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文字数 810文字

 曜子はうずそわしていた。むろん、うずうずしながらそわそわしているの意だが、また、わくうきもしていた。
 気をまぎらわすために、せわしなく家中のあちこちをハタキでさらってみたり、洗濯物をたたんで、広げて、また一からたたんでみたりしたが、思っていたほど時間は経たず、余計にやきもきするのだった。
「奥さま、落ち着いてください。もうすこしの辛抱ですから」
 灌漑がたしなめるも、曜子は身をうねらせて「だってだって」と言う。
「一ヶ月ぶりなのよ。じっとしていられる道理があるかしら。いや、ない」
「反語で訴えるほどですか……毎度のことながら、かないませんな」
 困る灌漑など知らず、女性陣は曜子に加勢する。
「いくつになっても女は女子で乙女っすからねえ」
「そうやねえ。そこは人間も妖怪も関係あらしまへん。わっちも思い出すわあ。人知れず逢瀬を重ねたあの日々……思いびとと会うのにときめかないおなごなんて、どこにもおりません。灌漑はんもそんな頃があったんと違う。皿は潤ってても、今やそっちの方はすっかり渇いてしもて」
「お淀ちゃん、河童は皿が渇いたら死んでしまうのですって。だから仕方ないのよ。すくないものを、色々寄せ集めていかないとね」
「あら、そうでしたねえ。河童というのは不便どすなあ。薄く全体に行き渡らせるわけにはいかはらへんのかしら」
「姐さん、それじゃあきっと、皿から減った分よぼよぼのおじいさんみたいになっちまいます。しかもそれで若い女を求めでもしたら」
「次の日から使用人室が広くなるかもしれまへん。ねえ?」
「にゃむ」
 かしましい女たちの笑い声に、大層げっそりしたが、灌漑はじっと耐えた。
 やがて聞こえた戸の開く音に、皆が玄関に駆けつけると、靴を脱ぎかけで驚く梅之助がいた。
「どしたのみんな、気が早いね」
「だってだって」
 ぶんぶんと腕を振ったが、梅之助が両手いっぱいに抱えた買い物袋を見て、曜子の顔はほくゆるした。
「今夜はごちそうだよ」
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