第15話 小泉山さん親子
文字数 1,467文字
俺は話が下手だ。話がつまらないと、小さい頃から両親に言われてきたし、自分でもそれはわかっている。
でも今はそんなこと気にしていられない、不器用でも文法がめちゃくちゃでも伝えたいことが小泉山さんに伝わればいいんだ。
俺の話を聞いて、小泉山さんは静かに告げた。
「私、加害者の小泉山武志の妹なの」と。
まるで受刑者のようなたたずまいで。
俺は何度も何度もしつこいくらい繰り返し言った。被害者の遺族、近藤さんが心配しているということを。
「被害者の遺族の、近藤さんが病院に駆けつけて来たときのこと、今も鮮明に憶えているの。……怪我じゃなくて? 死んだってことなの? 2人とも? 間違いじゃないの? 優ちゃん、泉工医大に入学が決まっていて、これからだったのよ? ……そんな風なこと言っていた。唖然とした表情で……亡くなった子、同い年だったんだ、同じ大学だったんだ、もう私は一生心から笑うことはないな、幸せになってはいけないなって……そのとき思った」
「近藤さんが来週お彼岸でここに来るんだけど、小泉山さんに会いたいって言っているよ。小泉山さんが嫌じゃなければ」
小泉山さんは「会います」とはっきり言った。
秋のお彼岸の日、小泉山さんは両親と一緒に喪服姿でたんぽぽ食堂にやって来た。白と紫でまとめた、大きな花束を持って。
俺が食堂に来たとき、3人は食堂の脇で立っていた。近藤さんとの待ち合わせ時間は10時。まだ9時13分だ。一体いつから待っていたのだろう。
「成田宗也です。初めまして。今日はよろしくお願いします」
俺は大坪さんからの特訓の甲斐あって、挨拶は堂々とできるようになっていた。
「ああ、あなたが……小泉山紗弥の父です。ありがとうございます、声をかけてくれて」
細く優しそうな目元、痩せて皺が深い表情に白髪交じりの髪。紗弥さんはお父さん似だ。
「あの、中にどうぞ」
お母さんは、何度も恐縮したようにお辞儀している。大きなハンカチを握り口元に当てていて、広樹君みたい。やっぱり痩せていて、シミと白髪で老けて見える。
俺は紗弥さんの顔を見た。ガチガチに緊張していて一言も言葉を発せられないでいる。
大丈夫だよ、と目配せした。
食堂の引き戸を開けると、大家さんと畑中さんが顔を上げた。
「こんにちは、小泉山康志 と申します。この度はお世話になります」
小泉山親子が深々と頭を下げると、大家さんはしばし小泉山親子の少し上を見つめた。
大家さん、田所さん、田中宮司が、たまに浮かべるこの表情は怖い。どこに焦点を合わせているのかわからない顔。
「……こんにちは。オーナーの二宮治子 です。こちらは畑中麻美 さん。ね、先にお花をお供えしましょうか。案内します、こちらへどうぞ」
俺たちは川沿いのベンチへと向かった。
「近藤優名ちゃんは死後、少しここに留まってから成仏したんですよ。ここでの生活に少し未練があったみたいでね。それでご遺族の近藤彩さんは、お盆かお彼岸にお花を手向けに来てくれるんです」
冷静に聞けば『?』というような、とんでも話をしている大家さんだが、小泉山親子は何度も頷きながら聞いている。
大家さんに促されるまま、そっとベンチの上に花束を置いた。
「あの……近藤優名ちゃんのお母さんは、成仏しているんですか?」
怖ず怖ずとした紗弥さんのお母さんの問いに、畑中さんが答えた。
「優名ちゃんのお母さんは真っ先に成仏したみたいですよ」
その時勢いのいい足音が。
キリッとしたショートカットの、いかにも仕事ができそうなパンツスーツの女の人が、大きな百合の花束を抱えてやって来た。
でも今はそんなこと気にしていられない、不器用でも文法がめちゃくちゃでも伝えたいことが小泉山さんに伝わればいいんだ。
俺の話を聞いて、小泉山さんは静かに告げた。
「私、加害者の小泉山武志の妹なの」と。
まるで受刑者のようなたたずまいで。
俺は何度も何度もしつこいくらい繰り返し言った。被害者の遺族、近藤さんが心配しているということを。
「被害者の遺族の、近藤さんが病院に駆けつけて来たときのこと、今も鮮明に憶えているの。……怪我じゃなくて? 死んだってことなの? 2人とも? 間違いじゃないの? 優ちゃん、泉工医大に入学が決まっていて、これからだったのよ? ……そんな風なこと言っていた。唖然とした表情で……亡くなった子、同い年だったんだ、同じ大学だったんだ、もう私は一生心から笑うことはないな、幸せになってはいけないなって……そのとき思った」
「近藤さんが来週お彼岸でここに来るんだけど、小泉山さんに会いたいって言っているよ。小泉山さんが嫌じゃなければ」
小泉山さんは「会います」とはっきり言った。
秋のお彼岸の日、小泉山さんは両親と一緒に喪服姿でたんぽぽ食堂にやって来た。白と紫でまとめた、大きな花束を持って。
俺が食堂に来たとき、3人は食堂の脇で立っていた。近藤さんとの待ち合わせ時間は10時。まだ9時13分だ。一体いつから待っていたのだろう。
「成田宗也です。初めまして。今日はよろしくお願いします」
俺は大坪さんからの特訓の甲斐あって、挨拶は堂々とできるようになっていた。
「ああ、あなたが……小泉山紗弥の父です。ありがとうございます、声をかけてくれて」
細く優しそうな目元、痩せて皺が深い表情に白髪交じりの髪。紗弥さんはお父さん似だ。
「あの、中にどうぞ」
お母さんは、何度も恐縮したようにお辞儀している。大きなハンカチを握り口元に当てていて、広樹君みたい。やっぱり痩せていて、シミと白髪で老けて見える。
俺は紗弥さんの顔を見た。ガチガチに緊張していて一言も言葉を発せられないでいる。
大丈夫だよ、と目配せした。
食堂の引き戸を開けると、大家さんと畑中さんが顔を上げた。
「こんにちは、小泉山
小泉山親子が深々と頭を下げると、大家さんはしばし小泉山親子の少し上を見つめた。
大家さん、田所さん、田中宮司が、たまに浮かべるこの表情は怖い。どこに焦点を合わせているのかわからない顔。
「……こんにちは。オーナーの二宮
俺たちは川沿いのベンチへと向かった。
「近藤優名ちゃんは死後、少しここに留まってから成仏したんですよ。ここでの生活に少し未練があったみたいでね。それでご遺族の近藤彩さんは、お盆かお彼岸にお花を手向けに来てくれるんです」
冷静に聞けば『?』というような、とんでも話をしている大家さんだが、小泉山親子は何度も頷きながら聞いている。
大家さんに促されるまま、そっとベンチの上に花束を置いた。
「あの……近藤優名ちゃんのお母さんは、成仏しているんですか?」
怖ず怖ずとした紗弥さんのお母さんの問いに、畑中さんが答えた。
「優名ちゃんのお母さんは真っ先に成仏したみたいですよ」
その時勢いのいい足音が。
キリッとしたショートカットの、いかにも仕事ができそうなパンツスーツの女の人が、大きな百合の花束を抱えてやって来た。