その5 珊瑚 ★ちょ怖注意

文字数 998文字

今日のひとふり:
「おとこのこが/いえで/たからものを/たいじしました」


 祭りというと山里の村では、色とりどりののぼりを立てて、ねり歩きます。
 その日は、大人も子どもも、表に出ます。

 家に残されたのは、熱を出した男の子だけでした。
 母親も残りました。小さな子どもは、いつなんどき、見えないものどもにさらわれないともかぎりません。

 さすがの母親も疲れて、うとうとしていました。
 そのときです。

 となりの部屋で、ことり、と、音がしました。

 男の子は、枕をはずしていました。そのまま、横になったまま、耳をすましました。
 また、こつ、と、いいました。
 はじめは夢かと思ったのです。自分が、うなされているのではないかと。けれども音は、聞こえるというより、床をつたって頭にじかに、ひびいてくるのでした。

 やがて、ふすまが。
 指一本通るだけ、す、と開き。

 たいそう小さな、光る物が、こと、こと、と歩いてきました。

 それは、指輪でした。
 赤い珊瑚玉のはまった、立て爪の指輪です。
 手足もないのに、頭を投げ出しては体を引き寄せて進む虫のように、こと、こと、と、歩いてくるのでした。

 一度、その指輪を見たことがありました。
 母は畳に伏して泣いていて、父は立ったまま、苦笑いしていました。知ってるんですから、と母は叫んでいました。父は最後まで、黙っていました。
 けっきょく母は出て行きはせず、まるで何事もなかったかのように平穏な日常が戻ってきたのですが、母が持って出ようとしていたボストンバッグが押し入れに片づけられる前に、中を、見てしまいました。

 からっぽでした。
 何も入っていなかったのです。
 その、真っ赤な珊瑚玉の指輪以外。

 ボストンバッグの黒い内側が、地下深くまで落ちていく、土牢のように見えました。

 あの指輪です。
 男の子はとっさにふとんをはねのけて、枕もとの湯のみを指輪に投げつけました。湯のみは命中しました。珊瑚玉は砕け散り、そのとき小さく、ぎゃっと言ったのを、男の子の耳はたしかに聞きました。
 湯のみに入っていた湯ざましがあたりにこぼれましたが、血のような珊瑚のかけらは、一片も残りませんでした。

 誰が、誰に贈った、どういう指輪だったのか。
 あの指輪一つをボストンバッグに入れて、母はどこへ行こうとしていたのか。

 母も父も、鬼籍に入って久しく、

 男の子には――いえ、私には、もはや、知るよしもありません。

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