第12話 街ブラロケデート
文字数 2,120文字
インターンシップが終わってからも、土曜日には何度か広樹君の付き添いで雲間境温泉リハビリセンターを訪れた。
小泉山さんに認知してもらうにつれ、俺のダサさが徐々に伝わったようだ。次第にバリアが解かれてきた感触がある。
「俺、街ブラロケに出たラーメン屋に行ってみたい」
「平日なら少しは空いているみたいよ」
「一緒にどうですか」
トントン拍子にラーメン屋に行く約束が決まり、俺にもたまにはいいことが起こるもんだと、逆に怖くなった。
夏休み後半、小泉山さんの休みの日に合わせて三依駅に降り立った。
新品のTシャツを着てきたけど、もう汗臭いんじゃないかと気になりだして落ち着かない。駅の構内に小泉山さんがいて、片手を挙げて微笑んでくれた。
ベージュの麻の爽やかなシャツワンピースを着ていた。相変わらずあどけないナチュラルメイクで、服と同じ色のシュシュをしている。そして白いサンダル。
似合っている、可愛い、なにか褒めなきゃ、チャラく無い感じでなにかセンスのいい一言。
俺は挨拶もせずに途方に暮れて、予想外の言葉を漏らしてしまった。
「すげえ、好み」
「……」
「あっ、ごめんなさい、最初からやり直す。こんにちは、待ちましたか?」
「こんにちは、今来たところです」
そう言って小泉山さんは、微笑んでくれた。
二人で温泉街を少し歩き、ラーメン屋の『ラーメン菜菜』に着いた。上品な鶏塩味が看板メニューらしいので、二人でそれを頼んだ。
ラーメンはすぐに運ばれてきた。
舞い上がって味なんてよくわからない。そしてすぐに食べ終えてしまった。
どうしよう、店内も混んできたので長居はできない。仕方なく店を出た。
粘ったけど店内にいた時間は35分だった。
交わした会話は、「スープが澄んでいて美味しい」「うん美味い、あっさりしている」「俺が誘ったからおごります」「いえ、割り勘で」という不毛さ。こんな会話からはなにも育たない。
店を出た途端、陽射しが照りつけた。知らない土地で俺はこれからどうすればいいのか。米澤さん並みに汗が吹き出してきそうだ。
小泉山さんが、
「暑いね、最近気に入っている喫茶店があるんだけど、入りますか?」
「はい!」助かった。
狭い路地裏のカフェに入った。
アンティークな隠れ家風な作りで、小泉山さんはこういうのが好みなのかと店内を隈無く見渡した。大きな花瓶に色あせた紫陽花がいけてある。
カウンターにインテリそうな小柄なオジサンと、俳優のようなシャープな輪郭の若い男が座っていて俺は思わず小声で、
「すごいイケメンがいる」
小泉山さんは元から細い目をますます細めて見た。
「そう? イケメンって言ったら成田君じゃない? 最近センターで噂だよ」
「俺が? 自分の顔は好みが分かれるし、バカっぽくて嫌いなんだ。……いや、小泉山さんも薄々気がついていると思うけど、実際バカなんですけどね」
「そんなことないでしょ? 米澤さんから聞いたよ。真面目な高専生だって。母子家庭で苦労しているって。なにより人見知りが強い広樹君と友達になれるんだもん、驚いた」
「広樹君は俺のことホントに心配してくれているみたいなんだ。もしかして俺のこと弟的な存在だと思っているのかも」
店員さんがオーダーを取りに来たので慌てておしゃべりをやめ、メニューを見たけどよくわからなくて、結局俺は小泉山さんと同じアイスコーヒーとバナナシフォンケーキを注文した。
それにしても米澤親子には感謝しかない。
「小泉山さんは生まれはどこなの?」
「羽河市」
「兄弟はいるの?」
「……いない」
なぜか当たり障りのない基本情報を聞き出そうとすると、小泉山さんの顔は曇った。
「小泉山さんはすごいな。国家試験受かってあんな大きな病院に就職しているんだから、羨ましいな」
小泉山さんは少しうつむき、微笑みながら首を左右に振った。
「私なんて、そんなたいしたことないのよ」
自己評価の低さも村瀬さんと似ている。
「小泉山さんの誕生日はいつですか?」
「2月。成田君は?」
「俺は9月で19歳。小泉山さんは今は22歳ぐらい? 3歳の差ならほぼ誤差だよね」
「今は4歳差ね」
「4歳も誤差だよ」
「成田君は変わっているって言うか、面白いのね」
「面白いって言われたのは、生まれて初めてだ。あ、このケーキふわふわしている、美味しい」
「美味しいね」
「あの、これからもたまに一緒にご飯、あ、いや、お茶だけでもいいし、いいですか?」
「やっぱり成田君は変わっている」
「ダメかな」
「私なんかでよければ、別にかまわないけど」
別れてから、電車の窓から流れる田んぼをぼんやり眺めた。
俺、村瀬さんに失恋した経験と、大坪さんに鍛えられたお陰で少しは図太くなったような気がする。嫌われてもめげない服部のメンタリティーも参考になっているのかもしれない。
多分小泉山さんは俺のことはなんとも思っていない。これから俺のことを男として好きになってもらえるのだろうか。
村瀬さんは自称陰キャというけれど、小泉山さんよりは明るい場所にいる。村瀬さんは例えるなら、静かな縁側で日向ぼっこをする猫のようなたたずまい。
小泉山さんは……上手く言えないけど、ふとしたはずみに感じる、儚げな本体とは裏腹の足元の影の濃さ。
小泉山さんに認知してもらうにつれ、俺のダサさが徐々に伝わったようだ。次第にバリアが解かれてきた感触がある。
「俺、街ブラロケに出たラーメン屋に行ってみたい」
「平日なら少しは空いているみたいよ」
「一緒にどうですか」
トントン拍子にラーメン屋に行く約束が決まり、俺にもたまにはいいことが起こるもんだと、逆に怖くなった。
夏休み後半、小泉山さんの休みの日に合わせて三依駅に降り立った。
新品のTシャツを着てきたけど、もう汗臭いんじゃないかと気になりだして落ち着かない。駅の構内に小泉山さんがいて、片手を挙げて微笑んでくれた。
ベージュの麻の爽やかなシャツワンピースを着ていた。相変わらずあどけないナチュラルメイクで、服と同じ色のシュシュをしている。そして白いサンダル。
似合っている、可愛い、なにか褒めなきゃ、チャラく無い感じでなにかセンスのいい一言。
俺は挨拶もせずに途方に暮れて、予想外の言葉を漏らしてしまった。
「すげえ、好み」
「……」
「あっ、ごめんなさい、最初からやり直す。こんにちは、待ちましたか?」
「こんにちは、今来たところです」
そう言って小泉山さんは、微笑んでくれた。
二人で温泉街を少し歩き、ラーメン屋の『ラーメン菜菜』に着いた。上品な鶏塩味が看板メニューらしいので、二人でそれを頼んだ。
ラーメンはすぐに運ばれてきた。
舞い上がって味なんてよくわからない。そしてすぐに食べ終えてしまった。
どうしよう、店内も混んできたので長居はできない。仕方なく店を出た。
粘ったけど店内にいた時間は35分だった。
交わした会話は、「スープが澄んでいて美味しい」「うん美味い、あっさりしている」「俺が誘ったからおごります」「いえ、割り勘で」という不毛さ。こんな会話からはなにも育たない。
店を出た途端、陽射しが照りつけた。知らない土地で俺はこれからどうすればいいのか。米澤さん並みに汗が吹き出してきそうだ。
小泉山さんが、
「暑いね、最近気に入っている喫茶店があるんだけど、入りますか?」
「はい!」助かった。
狭い路地裏のカフェに入った。
アンティークな隠れ家風な作りで、小泉山さんはこういうのが好みなのかと店内を隈無く見渡した。大きな花瓶に色あせた紫陽花がいけてある。
カウンターにインテリそうな小柄なオジサンと、俳優のようなシャープな輪郭の若い男が座っていて俺は思わず小声で、
「すごいイケメンがいる」
小泉山さんは元から細い目をますます細めて見た。
「そう? イケメンって言ったら成田君じゃない? 最近センターで噂だよ」
「俺が? 自分の顔は好みが分かれるし、バカっぽくて嫌いなんだ。……いや、小泉山さんも薄々気がついていると思うけど、実際バカなんですけどね」
「そんなことないでしょ? 米澤さんから聞いたよ。真面目な高専生だって。母子家庭で苦労しているって。なにより人見知りが強い広樹君と友達になれるんだもん、驚いた」
「広樹君は俺のことホントに心配してくれているみたいなんだ。もしかして俺のこと弟的な存在だと思っているのかも」
店員さんがオーダーを取りに来たので慌てておしゃべりをやめ、メニューを見たけどよくわからなくて、結局俺は小泉山さんと同じアイスコーヒーとバナナシフォンケーキを注文した。
それにしても米澤親子には感謝しかない。
「小泉山さんは生まれはどこなの?」
「羽河市」
「兄弟はいるの?」
「……いない」
なぜか当たり障りのない基本情報を聞き出そうとすると、小泉山さんの顔は曇った。
「小泉山さんはすごいな。国家試験受かってあんな大きな病院に就職しているんだから、羨ましいな」
小泉山さんは少しうつむき、微笑みながら首を左右に振った。
「私なんて、そんなたいしたことないのよ」
自己評価の低さも村瀬さんと似ている。
「小泉山さんの誕生日はいつですか?」
「2月。成田君は?」
「俺は9月で19歳。小泉山さんは今は22歳ぐらい? 3歳の差ならほぼ誤差だよね」
「今は4歳差ね」
「4歳も誤差だよ」
「成田君は変わっているって言うか、面白いのね」
「面白いって言われたのは、生まれて初めてだ。あ、このケーキふわふわしている、美味しい」
「美味しいね」
「あの、これからもたまに一緒にご飯、あ、いや、お茶だけでもいいし、いいですか?」
「やっぱり成田君は変わっている」
「ダメかな」
「私なんかでよければ、別にかまわないけど」
別れてから、電車の窓から流れる田んぼをぼんやり眺めた。
俺、村瀬さんに失恋した経験と、大坪さんに鍛えられたお陰で少しは図太くなったような気がする。嫌われてもめげない服部のメンタリティーも参考になっているのかもしれない。
多分小泉山さんは俺のことはなんとも思っていない。これから俺のことを男として好きになってもらえるのだろうか。
村瀬さんは自称陰キャというけれど、小泉山さんよりは明るい場所にいる。村瀬さんは例えるなら、静かな縁側で日向ぼっこをする猫のようなたたずまい。
小泉山さんは……上手く言えないけど、ふとしたはずみに感じる、儚げな本体とは裏腹の足元の影の濃さ。