミルクティーとかもそうだけど、うんと、甘くしないと、この頭の目は覚めないわ、それにしても砂糖はどこにしまったかしら、いつもなら、台所にブラウンシュガーの角砂糖があるはずなのだけど)、やだねぇ、いつもできていたはずのことができなくなるっていうのは、どうしたらよいのかしら(テーブルに座ると、粉だらけのテーブルの中に置かれた、モカエキスプレスを見つける、そうだったわ、エスプレッソの準備をしていたんだわ、水を入れて火にかけないと、あら?ガス台に既にポットが置かれているわ、昨夜から、置きっぱなしだったのかしら、いや、まだ温かい、というより熱い、中身があるわ、茶色?コーヒー?ちがう、ほうじ茶だわ)、とりあえず、気を落ち着かせましょう、こういう時はなにか、そうね、飲み物をのんで、心を休ませる必要があるわ(『チンッ』電子レンジが鳴る、恐る恐る近づくと、熱々のミルクティーが突沸を起こして、レンジの中で透明度の低い白茶色の液体が飛び散っていた、そうだったわ、どれも、あたしが準備しようとしたものばかりだわ、ほうじ茶にしても、エスプレッソにしても、ミルクティーにしても、本当に、今日はどうしてしまったのかしら、ミルクティーは吹き飛んで残っていないし、とりあえず、ほうじ茶だけは飲めそうだわ、砂糖を入れて甘くして飲みましょう、あと、何かたべられそうなものは、チョコクッキーがまだ残っているはずね)、とりあえずほうじ茶があるから、これでも飲みながら考えることにするわ(それにしても、砂糖はどこにやったのかしら、台所の戸棚を手当たり次第に開けているのに、砂糖だけが見つからない、不思議だわ、どうしましょう、そうね、先にほうじ茶が冷めないうちに、マグカップに入れてしまいましょう、砂糖は無くても飲めるわ、マグカップは、あれ、マグカップもないわ、マグカップが無い?あー、そうだわ、一つは電子レンジの中に入れっぱなしだわ、それでも、あともう一つはあるはずだけど、そうね、貴方がわたしの部屋に置いていったものも含めると、あと、三つあるはずね、貴方のを使っても問題ないわよね、でも困ったことに、貴方のカップも見つからないの、どうしてかしら、流し台を見てみるわ、流し台は、なにこれ?流し台が、割れた器の欠片だらけというか、あぁ、ここに砂糖の容器があったのね、でも瓶が割れちゃっているわ、中の角砂糖も水気を吸ってべたべたになっている、砂糖はあきらめるしかないわね、それでもカップは、あぁ、この破片はカップの破片なのね、どうしてこんなことになっているの、あぁそうね、きっと、洗い物をするのに、落としてしまったのね、いや、そうね、手が滑って、残りのカップをすべて割ってしまったのよ、これでは、ほうじ茶の飲みようがないわ、わかったわよ、電子レンジのマグカップを洗って使うわ、ついでに電子レンジの中も拭いておくわよ)、はぁ、ほうじ茶って、こんなにおいしかったのね、最近はラテとかケーキとか、もっとほうじ茶本来の味を楽しむべきよ、そうね、そういうものなのよ(こんな台所で立って飲まないで、椅子にすわりましょう、はぁ、そうだったわ、コーヒー豆は後で片付けましょう、今はお腹が空いたわ、何か甘いものをつまみたいわ、そう、クッキーがあるはずよ、クッキーは、あれ、これも、これも、これも、これも、これも、これも、これも、これも、全部空っぽ)、どういう訳かしら、まだ起きてすぐのはずなのに、眠くなってきたわ(気持ち、部屋の中も暗くなってきたし、あんな朝日だったのに、もう、雲が出てきたのかしら、朝焼けの次の日は雨だなんて言ったりするけど、そんな、その日のうちに雨になったりするはずないでしょう、窓の外を見てみるわ、あぁ、もう月が出ていたわ、そんなに時間が経っていたの?マグカップはまだ、温かいわ、温かい、温かい?)、やっぱり駄目だわ、眠いわ、続きはひと眠りしてからにするわ。
おやすみ
夜。
夜だわ。
きっと、夜。
ええ夜に違いないわ。
わたしにはそのような気がするのよ。
朝か夜かだなんて、誰か約束する人がいなければ、何時でも同じようなものだわ。だから、わたしにとっては、今は夜なの。たとえ、カーテンの向こうから、まぶしい外の光が差し込んでいようとも、それはいつもより明るい月明りに他ならないのよ、それとも、何か彗星でも地球に落ちてきているのかしら。わからないわ、わからなくても、わたしにとっては関係なくて、今この瞬間が夜で、それで問題がないのなら、それでいいのよ。今は夜だわ。夜なの。だから、眠るわ。おやすみなさい。
わたしが朝だと思うまで、起こさないでちょうだい。
XXX
(消しゴムを強くこすりつけたせいでノートが灰色になっている)(消しゴムを強くこすり△月〇5日(月曜日)つけたせいでノートが灰色になっている)(消しゴムを強くこすりつけたせいでノートが灰色になっている)(君にしては珍しいね。文章が上手く書けないだなんて。君らしくないよ。消しゴムを強くこすりつけたせいでノートが灰色になっている)(消しゴムを強くこすりつけたせいでノひと眠りして落ち着いたかい?君がよこした日記を見ると、少し不安になってくるよ。ートが灰色になっている)(消しゴムを強くこすりつけたせいでノートが灰色になっている)(消しゴムを強くこすりつけたせいでノー今の僕に何ができるかわからないけど、どうだい?もう一度会って話さないかい?トが灰色になっている)(消しゴムを強くこすりつけたせいでノートが灰色になっている)(消しゴムを強くこすりつけたせいでノートがその時は、僕がうんと甘いカフェオレを準備するよ。灰色になっている)(消しゴムを強くこすりつけたせいでノートが灰色になっている)(消しゴムを強くこすりつけたせいで君が好きなチョコレートクッキーだって、準備するさ。チョコチップじゃないぞ。ノートが灰色になっている)(消しゴムを強くこすりつけたせいでノートが灰色になっている)(消しゴムを強くこすりつけたせいでノートがいつだったら、君の予定が空いているかな?この日記を渡した、次の夜でも大丈夫かい?灰色になっている)(消しゴムを強くこすりつけたせいでノートが灰色になっている)(消しゴムを強くこすいや、この日記を渡したその日の内でどうだい?すぐ会って話したいんだ。りつけたせいでノートが灰色になっている)(消しゴムを強くこすりつけたせいでどうか、お願いだ。ノートが灰色になっている)(消しゴムを強くこすりつけたせいでノあまり馬鹿なことは考えないでくれ。ートが灰色になっている)(消しゴムを強くこすりつけたせいでノートが灰色になっている)
僕が悪かったんだ。
今日は何月何日だろう
君の考える通りなら、今日は僕が考えるその日であれば、何時だってかまわないわけだ。
だけど、今日は何時の日でもなかった。
今日はあの日にはなりえない。
今日は今日なんだ。
何度も試したさ。
何度も何度も試したさ。
それでもね。
ノートに書いたことは変えられても、眠りについた君まで起こすことはできない。
眠りにつく前の君に会うことはできない。
いくら君に会おうとしても、君が僕の家に来るのを待ち続けても、君は来ない。
それはそうさ。たとえ今日が何時であっても、君はもう眠りについてしまったのだから。ノートの中で眠りについてしまった君を、もう一度起こすことは、できないのさ。
いくらこのノートを読み返しても、最後に君は眠りについてしまう。いくらあの時、君が起きていようとも、巻き戻したテープをもう一度再生させるように、待っているのは、同じ結末だ。僕は果たして、何回君を、起きている君を、寝かせてしまったのだろう。
だから、僕ももう寝ることにするよ。
閉めら(あぁ暗くなってきた)れたカーテンからこぼれ(あぁ暗くなってきた)る光と(あぁ暗くなってきた)音。どれもきっと君が言う(あぁ暗くなってきた)通り、地球に迫る(あぁ暗くなってきた)彗星と狼狽(あぁ暗くなってきた)する人たちの驚(あぁ暗くなってきた)嘆なんだ。
おやすみ。
そうだね、君にこのノートを渡した日、いや、渡した次の日の夜、また会わないかい?
その時は夢の話でもしようじゃないか。
お互い眠っている間に見た、夢についてさ。
XXX