6 花穂との思い出

文字数 1,607文字

 結菜に付き合ってもらい購入したCDをPCに取り込みながら、PCモニターを見つめる。
 回転椅子の上で膝を抱え、傍らのヘッドホンに手を伸ばす。
 音楽を聴くのが好きでヘッドホン、有線のイヤフォン、Bluetoothイヤフォンを使い分けている。
 
 同期完了。
 スマホから流れ出す音楽。
 結菜と行動を共にするまでは電車通学だったこともあり、音楽はCDからPCを通してスマホに同期を行い保存していた。

 記憶とは音楽と強く結びつく。自分は記憶力が良い方だと自負している。だが音楽の力は偉大。
 妹に指摘されたように自分はいつも引きずってばかりいる。
 自分に酔ってるだけだと言われたらそうなのかもしれないし、未練だと言われたらその通りなのだろう。

『奏斗は好きなタイプってある?』
『好きなタイプ? 自分をしっかり持ってる人かな』
 花穂との他愛ない話。
『奏斗ってあまり偏見持たない人よね。女はこう、男はこうみたいな』
『ああ……自分が押し付けられても嫌だしね』
 花穂は美人の部類に入る。しかし一般で言うところの”女性らしい”を好む人ではなかった。
『日本は凄く押し付けがましい国よね』
『例えば?』
 特にイベント事がそうだという。

『最近では減ったところもあるとは思うけれど、バレンタインとか』
 バレンタインは女性が積極的に男性に求愛することがなかった時に生まれたものだ。バラの花を一輪好いた相手に送ったことが元であると何かの番組で視たことがある。
『企業戦略でバレンタインにはチョコってイメージがついたけれど、男性は甘いものが好きではないというイメージを持ちながら何故チョコなのか? というところも気になるけれど、何のために義理であげなければならないのかも謎』
 確かに内気な女性が告白をするきっかけになる日であればいい。
 それが本来あるべき姿。

『モテない男に義理チョコなんて余計な世話よね』
 必要ない人は参加する必要がない。
『そういう女って一見優しいと勘違いされがちだけど、相手を下に見て自分が良い子ぶりたいだけよ』
『なるほど』
『奏斗はいつもいっぱい貰うんでしょ?』
『受け取ったことはないよ』
 奏斗の言葉に驚く花穂。
『好きでもない人からモノは貰えないよ』
『そ、そうなの……』
 そう、この日はバレンタインだったのだ。

 目を泳がす彼女に奏斗は手を差し出す。
 車の中という狭い空間で。
『え? 何?』
『何かくれる気だったんでしょ?』
と奏斗。
 車内には花穂の好きな曲が流れていた。
『うん。大したものではないんだけれど』
 彼女は前置きをして後部座席から紙袋を取り出す。
『大学、電車通学って言っていたから』
『開けても?』
 彼女は数回軽く頷く。

 中に入っていたのはお洒落な定期入れとカシミアのマフラー。
『ありがと』
 奏斗は車通学になってからは使ってないなと傍らに置いてあったマフラーを取り上げ首に巻いた。
『ホワイトデーのお返し何がいい?』
『奏斗とデートが出来たらそれで良いわ』
『じゃあその日は開けておくよ』

 花穂のことは大切にしていたと思う。
 初めは気の乗らない付き合いでも。
 ホワイトデーにはアンティークなブレスレットを送った。今でも持っているのだろうか?

『別れたくないなら別れたくないって言えばいいじゃん』
 不意に妹に言われた言葉が蘇る。
 別れたいと思わなかったのは、一緒にいて楽しかったからだ。
 それが愛や恋かはわからない。
 でも別れたいと思ってはいなかった。

 いつか聞けるだろうか? 彼女が自分をどう思っていたかを。
 聞いたら傷つくのだろうか、自分は。

「きっと期待に添わなかったから、あっさり終わりにできたんだよな」
 ぎゅっと膝を胸に引き寄せ、涙を堪える。
 恋人関係は別れたら終わりなのだ。
 あとは忘れなければならない。どんな未練があっても。
 前に進めるだろうか、自分は。

**
第三の選択─Even if it's not love─へ続く。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み