その2 洗いすぎ
文字数 1,843文字
今日のひとふり:
「おんなのこが/たんぼで/おひるを(お昼ご飯を)/あらいました」
むかしむかし、あるところに、小さな女の子がありました。
小さいながらもはたらきもので、大人たちといっしょに、田植えをしました。
「おまえは小さいから、すみっこのほうにいなさい」
と言われて、女の子は、大人たちのじゃまにならないように、田んぼのすみっこに行きました。手が小さくて少しずつしか植えられませんでしたが、心をこめて植えました。そして、その苗たちが、よく育つといいなと思って、ひとりでにこにこしました。
そうしていると、一匹のアライグマが、近よってきました。
アライグマはアメリカ大陸原産ですが、最近は外来種として、広く定着しています。
アライグマは、白いふちの黒いめがねをかけたような愛きょうのある顔で、にっと笑いました。
女の子は、ちょうどお昼を食べようとしていたところでした。女の子もにこっとして、二つあるおむすびのうち、一つをわけてあげました。
そして、自分のにかぶりつこうとした、そのときです。
アライグマが、すまして言いました。
「いやだねえ、洗わないで食べるなんて」
女の子は、びっくりしました。「おむすびも洗うの?」
「もちろん」とアライグマが言いました。「このご時勢、どんなきたないものがついてるか、わかったもんじゃありませんからね」
女の子はいそいで、田んぼのところへ行って、田んぼの水でおむすびを洗いました。
いっしょけんめい洗ったら、
おむすびはほぐれて、ばらばらになって、お米のつぶになって、
みんな、田んぼの水に流れてしまいました。
具も、おかかでしたので、そのおかかもみんな流れて、田んぼの泥に沈んでしまいました。
女の子は泣きだしました。
でも、いたずらなアライグマは、へへんと鼻で笑って、もらったおむすびをぺろりと食べて(具は梅干しでした)、するすると木に登って姿を消してしまいました。
じつはアライグマは、食べ物をぜんぶ洗ったりはしないのです。
田んぼには、どじょうたちが住んでいました。どじょうたちは、お米のつぶがたくさん流れてきたので、喜んでぱくぱく食べてしまいました。おかかも残さず食べてしまいました。
そして、知らんぷりをしていました。
だって、どじょうたちは、それが女の子のおむすびだなんて知らなかったのです。だから、知らんぷりをするしかなかったのです。
私も、じつは、こないだ自動販売機でジュースを買ったら、おつりが二十円多く出てきました。でも「ラッキー」と思っただけで、その二十円を損した人を探してたずね歩いたりはしませんでした。だから、どじょうたちを責められません。
女の子は、その晩、ふとんに入っても、まだ泣いていました。
おむすびが惜しかったのではありません。
せっかくなかよくなったと思ったアライグマに、まさか、うそをつかれるとは思わなかったのでした。
やっと寝入った女の子は、夢を見ました。
白い着物の美しい女の人が、女の子を抱きあげて、天高くつれていきました。
二人はゆるゆると飛びました。やがて、太平洋の、日付変更線の上まで来たとき、青い服を着て青い目をした美しい男の人が、女の人の腕から、女の子を引きとりました。
男の人は、女の子を抱いたまま、カナダの大森林の上を飛びました。
何も聞かなくても、なぜか、女の子には、それがアライグマのふるさとだと、わかりました。
「あのアライグマを、許してあげてくれないかな」
飛びながら、男の人は、優しく言いました。
「あいつは、バカなんだよ」
女の子はうなずいて、深い眠りに落ちていきました。
次の日、田んぼに、またあのアライグマが来ていました。
女の子はにっこりして、手まねきしました。
アライグマはびっくりしました。きのう、あんないじわるをしたんだのに。そして、怖くなりました。これは何か、とんでもない仕返しをされるにちがいない、と思ったのです。
アライグマは、走って、走って、逃げました。
そのうち、アライグマは、うんこがしたくなりました。
立ちどまってふんばっていたら、何かものすごく固くて大きなものが、おしりの穴につっかえました。痛くて、痛くて、アライグマは泣き叫びましたが、そのものすごく固くて大きなものは、おしりの穴にぴったりはまったまま、出てきも引っこみもしません。
アライグマは、とうとう、気絶してしまいました。
それは、きのう丸ごと飲みこんでしまった、梅干しの種でしたとさ。
おしまい。
「おんなのこが/たんぼで/おひるを(お昼ご飯を)/あらいました」
むかしむかし、あるところに、小さな女の子がありました。
小さいながらもはたらきもので、大人たちといっしょに、田植えをしました。
「おまえは小さいから、すみっこのほうにいなさい」
と言われて、女の子は、大人たちのじゃまにならないように、田んぼのすみっこに行きました。手が小さくて少しずつしか植えられませんでしたが、心をこめて植えました。そして、その苗たちが、よく育つといいなと思って、ひとりでにこにこしました。
そうしていると、一匹のアライグマが、近よってきました。
アライグマはアメリカ大陸原産ですが、最近は外来種として、広く定着しています。
アライグマは、白いふちの黒いめがねをかけたような愛きょうのある顔で、にっと笑いました。
女の子は、ちょうどお昼を食べようとしていたところでした。女の子もにこっとして、二つあるおむすびのうち、一つをわけてあげました。
そして、自分のにかぶりつこうとした、そのときです。
アライグマが、すまして言いました。
「いやだねえ、洗わないで食べるなんて」
女の子は、びっくりしました。「おむすびも洗うの?」
「もちろん」とアライグマが言いました。「このご時勢、どんなきたないものがついてるか、わかったもんじゃありませんからね」
女の子はいそいで、田んぼのところへ行って、田んぼの水でおむすびを洗いました。
いっしょけんめい洗ったら、
おむすびはほぐれて、ばらばらになって、お米のつぶになって、
みんな、田んぼの水に流れてしまいました。
具も、おかかでしたので、そのおかかもみんな流れて、田んぼの泥に沈んでしまいました。
女の子は泣きだしました。
でも、いたずらなアライグマは、へへんと鼻で笑って、もらったおむすびをぺろりと食べて(具は梅干しでした)、するすると木に登って姿を消してしまいました。
じつはアライグマは、食べ物をぜんぶ洗ったりはしないのです。
田んぼには、どじょうたちが住んでいました。どじょうたちは、お米のつぶがたくさん流れてきたので、喜んでぱくぱく食べてしまいました。おかかも残さず食べてしまいました。
そして、知らんぷりをしていました。
だって、どじょうたちは、それが女の子のおむすびだなんて知らなかったのです。だから、知らんぷりをするしかなかったのです。
私も、じつは、こないだ自動販売機でジュースを買ったら、おつりが二十円多く出てきました。でも「ラッキー」と思っただけで、その二十円を損した人を探してたずね歩いたりはしませんでした。だから、どじょうたちを責められません。
女の子は、その晩、ふとんに入っても、まだ泣いていました。
おむすびが惜しかったのではありません。
せっかくなかよくなったと思ったアライグマに、まさか、うそをつかれるとは思わなかったのでした。
やっと寝入った女の子は、夢を見ました。
白い着物の美しい女の人が、女の子を抱きあげて、天高くつれていきました。
二人はゆるゆると飛びました。やがて、太平洋の、日付変更線の上まで来たとき、青い服を着て青い目をした美しい男の人が、女の人の腕から、女の子を引きとりました。
男の人は、女の子を抱いたまま、カナダの大森林の上を飛びました。
何も聞かなくても、なぜか、女の子には、それがアライグマのふるさとだと、わかりました。
「あのアライグマを、許してあげてくれないかな」
飛びながら、男の人は、優しく言いました。
「あいつは、バカなんだよ」
女の子はうなずいて、深い眠りに落ちていきました。
次の日、田んぼに、またあのアライグマが来ていました。
女の子はにっこりして、手まねきしました。
アライグマはびっくりしました。きのう、あんないじわるをしたんだのに。そして、怖くなりました。これは何か、とんでもない仕返しをされるにちがいない、と思ったのです。
アライグマは、走って、走って、逃げました。
そのうち、アライグマは、うんこがしたくなりました。
立ちどまってふんばっていたら、何かものすごく固くて大きなものが、おしりの穴につっかえました。痛くて、痛くて、アライグマは泣き叫びましたが、そのものすごく固くて大きなものは、おしりの穴にぴったりはまったまま、出てきも引っこみもしません。
アライグマは、とうとう、気絶してしまいました。
それは、きのう丸ごと飲みこんでしまった、梅干しの種でしたとさ。
おしまい。