◆03カナンへの選択-Ⅱ ラバン:邪念
文字数 2,315文字
てか勘弁 してくれよ。
どこでなにしてきたんだコイツと思ったさ。妹のリベカだよ、まったくもう。
町はずれの泉まで、水汲 みに行っただけのくせになかなか戻らないもんだから、オフクロが苛立 ってしかたなくて俺は気が気じゃなかったってのに。
当のリベカはなに食わぬ顔で帰ってきて、「遅くなってすみません」のひと言もなく家に入ってきやがった。
しかも俺たちが見たことのない、いかにも高価な金の鼻輪 と、さらには金の腕輪 を二本もつけていやがるじゃないか。
オフクロが俺の横で目をむいている。
なんなんだよ。いったい外でなにしてきたんだ、この妹は。
だいたい、リベカのやつは昔から変な妹だった。女だてらにときたま当然のツラで男みたいな口をきく。そのくせ兄貴の俺が言うのもなんだが人目を引く顔立ちをしていて、言ってみればまあ、美女だ。
だから、女からは――オフクロだって例外じゃないんだ、これが――やっかまれるし、男からは敬遠される。いや、性格が悪いわけでは決してないんだ。むしろまっすぐで純真で真面目、思いやりがあっていいやつなんだが。
男から見れば重い。女から見れば鼻につく。
そういうことなんだろう。
リベカがいつも窮屈 そうに生きているのは知っている。もちろん、兄としてなんとかしてやりたい気持ちは山々なんだけれども、俺にはどうにもしてやれない。
せいぜいオフクロとの間に立って気をもむのが関の山だ。
そんな自分が情けなくて、俺までついつい冷たくしちまうときがあるって始末なもんだから、まったくやりきれねぇ。
しかしリベカのやつもリベカのやつだ。
なにって、鼻輪と腕輪だよ。
これみよがしにつけたまま家に入らなくたっていいだろう。なんでわざわざそんなマネするかね。
オフクロがいい顔するわけないじゃないか。っていうか火に油。
どこの色男 にもらったのか知らないが、家に入る前に外せよバカと俺は言いたい。が、言わない。言うわけないだろう。
余計 な火の粉 をかぶるのはまっぴら御免 だ。
は?
俺はおそらく相当マヌケな顔をしていたと思う。
リベカの話――金の鼻輪と腕輪の出どころ――を聞いた瞬間、さすがの俺も思考停止に陥 った。
そしてすぐさま、内心でツッコミを入れたさ。
おいおいおい、よりによってそりゃないだろってな。
「偶然、泉にいた見ず知らずの老人からもらった」だと?
しかも「水を汲んでやったことのお礼に」だと?
誤魔化 すならもっとましな嘘 にしてくれ。
オフクロの目はみるみるつり上がってきた。
どうすんだよオマエってリベカを見たら、平然と、頭にのせていた水瓶 を下ろして水差しに水を注ぎ、残りを土間の隅の雪花石膏 の大がめに移しているじゃないか。
そんなことしてる場合じゃないだろう。ああでも土間の雪花石膏の大がめに水が入ったおかげでかすかに冷気が漂ってきた。昼間の熱がこもった部屋が少しは涼しくなってきたんだ、これには感謝だ。
え?
しかし俺は自分の耳を疑った。
俺の耳がおかしくなけりゃあ、水を移し終えたリベカが淡々 と「その老人の一行がわが家に宿を求めている」って言ったように聞こえたんだけどマジかおい。
「泉で待ってる」って、それじゃあそもそもさっきの話も嘘じゃなかったってことか。
早く言えよもうオフクロがバクハツするんじゃないかと思ってヤキモキしただろ。
とんだ取り越し苦労だったわけだが。
「どうしようかね」と、オフクロが俺に視線を投げてくるのはいつものこと。
オヤジはたいてい側女 の家だし、オフクロはなんでも自分では決めたがらないし、ゆえにこの家の物事の判断は長子の俺にゆだねられるのが割とまあ常 となっている。ジョウタイカしているってやつだ。
当然、「客人をお迎えしよう」と言ったさ俺は。
リベカの話じゃ相手はうちのオヤジやジイチャンバアチャンの名に心当たりがある様子で親戚かもしれない。
そうでなかったとしてもリベカがすでに高価な装身具をもらっているのだから兄としていや家として礼を尽くすべきだ。
それに、隠さず言えばそりゃちょっとは頭をよぎったさ。
どうやら相手は金持ちだ、泊めて差し上げればさらなる謝礼が期待できるかもってな。悪いか俺はそういう男だ。
そういう男なんですよ、あなた。
だけど、そんなに悪くはないですよね? そのくらいの邪念 なら、だれだってよぎるんじゃないですか……違いますか? そうでしょう? どうでしょう、あなた。
すかさずリベカや侍女 や小間使 いたちに客人を迎えるしたくをするよう言いつけて俺が泉へ行くことにした。
加えてオフクロの目を盗んで小間使いの一人に、側女 の家へオヤジを呼びに行くよう命じるのも忘れなかった。
ぬかりはない。
はずだったけれども家を出たら日が落ちかかっていてヤバかったんでダッシュした。泉で待っているご一行さんはさぞ心細いに違いないじゃないか。
暗くなる前に迎えに行ってやらなけりゃって、おせっかいにも俺はいま、泉めがけて全力で走っているのだが、こんな俺ってどうなんだろうか。
計算高いとか狡 いとか言われているけど実はけっこうなお人好 し……なんじゃないかと、自分では思ったりしているのだが。
どうなんでしょう、あなた。
どこでなにしてきたんだコイツと思ったさ。妹のリベカだよ、まったくもう。
町はずれの泉まで、
当のリベカはなに食わぬ顔で帰ってきて、「遅くなってすみません」のひと言もなく家に入ってきやがった。
しかも俺たちが見たことのない、いかにも高価な金の
オフクロが俺の横で目をむいている。
なんなんだよ。いったい外でなにしてきたんだ、この妹は。
だいたい、リベカのやつは昔から変な妹だった。女だてらにときたま当然のツラで男みたいな口をきく。そのくせ兄貴の俺が言うのもなんだが人目を引く顔立ちをしていて、言ってみればまあ、美女だ。
だから、女からは――オフクロだって例外じゃないんだ、これが――やっかまれるし、男からは敬遠される。いや、性格が悪いわけでは決してないんだ。むしろまっすぐで純真で真面目、思いやりがあっていいやつなんだが。
男から見れば重い。女から見れば鼻につく。
そういうことなんだろう。
リベカがいつも
せいぜいオフクロとの間に立って気をもむのが関の山だ。
そんな自分が情けなくて、俺までついつい冷たくしちまうときがあるって始末なもんだから、まったくやりきれねぇ。
しかしリベカのやつもリベカのやつだ。
なにって、鼻輪と腕輪だよ。
これみよがしにつけたまま家に入らなくたっていいだろう。なんでわざわざそんなマネするかね。
オフクロがいい顔するわけないじゃないか。っていうか火に油。
どこの
は?
俺はおそらく相当マヌケな顔をしていたと思う。
リベカの話――金の鼻輪と腕輪の出どころ――を聞いた瞬間、さすがの俺も思考停止に
そしてすぐさま、内心でツッコミを入れたさ。
おいおいおい、よりによってそりゃないだろってな。
「偶然、泉にいた見ず知らずの老人からもらった」だと?
しかも「水を汲んでやったことのお礼に」だと?
オフクロの目はみるみるつり上がってきた。
どうすんだよオマエってリベカを見たら、平然と、頭にのせていた
そんなことしてる場合じゃないだろう。ああでも土間の雪花石膏の大がめに水が入ったおかげでかすかに冷気が漂ってきた。昼間の熱がこもった部屋が少しは涼しくなってきたんだ、これには感謝だ。
え?
しかし俺は自分の耳を疑った。
俺の耳がおかしくなけりゃあ、水を移し終えたリベカが
「泉で待ってる」って、それじゃあそもそもさっきの話も嘘じゃなかったってことか。
早く言えよもうオフクロがバクハツするんじゃないかと思ってヤキモキしただろ。
とんだ取り越し苦労だったわけだが。
「どうしようかね」と、オフクロが俺に視線を投げてくるのはいつものこと。
オヤジはたいてい
当然、「客人をお迎えしよう」と言ったさ俺は。
リベカの話じゃ相手はうちのオヤジやジイチャンバアチャンの名に心当たりがある様子で親戚かもしれない。
そうでなかったとしてもリベカがすでに高価な装身具をもらっているのだから兄としていや家として礼を尽くすべきだ。
それに、隠さず言えばそりゃちょっとは頭をよぎったさ。
どうやら相手は金持ちだ、泊めて差し上げればさらなる謝礼が期待できるかもってな。悪いか俺はそういう男だ。
そういう男なんですよ、あなた。
だけど、そんなに悪くはないですよね? そのくらいの
すかさずリベカや
加えてオフクロの目を盗んで小間使いの一人に、
ぬかりはない。
はずだったけれども家を出たら日が落ちかかっていてヤバかったんでダッシュした。泉で待っているご一行さんはさぞ心細いに違いないじゃないか。
暗くなる前に迎えに行ってやらなけりゃって、おせっかいにも俺はいま、泉めがけて全力で走っているのだが、こんな俺ってどうなんだろうか。
計算高いとか
どうなんでしょう、あなた。