その4 とるな、とるな

文字数 531文字

今日のひとふり:
「おばけが/やまで/せんたくものを/つかまえました」


 その村では、洗濯物を外に干すときに、物干し竿をかるくたたいて、
「とるな、とるな」
と、となえるそうです。

 それでも、おりおり、着物がなくなるそうです。
 それも、いちばんいい着物から。

 晴れた日に、空高く、着物がくるくる回って消えていくのを見た人が、幾人もいるそうです。
 まるで、見えない大きな手が、ひとさし指の先に引っかけて、くるくる回していくように。

 天狗か、風の神か。
 みなで首をひねっても、わからないことでした。

 ある晩、なにがしという家の、九歳になるむすこの夢枕に、小さな影が立ちました。むすこと同い年ほどの、姿かたちだったそうです。
「そうではない」
 きちんと正座して、(りん)のような良い声で、その影は言いました。

「とるのではない。あそびに来てしまうのだ。
 つかまえて、おしこめてある」

 影に教わったとおりの道を、むすこは大人たちに告げました。

 ごつごつと杉の根の張ったその道を、大人たちが苦労して登っていくと、長いあいだ忘れられ、打ち棄てられた、小さな(ほこら)がありました。
 かろうじて残った屋根の下、ほぼ朽ち落ちた床板の上に、

 なくなった着物がすべて、きちんとたたんで、置いてあったそうです。

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