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文字数 596文字

 道場へ向かう途中、どうにも耐えかね、麓丸は仏頂面(ぶっちょうづら)で振り返った。
「なぜ、そんなに離れてる。断じてこっちへ来いという意味じゃないが、足音が聞こえるくらいの距離なら、かえってうっとうしい」
「夫の十歩後ろを歩く。わたしほど慎み深い妻もいないわね」
「物理的な距離で表してどうする。それから妻でもない」
「まだそんな細かいことを気にしているの? いい加減、悪あがきはよしなさいな」
「いいや、おれはあきらめんぞ。あきらめないからな!」
 ずんずんと進む麓丸の背に、唯良乃は黙ってついていく。
 道場の裏手へ回ると、話し声が聞こえてきた。
「そうなんじゃよ、わしも……うん、うん、本当にな、困ったもんで、うん、いや、そんな大それた、うん、そうもっと個人の、ああ、そうかもしれんな。うん、まあ、そのへんも含めて今夜、はは、じゃあ、はい」
 電話を切った嵐蔵は、軽く息を吐いた。
「おう麓丸、それと」
「こんにちは、おじさま。昨晩は失礼いたしました」
 まったくもっていつもと変わらぬ微笑みを向けられると、伝え甲斐のある言葉などなくなってしまった。
「……まあ、若い者の考えることはわからんが、次の世代の色が違っていても、それはそれ。わしが口を出すことでもあるまい」
「さすがです師匠。おい、見たかこの器の大きさ。寛大な措置に感謝するんだな」
「そうね。尻の穴の小さいロクと違って、おじさまは素敵だわ」
「おれの尻の穴は小さくない!」
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