5-2

文字数 2,051文字

 花岡の案内で着いたのは鋼鉄の扉だった。ご丁寧に「宝物庫」と刻まれてある。
「この先にあるみたいなんだが、どうにも進めず困っていたところさ。他に道もないようだし」
 麓丸は扉を調べた。鍵穴も取っ手もなく、縦にも横にも前後にも開かない。かといって、暗証番号を入力するパネルや網膜認証の装置なども見当たらない。
「となれば一つだ」
 扉の左右には陳氏を象った石像があった。そのうち左の像をよくよく観察すれば、指の間に挟まれた葉巻にわずかな段がある。麓丸が押してやると、すみやかに扉が開いた。
「すごいな。なぜわかるんだ」
「知り合いに金持ちがいてな。こういう悪趣味な仕掛けには慣れてる」
 実感のこもったため息を吐きながら半歩踏み入った途端、前方から飛来するものがあった。そう思った次の瞬間には、その物体が斬られている。真っ二つになって床に落ちたのは矢で、斬ったのは花岡だった。腰に下げた脇差しによる一閃。花岡流剣術の真髄たる居合いだ。
「見ろ。あそこからだ」
 細い通路の奥に、射出口らしき穴が開いていた。その横にも扉がある。
「どうする? 僕が前に立って、牛歩戦術も取れなくはないが」
「いや、迂闊に踏み込むのはまずい」
 麓丸は矢の半分を拾い、投げ込んだ。すると前方にあった穴だけではなく、壁や天井、床からまでも無数の矢が飛び出し、あっという間に凄惨な光景が広がった。
「どうやら奥に行くほど矢が増えるようだな」
「しかしこれでは陳氏も通れない」
「そうだ。それに所詮は金持ちの道楽趣味に過ぎないから、自身を危険にさらすような仕掛けにはするまい。第一、テレビの取材も来ていたほどだ」
 あらためて、今度は右の像を調べる。見た目は左のものと変わりないが、角度を変えて覗き込むと、葉巻に段がない代わり、先端に焦げた跡があった。
「ここを燃やしてくれ。まあ手頃なこれでいいだろう」
 麓丸が矢を持って葉巻にかざし、花岡が印を結ぶと矢が燃えた。火種さえあれば自在に発火できる、花岡が得意な火遁の術だった。
 葉巻を炙り、再度矢を投げ入れると、今度は音沙汰がなかった。
「こういうことだな。では進むか」
 次の部屋は広大だった。中央にUFOキャッチャーさながらどでかいアームがつり下がっており、入口付近に操作盤があるが、掴めそうなものは何もない。それどころか奥に扉がある以外は、白い床が続くのみだった。
「用心しろ。どうせまたくだらん仕掛けがあるはずだ」
 じりじりと中央までたどり着き、意味深なアームを越えたところで、案の定と言うべきか床が抜け落ちた。落下の最中、とっさに鉤縄(かぎなわ)を放つ。麓丸はアームへ引っかけ、なんとか助かった。一方花岡も端を歩いていたため、壁を蹴って入口まで戻っていた。
 麓丸は下を見てぞっとした。巨大なギロチンが振り子運動をしながら風を裂き、中央では、のこぎり状の刃がプロペラのように回転している。おまけに底は溶岩地帯だ。刃の隙間から、プロペラの支柱にスイッチらしきものも見え、嘆息した。
「おい、聞こえるか。そこに操作盤があるだろう。このアームが動かせるはずだ。おれの指示通り操作してくれ。角度が悪くてここからじゃ手裏剣が当たらん」
「わかった!」
 返事の勢いそのままに、花岡はボタンを押した。アームが急旋回し、「おばっ!」と変な声を出しながら上によじ登った麓丸のすぐそばで、アームの先がギロチンに削られ消えた。
「戻せ! 戻せ! 阿保! 加減を知らんのか!」
「すまない!」
 謝る勢いそのままに、花岡はボタンを押した。アームが急降下し、回転する刃と刃の間に向かっていった。
「待!」
 たなかった。アームの上にいる麓丸のみを目掛け、的確に刃が迫りくる。高速プロペラ跳び耐久レースが始まった。
「おまっ! はやっ! 上げっ!」
「なんだって?」
「アホンダラ!」
 その後も、幾度となく飛騨家長男輪切り未遂事件が発生し、いい加減うんざりした。「そっと優しく卵を持つ手で慈愛を込めてボタンを押せ」と指示を出し、命からがら戻ってきた麓丸は、幽鬼のようにゆらりと花岡に詰め寄り、肩をつかんだ。
「おまえ、UFOキャッチャーをやったことがあるか……?」
「ない。というかそれはなんだ?」
「ゲームセンターに行ったことがあるか……?」
「ない。名前は知ってる」
「こういうの苦手か……?」
「機械は苦手だ」
「救いようがねえ!」
 しかし花岡は申し訳なさそうに「すまない」と言うばかりだ。正体がばれた事を感づき、道化を装って自分を亡き者にしようとしたという疑惑があったが、嘘をついているようにも見えない。だからといって警戒を緩めてやる気にもなれず、如何(いかん)ともしがたい。考えだすとキリがなく、かえって術中にはまった気さえする。心の中で「裏切り者」と繰り返し唱えた。
「もういい、交代しろ」
 麓丸が操作すると、あっさりスイッチが押され、扉が開いた。そして花岡が戻るのを待ち、陳氏の宝物庫係の苦労をぼんやり想像している時、ふと閃いた。
 麓丸は花岡に見られぬよう、こっそり操作盤に印をつけた。
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