その16 井戸

文字数 754文字

今日のひとふり:
「ねこが/いえで/おひめさまを/つかまえました」


 その井戸には、(とお)の伝説があるそうです。
 三十とも言われています。

 いちばん有名なのは、
 その井戸の水を飲んでいると、いつまでも若くいられる、というおはなし。

 変奏として、
 欲ばりすぎて飲みすぎて、赤ちゃんに返ってしまったおばあさんがいた、というおはなし。

 ちがうよ、という人もいます。
 真夜中に、井戸の底から、声が聞こえてくるのさ。

 そうそう、妖精の歌ね。あれを聞くと、長生きできるんだってね。
 とんでもない。聞いてしまうと、井戸の中に引きこまれて、戻ってこられなくなるんだよ。
 妖精の声であるもんか。殿さまに懸想されて、殺された、かわいそうなお女中の声さ。
 お皿を数えているんだ。

 そうじゃなくて、と、別の人が言います。
 満月の夜に、恋人たちがいっしょにのぞきこめば、結ばれて幸せになれるのよ。
 え、そうなの? 新月の夜じゃなかった?
 けっしてのぞいてはいけないんじゃなかった?

 ぜんぜんちがうね、と、また別の人が言います。
 宝の伝説さ。井戸の底深くに、黄金のつまった壺が沈められていて――
 ちょっと待って。壺じゃないわ、三枚のお札よ。それを拾って、願いごとをすると――

 まさか。もっと単純で、歴史的な話だよ。
 地下通路さ。昔、お城の下まで続いていてね。
 あ、あれでしょ。そこから九尾の化け猫がしのびこんだっていう。
 そう、それで、お姫さまに自分の子どもを産ませてね!
 ばかばかしい。そんなわけないじゃないか。
 それじゃあおれたちはみんな、化け猫の子孫か?

 ――なんて、井戸のまわりでわいわいがやがや話していると、
 いつのまにか、一人、増えているんだってね。

 やめてよ!!

 古井戸は、今日も、さんさんとお日さまの光を浴びて、そこにあります。

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