第10話 作業療法士の小泉山さん
文字数 1,261文字
バイト代でペラペラの格安スーツを買い、緊張して米澤ショールームへ赴いた。
ショールーム? なんの商品知識も無いのに、一体なにをすればいいのか。
雲間境温泉リハビリセンターの近くに、そのショールームはあった。シンプルで光が入る開放的な店舗で、センスのいい観葉植物が窓に並んである。
道路を挟んだ向かいには、足湯の看板。どこかの大学生サークルの男女が並んで浸かり、賑やかにしていた。
俺の仕事は雑用だったが、年配のお得意さんやマダムからよく話しかけられた。
俺は面白い話はできないタイプだから、いつも聞き役に徹している。
年配の方の相手は種原病院のバイトで慣れているのだ。俺は百川が東京に行ってから、事務局長さんに頼まれて短時間だがバイトをしている。
2日目、米澤さんと広樹君がやって来た。これから広樹君とリハビリセンターに行くそうだ。
予想外の場所に俺がいたことに広樹君は驚き、そして野良猫を逃がさないような真剣さでジリジリ近づいてくると、俺のシャツの端をギュッと掴んだ。
米澤さんは頭に手を置いて天井を仰ぎ、
「もう、こうなったら離さないわ。ごめん、成田君も一緒に来て」
俺は広樹君に付き添い、初めてリハビリセンターへ足を踏み入れた。
俺が帰ってしまわないよう、広樹君は手を離さない。
工場にインターンシップに行ったときも、俺が帰らないよう俺の荷物を抱えていた。
米澤さんはいつものように汗をかきながら恐縮していたが、俺は広樹君のあまりの可愛らしさに、あの時嬉しくてニコニコしてしまった。結局俺は次の日から、寮に泊めてもらったのだ。
広樹君は文字を書いたりする訓練を、作業療法士さんと行っているという。
毎度のことながら、汗が滝のように流れてきた米澤さんにはロビーで休んでいてもらって、俺は広樹君と一緒にリハビリルームに入った。
高校生みたいな童顔のスタッフが出迎えてくれた。
あ……と思った。
顔は似てはいないけれど、雰囲気が村瀬さんと似ていたから。
微笑んでいるような優しげな細い目元と口元、肌が白い。シュシュで一つにまとめたストレートの黒髪、華奢な肩と細く白い指先。
「こんにちは、広樹君」
作業療法士さんの声は、丁寧で落ち着いていた。そして俺を見ながら、
「今日はお兄さんと一緒なのね」
儚げな微笑みも、村瀬さんにどことなく似ている。
「俺、お兄さんじゃなくて、広樹君の友達の成田宗也といいます」
首から下げた名札の位置を微調整しながら、作業療法士さんは「広樹君のお友達」と楽しそうに呟き、続けて、
「担当の小泉山紗弥です。よろしくお願いします」
窓の外には山々の色鮮やかな新緑。
俺は広樹君の隣に座り、広樹君の手元と小泉山さんの伏し目がちの顔を交互に見ていた。
こういう職場で働いているということは、頭がよくしっかりした人なんだろう。なにより落ち着いていて、優しそう。いや、理由は全部後付け。
田所さんは、村瀬さんとはタイプの違う子を選べと言っていた。そんなことを言われても無理だ。やっぱりこういう子がタイプだ。
俺は小泉山さんに一目惚れしていた。
ショールーム? なんの商品知識も無いのに、一体なにをすればいいのか。
雲間境温泉リハビリセンターの近くに、そのショールームはあった。シンプルで光が入る開放的な店舗で、センスのいい観葉植物が窓に並んである。
道路を挟んだ向かいには、足湯の看板。どこかの大学生サークルの男女が並んで浸かり、賑やかにしていた。
俺の仕事は雑用だったが、年配のお得意さんやマダムからよく話しかけられた。
俺は面白い話はできないタイプだから、いつも聞き役に徹している。
年配の方の相手は種原病院のバイトで慣れているのだ。俺は百川が東京に行ってから、事務局長さんに頼まれて短時間だがバイトをしている。
2日目、米澤さんと広樹君がやって来た。これから広樹君とリハビリセンターに行くそうだ。
予想外の場所に俺がいたことに広樹君は驚き、そして野良猫を逃がさないような真剣さでジリジリ近づいてくると、俺のシャツの端をギュッと掴んだ。
米澤さんは頭に手を置いて天井を仰ぎ、
「もう、こうなったら離さないわ。ごめん、成田君も一緒に来て」
俺は広樹君に付き添い、初めてリハビリセンターへ足を踏み入れた。
俺が帰ってしまわないよう、広樹君は手を離さない。
工場にインターンシップに行ったときも、俺が帰らないよう俺の荷物を抱えていた。
米澤さんはいつものように汗をかきながら恐縮していたが、俺は広樹君のあまりの可愛らしさに、あの時嬉しくてニコニコしてしまった。結局俺は次の日から、寮に泊めてもらったのだ。
広樹君は文字を書いたりする訓練を、作業療法士さんと行っているという。
毎度のことながら、汗が滝のように流れてきた米澤さんにはロビーで休んでいてもらって、俺は広樹君と一緒にリハビリルームに入った。
高校生みたいな童顔のスタッフが出迎えてくれた。
あ……と思った。
顔は似てはいないけれど、雰囲気が村瀬さんと似ていたから。
微笑んでいるような優しげな細い目元と口元、肌が白い。シュシュで一つにまとめたストレートの黒髪、華奢な肩と細く白い指先。
「こんにちは、広樹君」
作業療法士さんの声は、丁寧で落ち着いていた。そして俺を見ながら、
「今日はお兄さんと一緒なのね」
儚げな微笑みも、村瀬さんにどことなく似ている。
「俺、お兄さんじゃなくて、広樹君の友達の成田宗也といいます」
首から下げた名札の位置を微調整しながら、作業療法士さんは「広樹君のお友達」と楽しそうに呟き、続けて、
「担当の小泉山紗弥です。よろしくお願いします」
窓の外には山々の色鮮やかな新緑。
俺は広樹君の隣に座り、広樹君の手元と小泉山さんの伏し目がちの顔を交互に見ていた。
こういう職場で働いているということは、頭がよくしっかりした人なんだろう。なにより落ち着いていて、優しそう。いや、理由は全部後付け。
田所さんは、村瀬さんとはタイプの違う子を選べと言っていた。そんなことを言われても無理だ。やっぱりこういう子がタイプだ。
俺は小泉山さんに一目惚れしていた。