第11話 雲間境温泉リハビリセンター

文字数 1,500文字

 帰り道、俺は米澤さんに正直に話した。
「僕、作業療法士の小泉山さんに、多分、一目惚れしたみたいです」
 米澤さんは声をあげて笑った。
「いいじゃないの、応援するわ」

 米澤さんは小泉山さん情報を教えてくれた。
泉工医大を今年卒業して、働き始めたばかりであること。
村瀬さんと同じ22歳であること。
控え目で大人しいけど、忍耐強く責任感があるので米澤さんも気に入っていること。
研修中の残りの3日間、俺は午前中は広樹君の付き添いでリハビリセンターを訪れた。

 最後の日、俺は思いきって小泉山さんに切り出した。

「小泉山さんは、あの、おつき合いしている人はいるんですか?」

 声が上ずり震えてしまって、広樹君が俺の顔を見上げる。そして泣いていないことがわかると、安心してまた字を書き出した。

 小泉山さんは露骨に困った顔をして黙っていた。
そんな顔しないでよ。なんで俺の恋愛って上手くいかないんだ。俺はガクッと下を向き深いため息をついた。

 あ、こんな仕草は広樹君が心配してしまう。慌てて顔を上げたけど、広樹君はすでに水色ハンドタオルを口元に当てていた。
「広樹君、俺は泣いていないよ」

 そして小泉山さんに向かって、
「俺はすぐ泣くから、広樹君がいつも心配しているんだ」続けて
「小泉山さん、彼氏がいるんですか?」
「あ……いませんけど……」
「じゃあ、友達になってくれませんか。断ったら俺、きっと泣いちゃうから、広樹君驚いてパニックを起こすかもしれない」

 自分で言っていて最低だなと思った。これじゃソフトな脅迫だ。
小泉山さんは困り顔のまま、仕方なく返事した。
「……友達なら」
 俺は無理矢理といってもいいようなやり口で、連絡先を交換した。


“よろしく” とラインしたけど、小泉山さんの反応は思わしくない。

“なにかの罰ゲームですか?”



 米澤さんが言っていたことを思い出した。
「成田君を最初見たときは、チャラ男かと思ったわ。なんでこんなチャラ男が地味な模型屋にいるのかな? ってね」
 俺のこの顔のせいで、小泉山さんは警戒している。

 俺の髪は黒いし短いし服装も貧乏だから地味だけど、顔が甘ったるいせいで遊んでいるように思われてしまう。
誤解だ。今までつきあった人なんていないし、女に慣れていないからダサいことばかりしてしまうんだ。


 学校では腐女子の本郷(ほんごう)が、俺をモデルにして同級生と絡むホモのエロマンガを書いている。BLとか言っていた。
あどけない顔の超絶テクニシャンの俺が、柔道部のガチムチ副部長をメス堕ちさせる話や、堅物生徒会書記を開発する話とか言っていた……狂っている。

 だがそれよりも違和感があるのは、俺の両親は高学歴で富裕層という設定。
花の飾ってある食卓で、クロワッサンにベーコンエッグとサラダの朝食。両親が優雅にコーヒーを飲んでいるシーン……
最初読んだとき、SFかな? と思った。俺のエロシーンよりも頭痛い。

「想像するのは勝手でしょ。仕方ないじゃない、妄想が暴走するんだもん。書かないと私、病気になるの!」
 本郷、なんだよその開き直り、いい加減にしてくれ。

 俺、普通に女が好きだし、なんのテクニックも無いし。親が飲んでいるのは発泡酒と安い焼酎だし。

 文化祭になると、1年の時から女装をさせられて、ミスコンに強制エントリーさせられている。毎回毎回、その制服とウイッグはどこから調達したんだ。
そのあとはお決まりのツーショット写真撮影会だ。男子も女子も俺の前は長蛇の列。
なんで俺が足のムダ毛の処理の甘さで先輩からキレられるんだよ。
訳わからんアニメのポーズとか勘弁してくれ。

 俺ははっきり言って普通が好きなんだ。普通の女の子と普通の恋愛がしたいんだ!

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登場人物紹介

成田 宗也(なりた そうや)


高専生 アイドル顔だが、失踪した父親と似ているため、自分の顔が好きじゃない。

米澤 広樹(よねざわ ひろき)


オオツボ模型に来るようになった小学生 発達障害

小泉山 紗弥(こいずみやま さや)


雲間温泉境リハビリセンター勤務

村瀬 芽依(むらせ めい)


たんぽぽ食堂で学習支援を行っている泉工医大生

本郷 明音(ほんごう あかね)


同じクラス エロマンガを描くのが趣味 兄がレンコン


岬 悠生(みさき ゆうせい)


たんぽぽ食堂の常連 工業高校 道の駅ラップバトルの常連

田中 秀一(たなか しゅういち)


符丁神社の宮司 霊能力者 独身

二宮 治子(にのみや はるこ)


たんぽぽ食堂のオーナー 資産家

畑中 麻美(はたなか あさみ)


たんぽぽ食堂の調理師 優しく穏やか 節約料理が得意で手際がいい


近藤 優名(こんどう ゆうな)


第1章 参照

近藤 彩(こんどう あや)


近藤優名の叔母にあたる 化粧品工場の技術職 

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