5 結菜へのカミングアウト

文字数 1,673文字

「俺は多分……愛美に幻滅されるのが怖いんだと思う」
 奏斗の本音に結菜は、
「美月さんが求めてるのは過去の続きなのかな。それとも今?」
と疑問を口にした。

『俺は愛美と別れたあと、同性ともつき合ったし異性ともつき合ったよ』
 結菜への説明は車の中で。
 街中をドライブしながら。
『奏斗くんを苦しめてるものは、そういう性指向的なものなの? つまり、美月さんからの偏見が怖い?』
 多様性について幼い頃から教育を受けている奏斗たちの世代には性指向に関して偏見を持つ者は稀だ。
 特に我がK学園は『多様性との向き合い方』という教育にチカラを入れてるため、尚更。

 偏見は人を傷つける武器でしかない。人には心があり、理性があり、思想というものがある。
 嫌悪するのは自由。
 ただし、その感情は他人を傷つける為に向けられてはならない。
 自由とは他者を尊重して初めて自分にも自由が与えられるということでもある。
 勘違いしてはいけない、尊重とは受け入れることでもない。
 存在を認めるということなのだ。
 好き嫌いは個々で違う。
 自分の価値観を押し付けてはならない。
 ただそれだけ。

『いや。それは特に』
 同性とつき合ったということに関しては正直、愛美にどんな反応をされるのか想像もつかない。

 一連のことを知っている妹からは、
『彼女と別れて男に走ったと思ったら、また女なの。懲りないねえ、お兄ちゃんは』
と呆れられた。
 妹が言いたいのは、恋愛に向いていないということだろう。

『俺が赦せないのは、その……』
 元彼女と愛のない行為に及んだことであり、それができてしまう自分。
 人間は紛れもなく動物。
 では動物と人間との一番の違いと言えば文明でも知性でもなく、理性だ。
 男はどちらかというと本能的だとは思う。種を繁殖させたいという本能がある。
 だが大抵の人間はそれを理性でコントロールする。
 そして”する、しない”と、”したい、したくない”というのは”別もの”なのだ。少なくとも奏斗はそう思っている。

 愛のない行為を望まない自分。
 それなのに本能に従うことができることを知った。そんな自分にショックを受けたのは、紛れもなく自分自身。

 愛美とやり直せないという結論を出している以上、いつかはその理由を説明しなければならない。
 元からそういう男の嫌な部分を嫌う愛美だ。きっと軽蔑されるだろう。

「別れていた間に誰とつき合っていても責めることはできないと思うの。恋愛は一人でするものじゃないし、求められれば応えなければならないと思う人は多いよ。例えば、美月さんが赦してくれたとしても、奏斗くんは自分自身を赦せないの?」
 その質問に奏斗は頷く。
「結菜だって幻滅したろ?」

 感情と理解は別物だと思う。
 確かに別れていた間のことは”責めることはできない”だろう。
 責任はないし、誠意を示す義務もない。
 
 だが喧嘩別れした相手が、
『○○別れて他の人と付き合ってみたけれど、やっぱり君が良い』
と言われてすんなり受け入れられるだろうか?
 その上、その相手と……言い方は悪いが”ヤりまくっていた”としたら?
 しかもそれが遊びだったなら。

──俺には無理だ。

「幻滅はしないかな……その経緯も聞いてしまったから」
 何故そうなったのかについても包み隠さず結菜には打ち明けた。
「でも。好きな人のために自分が犠牲になるというのは、何か違うかなって思うの」
 責めるわけじゃないけれど、と彼女は続ける。
「その好きな人も奏斗くんのことは好きだったんでしょう? 相手はそれを望んでいたの? わたしならそんなことはして欲しくない」
 
 花穂との仲介役となった人物にも止めろとは言われた。
 それを蹴って行動に出たのは自分なのだ。
 当時はそれが正しいことだと思っていた。後悔するなんて思わなかったのは、花穂が自分にほんの少しでも”好意”があるかもしれないと思えたから。
 自分は子供だったのだ。
 世間知らずの。

 大人とはなんだろうか、と思う。
 諦めて割り切って、感情を殺して生きる者のことなのだろうか?
 その闇を純真な若者に見せる者なのだろうか?
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