5 妹の正論

文字数 1,589文字

『構内で会ったら挨拶くらいするわ。元気にしてるのよ』
 花穂はそう言った。
 だが彼女は知っていたに違いない。すれ違うのが奇跡なことを。
 現に半年たっても構内で花穂の姿を見かけたことはなかったから。

 自分だけがいつまでもこだわっている。
 別れたらそこで終わりだということは、愛美と終わった時に嫌と言うほど理解したはずなのに。

 自室のベッドに突っ伏し項垂れていると、不意に背中に衝撃が走る。
「痛いよ、風花」
 寝る時や来客時以外は実の入り口のドアは開けっぱなした。
 妹の風花には使われっぱなしの奏斗だが、仲が悪いとは思っていない。少し自分の世界に入り過ぎるトチ狂ったところが玉に瑕の風花だが、奏斗にとっては可愛い妹だ。
 背中に跨る妹に抗議するもスルーされるのはいつものこと。

「お兄ちゃんさあ、いつまでもうだうだ別れた時のままのテンションでいるのやめたら? もう半年だよ?」
「うるさいなあ。いいだろ、別に」
「お母さんが心配してる。そもそも、そんなに引きづるなら別れなきゃいいじゃん。毎度だよ? 自分でフッたくせにバカじゃないの」
 ”サルでもわかるよ?”と言われ、
「絶対かよ」
と問えば、
「絶対だよ」
と言われる。

「言っておくが、俺は花穂をフッたつもりはない」
「ふーん。花穂さんのこと引きづっているんだ。仲良かったもんね」
 言われて”仲がいいねえ”とぼんやりと思う。
 周りからそんな風に見えていたのだと。
「期間限定のおつきあいなんだっけ?」
 風花にその話をしたことはない。恐らく花穂から聞いたのだろう。
「別れたくないなら別れたくないって言えばいいじゃん。なんで言わないの? どうせ拒否されたら自分が傷つくからでしょ? だから誰とつき合ってもうまくいかないんだよ」
 普段は全く奏斗に対して興味関心がなさそうに見える妹からの指摘に奏斗は完敗した。

「風花はなんで自分に対して恋愛感情を持たない相手を好きでいられるんだよ」
 妹にはずっと好きでいる相手がいる。
 相手には現在恋人もいるが相変わらずその相手を追いかけている状態だ。
「何言っているの、お兄ちゃんは」
 凄くあきれた表情をする妹。
「お兄ちゃん、洋楽好きだよね?」
「ああ」
 急に何の話をするんだろうかと思いながら肯定の意を示す。

「そのバンドなりアーティストはいつ来日するかわからないし、運よく握手会に参加できたとしても、日本人の顔なんか区別つかないかもしれない」
「そうだな」
「所詮自分はファンの一人で、認識さえされないかもしれないよね? だからって嫌いになる?」
「ならないけど」
「好きっていうのは凄くシンプルな気持ちなの。相手が自分を好きじゃなきゃ好きじゃないのは好きとは言わない」
 ”それは自己愛なんだよ”と妹は言う。
「好きなんじゃないの。ただ自分が好かれたいだけ。風花は美咲先輩が好きなの。先輩が風花を好きかどうかは”好き”という気持ちには影響しないんだよ。それが好きってことなの」
 彼女の言葉に奏斗は黙り込む。
「恋愛なんて自己愛と自分勝手が混ざり合ってできる。みんなそのことに気づかないから上手くいかないの」

 つき合えなきゃ好きじゃないなら、好きとは言わない。
 中身を知って離れていくのも好きとは言わない。
 そんな感情は自己中な自己愛でしかない。自分に都合の良いものが好きなだけ。そんな感情を向けられても相手は迷惑しかしない。
 それが分からないから、幸せな恋愛ができないのだ。

「お兄ちゃんはモテるくせに自信がないし、他人を信用してない」
 たまには信じてみたら? と彼女は言う。
「裏切られたっていいじゃない。好きな人を好きでいられるのは幸せなことだよ?」
 確かに別れたかったのか? と聞かれたら否と答えるだろう。
 だが好きだったのかどうか、まだ自分でも分からずにいる。
 
 そして奏斗は気持ちの整理がつかないまま、愛美と再会してしまうのであった。
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