第16話 近藤優名の回収

文字数 1,771文字

 小泉山親子とその女性は、お互い見つめ合ったまま棒立ちになった。
4人とも息を飲み込んだまま、呼吸の仕方を忘れてしまったみたいだ。

 焦った俺は思わず、
「近藤さんですか、初めまして。成田宗也と言います。遠いところありがとうございます」
 大家さんも我に返って、
「近藤さんお疲れ様、いつも素敵なカサブランカね、さ、こちらに」
 近藤さんはギクシャクと花束をベンチに並べて置いた。

 紗弥さんの父親は、近藤さんの背中に向かい言葉を絞り出した。

「近藤さん……小泉山武志(たけし)の父です。あなたには、本当に本当に、申し訳のないことをしてしまった。あなたにずっと、謝りたいと思っていました。私は……申し訳無さで顔向けができなくて、全部保険会社に任せてしまった。……私が謝ってもどうしようもないけれど、あの日からずっと、あなたのことを忘れた日はなかった。どうすれば償いになるのか……そればかり考えて」

 近藤さんの肩が震えている。
「……予感的中」
 近藤さんはクルッと小泉山親子に向き直った。真っ赤な目。

「そんなことだろうと思ったわよ! あれは事故でしょ、私はもう吹っ切ったわよ! だって私がクヨクヨしていたら、姉さんも優ちゃんもあの世で心配しちゃうじゃない。それにあの事故は、あんた達親子のせいじゃないでしょ! やめてよ、『一生懺悔します』みたいなノリ! そういうのが一番迷惑なのよ」

 それから近藤さんは紗弥さんに向かって言った。近藤さんの顔は、すでに涙でぐしょぐしょになっていた。

「まさかとは思うけど、加害者の遺族は明るくしちゃいけないとか笑っちゃいけないとか、思っていないでしょうね!? そういうの私も優ちゃんも、大嫌いだから。そういう意味のわからない気遣い、いらないから! 優ちゃんの分まで幸せにならなかったら、私と優ちゃんが怒るからね!」

 とうとう紗弥さんの母親が声をあげて泣き崩れた。父親は唇を噛みしめ目を伏せ泣いている。
そして紗弥さんはしゃっくり上げながら、

「私は、お兄ちゃんのことを許して欲しくて、だから代わりに、私が罰を受けなくちゃって思っていて、ずっと笑えなかった、幸せになったらバチが当たるって」

「あなた、言っていること支離滅裂! 幸せにならなきゃ怒るって、さっきから言っているでしょ、もう!」
 近藤さんは涙を拭うと、鼻を赤くしたまま腕組みして言った。この人、女だけど中身イケメンっていうか、カッコいい人だ。

 会ったばかりで即、クライマックス。興奮冷めやらぬまま、畑中さんの誘導でみんなで食堂に戻った。
大家さんはその間もずっと、あらぬ方向を見ていた。


 みんなそれぞれに涙と鼻を拭くと、小泉山親子と近藤さんは同じテーブルについた。
畑中さんがみんなにお茶を煎れ、おはぎを振る舞う。大家さんが、
「このおはぎ、道の駅でけっこう有名なんですよ。どうぞ」
 大家さんが率先して食べ出した。さすがだ。

 おはぎを食べ終えた大家さんは、一息ついて、
「今日は本当によかったわ~」
 紗弥さんが頷いた。近藤さんも。

「だって、優名ちゃんの待ち人が来てくれたんですもの。喜んでいたわ、優名ちゃん。さっき帰っていったけど」

 大家さんはいつもの感じで、とんでも話をはじめた。大家さんは幽霊と対等に話せるのだ。
俺は慣れているけど、みんなはついてこられるかな?

 近藤さんは焦ったように、
「え? 優ちゃん、ここにいたんですか!?」
「ええ、さっきまでいたわよ」

 近藤さんは目を見開いた。そして、
「優ちゃんは小泉山さんが来るのを、ずっと待っていたんですか?」
「そうみたいね。『もう大丈夫だから』って言って、無事連れて行ったわよ」

 ……?

 意味がわからなくて、みんなで顔を見合わせた。
俺は恐る恐る、
「大家さん? 近藤優名さんは、いったい誰を連れて行ったんですか?」
 大家さんはキョトンとした顔で、

「お兄ちゃんの小泉山君に決まっているでしょ。みんながいつまでも悲しんでいるから、ずーっと成仏できずに側にいたんじゃないの!」

 小泉山さん親子はハッとして、次の瞬間情けない顔になり涙をこぼした。さっきも思ったけど、小泉山親子は3人とも泣き方が下手くそだな。俺みたいだ。
今まで、むやみやたらに泣くのも我慢していたのだろうか。

 広樹君がいたら、きっとティッシュペーパーを何枚も何枚も差し出して大忙しだったろう。

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登場人物紹介

成田 宗也(なりた そうや)


高専生 アイドル顔だが、失踪した父親と似ているため、自分の顔が好きじゃない。

米澤 広樹(よねざわ ひろき)


オオツボ模型に来るようになった小学生 発達障害

小泉山 紗弥(こいずみやま さや)


雲間温泉境リハビリセンター勤務

村瀬 芽依(むらせ めい)


たんぽぽ食堂で学習支援を行っている泉工医大生

本郷 明音(ほんごう あかね)


同じクラス エロマンガを描くのが趣味 兄がレンコン


岬 悠生(みさき ゆうせい)


たんぽぽ食堂の常連 工業高校 道の駅ラップバトルの常連

田中 秀一(たなか しゅういち)


符丁神社の宮司 霊能力者 独身

二宮 治子(にのみや はるこ)


たんぽぽ食堂のオーナー 資産家

畑中 麻美(はたなか あさみ)


たんぽぽ食堂の調理師 優しく穏やか 節約料理が得意で手際がいい


近藤 優名(こんどう ゆうな)


第1章 参照

近藤 彩(こんどう あや)


近藤優名の叔母にあたる 化粧品工場の技術職 

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