2 彼女との日々【R】

文字数 1,649文字

「キスは好きなの?」
 何度も口づけを交わしたのち、彼女にそう尋ねられた。
「花穂とするのは」
 素直な気持ちを伝えたつもりだったが、花穂は一瞬切なげに眉を寄せる。
 何か変なことを言ってしまっただろうか?
 首から顎にかけ、ゆっくりと撫でられ、目を閉じる。
 ”俺は猫じゃないよ”と思いながら。

「ちょ……なに?」
 喉仏に執拗に口づけられ、困惑した奏斗。
「男なんだなって思って」
と彼女。
「別に女顔でもないし、ついてるもんついてるだろ」
 一体何を言っているんだ、この人はと思う。さっきまで散々、人のものを握っておいて。
「それは、そうなんだけれどね」
 彼女の中から指を抜き取り、続いて一番敏感な部分に滑らせると花穂は甘い吐息を漏らす。
 そのまま優しく転がすと潤んだ瞳で見つめられた。
「上手になったのね」
「そう?」
 両頬を包まれて目を閉じれば、再び啄むように口づけされる。下唇に心地よさを感じた。

「ここは誰でも気持ちいいんでしょ?」
「そうね……たぶん」
 こういうことに興味のある男なら、誰でも知ってはいるだろう。
「でも力任せに触る人もいるらしいから」
「そうなのか」
「そんなことされたら、玉を握りつぶされるのと同じくらい痛いわ」
 花穂の恨みの籠った言葉。背筋に冷たいものが走る。
「したことはないけれど、やりたがる男はみんな下手だと思うわ」
「ん?」
 それは一体どういう意味なのだろうか。

「男の性欲って結局は支配欲と同等でしょ。正直この世で一番気持ちいいのは自慰よ? 自慰に勝る快感なんかあり得ないわ」
「ん……うん」
「おもちゃだって良いのがたくさんあるんだし。本物よりもいいはずよ?」
 ”()れていい?”と問われ答える代わりにちゅっと口づけると、彼女は奏斗の肩に片手を置き奏斗自身に手を伸ばす。
「人と交わるのは面倒よ。準備だってあるし前戯だって面倒でしょう? それを押してでもしたいなら愛はあるかもしれないけれど、いきなり突っ込む男は愛なんかないわね」
 
 男が苦手という話は聞いたことがあったが、苦手を通り越し憎しみさえ感じる。一体何があったというのだろうか、彼女の過去に。

「爪を整えてない男はロクな奴じゃないし、女性歴なんか語る男はあっちが下手よ。うまさは数じゃないし、そんなに良いなら続くはずでしょ。まあ、性格に難があるから数だけ増えるのよ」
 忌々しいとでも言うように続ける彼女。
「過去になんかあったの?」
「別に何もないわ。何度か襲われかけただけ」
 彼女がゆっくりと腰をおろす。
「もちろん、股間蹴って逃げたけど」
 ”美人は大変だな”と口すると、
「あなたも十分大変そうよ?」
と笑われる。

「んんッ……全部入ったわ」
「うん。辛そうなのに、なんで好きなの? 騎乗位」
「対面だと抱きしめられるから、幸せな気持ちになるでしょ?」
と花穂。
 奏斗は優しく抱きしめてみた。
「ふふふ。幸せ?」
「うーん。それなりに?」
 ”何故、疑問形なのよ”と笑う彼女は奏斗の髪を撫でる。
「花穂は髪触るの好きだね」
「奏斗の髪は手触りが良いから」
「ペットじゃないんだけど」
「いじけないでよ、動いてあげるから」

 彼女との日々は刺激的だったと思う。
 別れが突然だと感じるほどに。

 わき腹に添えていた手を段々と上に滑らす。親指が胸のふくらみにあたり、奏斗はその突起に舌を這わせた。
 何度目かわからない交わりに溺れて、自分は特別だと勘違いをして。
 この行為に意味があるんだと信じて。
 彼女の本心には気づかずに。
 間違いだったのかもしれないと自分を責めるほどに、おそらく自分にとってこの時間はかけがえのないものだったのだと思う。
 行為はただ、二人を結ぶ一つの出来事に過ぎないだろう。

 もっとちゃんと手を伸ばし、欲しいと告げていたなら彼女はこの手を掴んだままでいてくれただろうか?
 初めから期間なんて決まっていたのに、捨てられたのだと思うほどに彼女に依存していた自分がいる。
 縁のある人には何度でも巡り合えるという。彼女との再会はそんな縁なのだろうか? そうだと信じたい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み