第14話 福島県の近藤優名さん(18)
文字数 1,558文字
ネットの新聞記事は俺の心に黒い影を落とした。
夕方、種原病院のバイトをしているときもずっと、『羽河市のトラック運転手 小泉山武志さん(23)』が頭から離れなかった。
たまたま偶然同じ名字かもしれない。珍しい名字だけど、羽河市では多い名字なのかもしれない。
バイトを終え7時を回った頃、たんぽぽ食堂の戸を開けた。
「こんばんは」
「あら、成田君。最近忙しそうね」
俺は肉野菜炒めを食べ終えて帰ろうとする間際に、畑中さんの会話が耳を捉えた。
「大家さん、さっき、近藤彩 さんから電話がありました」
「あら、どうしたの?」
「来週のお彼岸にこちらに来るそうです」
「じゃあ、なにかお土産用意しなくちゃ。ハットリ製菓のプレミアムお茶漬け美味しかったわよね、あとフリカケも。服部君ルートで入手しようかな」
「治ちゃん、近藤彩さんて誰だい?」
「あら、話していなかった? 近藤優名ちゃんの叔母さんなのよ。同居していた家族ね」
「近藤優名ちゃんってのが、初耳なんだけど」
「やだ田所さん、幽霊の優名ちゃんを見たこと無い? 凜々しい眉毛の元気のよさそうな女の子よ。たまーに種原山のベンチにいるじゃない」
「あ……あの子が優名ちゃんて言うのかい、ハチ割れ猫と一緒にいる」
「優名ちゃんは、もう4年くらい前になるんだけど……うちのアパートに入る予定だったの。母子家庭の子でね、お母さんと一緒に引っ越しの最中、トラックのスリップ事故に巻き込まれて亡くなって……」
「この近くでそんな事故あったっけ?」
「ううん、事故が起きたのは南郷峠。……優名ちゃんは泉工医大が第一志望で……大学生活をここで送るのを本当に本当に楽しみにしていてね……とってもいいアパートが見つかったって……叔母さんに話していたみたくて……ダメ、この話すると私今でも泣けてくるのよ。5月に文句言って退去した生意気な今井なんかとは雲泥の差、優名ちゃんにうちのアパートに入って欲しかったわぁ……」
大家さんは席を立って、窓の外を眺めながら涙を拭いた。田所さんは不思議そうに畑中さんに尋ねた。
「その優名ちゃんのご遺族は、故人の魂がよくここに居るってわかったね。事故現場じゃなくてさ」
「優名ちゃんがここでの生活に未練があったのを、ご遺族は察したみたいですよ。すぐにここに手向けのお花を持って来たんです。それからは、年1回お供えのお花を持ってきてくれるようになって」
大家さんが席に戻ってきた。
「優名ちゃん、ちゃんと成仏している筈なのに、最近ちょくちょくここに来るわね。ねえ、畑中さん」
「そうですね、誰かを待っているような風情というか……」
「私、去年、近藤さんが言っていた言葉が引っかかるのよねぇ」
「ああ……加害者の遺族のことがたまに心をよぎるって言っていましたね」
俺はずっとドキドキしながら聞いていたが、思わず、
「それって被害者も加害者も全員亡くなった事故だよね」
3人が驚いたように俺を見た。俺は続けて言った。俺の声は裏返ってかすれていた。
「被害者の遺族の近藤さんていう人は、加害者の遺族を今も許していないの?」
畑中さんは、小さく首を横に振った。
「ううん、成田君、その反対なの。近藤さんはね……加害者の遺族は、今も辛い思いをしているんじゃないかって、心配していたのよ」
大家さんはまた鼻をグズグズさせながら、
「そう、事故の時ね、病院で加害者の両親と妹らしき子が真っ青な顔で立ちすくんでいて、妹が震えながら『ごめんなさい』ってうわごとのように繰り返していて、それが今でも近藤さんの夢に出るんですって。優名ちゃんと同い年くらいの女の子だったって、近藤さん言っていたわ。加害者の運転手も飲酒や脇見運転から事故を起こした訳ではなかったらしいし」
俺は3人に、小泉山紗弥さんの話をした。
食堂の閉店時間は過ぎていた。
夕方、種原病院のバイトをしているときもずっと、『羽河市のトラック運転手 小泉山武志さん(23)』が頭から離れなかった。
たまたま偶然同じ名字かもしれない。珍しい名字だけど、羽河市では多い名字なのかもしれない。
バイトを終え7時を回った頃、たんぽぽ食堂の戸を開けた。
「こんばんは」
「あら、成田君。最近忙しそうね」
俺は肉野菜炒めを食べ終えて帰ろうとする間際に、畑中さんの会話が耳を捉えた。
「大家さん、さっき、近藤
「あら、どうしたの?」
「来週のお彼岸にこちらに来るそうです」
「じゃあ、なにかお土産用意しなくちゃ。ハットリ製菓のプレミアムお茶漬け美味しかったわよね、あとフリカケも。服部君ルートで入手しようかな」
「治ちゃん、近藤彩さんて誰だい?」
「あら、話していなかった? 近藤優名ちゃんの叔母さんなのよ。同居していた家族ね」
「近藤優名ちゃんってのが、初耳なんだけど」
「やだ田所さん、幽霊の優名ちゃんを見たこと無い? 凜々しい眉毛の元気のよさそうな女の子よ。たまーに種原山のベンチにいるじゃない」
「あ……あの子が優名ちゃんて言うのかい、ハチ割れ猫と一緒にいる」
「優名ちゃんは、もう4年くらい前になるんだけど……うちのアパートに入る予定だったの。母子家庭の子でね、お母さんと一緒に引っ越しの最中、トラックのスリップ事故に巻き込まれて亡くなって……」
「この近くでそんな事故あったっけ?」
「ううん、事故が起きたのは南郷峠。……優名ちゃんは泉工医大が第一志望で……大学生活をここで送るのを本当に本当に楽しみにしていてね……とってもいいアパートが見つかったって……叔母さんに話していたみたくて……ダメ、この話すると私今でも泣けてくるのよ。5月に文句言って退去した生意気な今井なんかとは雲泥の差、優名ちゃんにうちのアパートに入って欲しかったわぁ……」
大家さんは席を立って、窓の外を眺めながら涙を拭いた。田所さんは不思議そうに畑中さんに尋ねた。
「その優名ちゃんのご遺族は、故人の魂がよくここに居るってわかったね。事故現場じゃなくてさ」
「優名ちゃんがここでの生活に未練があったのを、ご遺族は察したみたいですよ。すぐにここに手向けのお花を持って来たんです。それからは、年1回お供えのお花を持ってきてくれるようになって」
大家さんが席に戻ってきた。
「優名ちゃん、ちゃんと成仏している筈なのに、最近ちょくちょくここに来るわね。ねえ、畑中さん」
「そうですね、誰かを待っているような風情というか……」
「私、去年、近藤さんが言っていた言葉が引っかかるのよねぇ」
「ああ……加害者の遺族のことがたまに心をよぎるって言っていましたね」
俺はずっとドキドキしながら聞いていたが、思わず、
「それって被害者も加害者も全員亡くなった事故だよね」
3人が驚いたように俺を見た。俺は続けて言った。俺の声は裏返ってかすれていた。
「被害者の遺族の近藤さんていう人は、加害者の遺族を今も許していないの?」
畑中さんは、小さく首を横に振った。
「ううん、成田君、その反対なの。近藤さんはね……加害者の遺族は、今も辛い思いをしているんじゃないかって、心配していたのよ」
大家さんはまた鼻をグズグズさせながら、
「そう、事故の時ね、病院で加害者の両親と妹らしき子が真っ青な顔で立ちすくんでいて、妹が震えながら『ごめんなさい』ってうわごとのように繰り返していて、それが今でも近藤さんの夢に出るんですって。優名ちゃんと同い年くらいの女の子だったって、近藤さん言っていたわ。加害者の運転手も飲酒や脇見運転から事故を起こした訳ではなかったらしいし」
俺は3人に、小泉山紗弥さんの話をした。
食堂の閉店時間は過ぎていた。