第8話 株式会社米澤 三依工場
文字数 1,886文字
6月の終わりに、米澤さんは大坪さんに支援を申し出た。
「前に通っていたフリースクールより、ここのみなさんの対応の方が的確です。広樹が目に見えて落ちついてきているんです」
広樹君は以前、泉工医大福祉医療学部近くの『一歩スクール』というところに通っていたが、責任者が退職し閉鎖されたという。
米澤さんの申し出を、大坪さんは淡々と断った。すると米澤さんは次に、
「料金が安すぎるから、せめて別に月謝をお支払いしたい」
と食い下がった。大坪さんはそれも丁重に断り、話の流れで、米澤さんの家は工場を経営しているということがわかると、
「それでは、素材に使えそうな廃材を少しいただけますか」
ということになった。
7月最初の土曜日、オオツボ模型は臨時休業。みんなで泉水駅から電車に乗った。
俺、大坪さん、周さん、中村さん、羽石さん、平山君。山田さんは仕事、塚田さんは旅行で不在。途中、下黒羽駅から鯨君も合流、5駅目で目的の三依駅に到着した。
三依市は県北の田舎の温泉街だと思っていたけど、駅前にモダンで大きな『雲間境温泉リハビリセンター』があって、すごい存在感だった。
意外と人通りが多く、活気がある。飲食店や露店も多い。きれいに舗装された道にLRT、迫り来る山並みの新緑と独特な硫黄 の匂い。なんとなくワクワクしてくる。
「あのラーメン屋、街ブラロケで見たことあるよ!」
中村さんがハイテンション。
小関さんは、3年生になったらここで実習すると嫌そうに言っていた。
いやいや、俺からすると少し羨ましいかも。
みんなでLRTに乗った。目的の『米澤 三依工場前』には4分程で到着。
降りてから坂道を少し登ると、入道雲をバックに工場が現れた。
「医療機器モーターのグローバルニッチな会社ですよ」
大坪さんが説明した。そう言われてみれば米澤さんの身に付けているものはいつも上質だ。俺の母親とはぜんぜん違う。
建物は古いけど大きい。奥に寮のような建物も見えた。
米澤さんと広樹君が出迎えてくれた。いつもと様子が違っているので緊張している広樹君、もうハンドタオルを噛みしめている。
俺の顔を見て、泣いていないのを確認してから「こっち」と手招きしてくれた。
蝉の大合唱の中、工場をグルッと回り裏手から入ると、廃材や梱包材が種類ごとに段ボールに入っているのが見えた。社員さんが準備してくれたそうだ。
プラ板、鉄くず、ワイヤー、発泡スチロール。そして近くの製材所からわざわざもらってきてくれたという、角材、ベニヤ板が少々。
周さんが「おぉ!」と叫ぶと、みんな無言で材料収集に取りかかった。
大坪さんはパイプ椅子に座り、米澤さんとなにか話している。
広樹君は小さな角材とベニヤ板を集めてはボンドで付けて、なにやら工作中。机かな? おままごと道具みたい。俺は広樹君と並んで、思いついたミニチュア建物を作ることにした。
鯨君と羽石さんときたら、材料を少し集めたあとは、完全防備で二人で裏山に散策に行ってしまった。
ここに居るとなんだか頭が冴えてくるような感覚がする。泉水市も田舎だけど、ここの方が更に空気が澄んでいる。
昼になると、貫禄ある寮母さんがご馳走を振る舞ってくれた。
お稲荷さんはゴマと山葵 入りの2種類。揚げたての春巻き、鶏の唐揚げ、スイカと麦茶。お祭りみたいだ。みんなで食べるとやっぱり美味しい。
気分が高揚した俺は、思いきって米澤さんに尋ねてみた。
「やっぱりこんな大きな会社だと、大卒じゃなければ採用しないんですか?」
「そんなことないわよ。もちろん大卒もいるけど、高卒の子もいるわよ。主人の方針で、全員2年間は裏手の寮に住むのよ。寮が合う、合わないはあるわね」
寮があるのは、俺にとってはありがたいことだ。
「採用って毎年あるんですか?」
「あるわよ、ブラックじゃないつもりだけど、合わなくて辞める子が一定数いるからね」
米澤さんは遠い目をして言った。
俺は機械科だ。マッチしているのではないか。
ふと広樹君を見ると、赤い顔をして一点を見つめていた。おでこに手をそっと当てると、熱っぽい。米澤さんも確認して、
「ああ、広樹は昨日から楽しみにして興奮していたから、きっと知恵熱ね」
広樹君、黙っていて表情には出さないけど、はしゃいでいたんだ。
俺は広樹君に付き添って自宅に上がらせてもらった。
手と顔を洗いうがいして、パジャマに着替えベッドに入った広樹君に、
「今日は楽しかった、ありがとう」
と言いながら、俺は布団をポンポンポンとおまじないのように軽く叩いた。
机の上に俺たちの合作、ベニヤ板で作ったオオツボ模型とスーパーヤオシンを並べて。
「前に通っていたフリースクールより、ここのみなさんの対応の方が的確です。広樹が目に見えて落ちついてきているんです」
広樹君は以前、泉工医大福祉医療学部近くの『一歩スクール』というところに通っていたが、責任者が退職し閉鎖されたという。
米澤さんの申し出を、大坪さんは淡々と断った。すると米澤さんは次に、
「料金が安すぎるから、せめて別に月謝をお支払いしたい」
と食い下がった。大坪さんはそれも丁重に断り、話の流れで、米澤さんの家は工場を経営しているということがわかると、
「それでは、素材に使えそうな廃材を少しいただけますか」
ということになった。
7月最初の土曜日、オオツボ模型は臨時休業。みんなで泉水駅から電車に乗った。
俺、大坪さん、周さん、中村さん、羽石さん、平山君。山田さんは仕事、塚田さんは旅行で不在。途中、下黒羽駅から鯨君も合流、5駅目で目的の三依駅に到着した。
三依市は県北の田舎の温泉街だと思っていたけど、駅前にモダンで大きな『雲間境温泉リハビリセンター』があって、すごい存在感だった。
意外と人通りが多く、活気がある。飲食店や露店も多い。きれいに舗装された道にLRT、迫り来る山並みの新緑と独特な
「あのラーメン屋、街ブラロケで見たことあるよ!」
中村さんがハイテンション。
小関さんは、3年生になったらここで実習すると嫌そうに言っていた。
いやいや、俺からすると少し羨ましいかも。
みんなでLRTに乗った。目的の『米澤 三依工場前』には4分程で到着。
降りてから坂道を少し登ると、入道雲をバックに工場が現れた。
「医療機器モーターのグローバルニッチな会社ですよ」
大坪さんが説明した。そう言われてみれば米澤さんの身に付けているものはいつも上質だ。俺の母親とはぜんぜん違う。
建物は古いけど大きい。奥に寮のような建物も見えた。
米澤さんと広樹君が出迎えてくれた。いつもと様子が違っているので緊張している広樹君、もうハンドタオルを噛みしめている。
俺の顔を見て、泣いていないのを確認してから「こっち」と手招きしてくれた。
蝉の大合唱の中、工場をグルッと回り裏手から入ると、廃材や梱包材が種類ごとに段ボールに入っているのが見えた。社員さんが準備してくれたそうだ。
プラ板、鉄くず、ワイヤー、発泡スチロール。そして近くの製材所からわざわざもらってきてくれたという、角材、ベニヤ板が少々。
周さんが「おぉ!」と叫ぶと、みんな無言で材料収集に取りかかった。
大坪さんはパイプ椅子に座り、米澤さんとなにか話している。
広樹君は小さな角材とベニヤ板を集めてはボンドで付けて、なにやら工作中。机かな? おままごと道具みたい。俺は広樹君と並んで、思いついたミニチュア建物を作ることにした。
鯨君と羽石さんときたら、材料を少し集めたあとは、完全防備で二人で裏山に散策に行ってしまった。
ここに居るとなんだか頭が冴えてくるような感覚がする。泉水市も田舎だけど、ここの方が更に空気が澄んでいる。
昼になると、貫禄ある寮母さんがご馳走を振る舞ってくれた。
お稲荷さんはゴマと
気分が高揚した俺は、思いきって米澤さんに尋ねてみた。
「やっぱりこんな大きな会社だと、大卒じゃなければ採用しないんですか?」
「そんなことないわよ。もちろん大卒もいるけど、高卒の子もいるわよ。主人の方針で、全員2年間は裏手の寮に住むのよ。寮が合う、合わないはあるわね」
寮があるのは、俺にとってはありがたいことだ。
「採用って毎年あるんですか?」
「あるわよ、ブラックじゃないつもりだけど、合わなくて辞める子が一定数いるからね」
米澤さんは遠い目をして言った。
俺は機械科だ。マッチしているのではないか。
ふと広樹君を見ると、赤い顔をして一点を見つめていた。おでこに手をそっと当てると、熱っぽい。米澤さんも確認して、
「ああ、広樹は昨日から楽しみにして興奮していたから、きっと知恵熱ね」
広樹君、黙っていて表情には出さないけど、はしゃいでいたんだ。
俺は広樹君に付き添って自宅に上がらせてもらった。
手と顔を洗いうがいして、パジャマに着替えベッドに入った広樹君に、
「今日は楽しかった、ありがとう」
と言いながら、俺は布団をポンポンポンとおまじないのように軽く叩いた。
机の上に俺たちの合作、ベニヤ板で作ったオオツボ模型とスーパーヤオシンを並べて。