第18話 アフターストーリー②
文字数 1,844文字
「あら、成田君、彼女?」
大家さんの一言に、一緒にいた本郷は動揺していた。
「はい。本郷さんです」
本郷は慌てて頭を90度下げた。
「いかにもしっかりとして知的で涼やか、成田君好みの女の子ね。」
「わかります?」
「だって成田君、研究職の近藤さんのこと、カッコいいって言っていたじゃない」
「さすが大家さん」
「成田君のことは中学生のときから見ているもの。……お客様、ご注文は秋の炊き込み弁当とデザートでよろしかったですか?」
「はい。天気がいいから、外のベンチで食べようと思って」
「いってらっしゃい」
外に出て本郷の顔を見ると、耳たぶまで真っ赤になっていた。
「キノコと栗の炊き込みご飯だ。本郷、好き?」
「うん、好き。鮭の西京焼きも、このおしゃれなキンピラもカブの漬け物も全部好き。いただきます!」
本郷は緊張しているのかな、あんまり俺の顔を見ない。
今まで俺の顔をガン見して、「動かないで!」とデッサンしていた癖に。
小川のせせらぎと鳥のさえずりはいつも通り。紙コップに入れてきたほうじ茶も美味しい。
「ごちそうさま、美味しかった。割り勘にするよ?」
「初めてのデートだから俺におごらせて。今日は珍しくデザートもあるんだ。畑中さんのスイーツは貴重でいつもあるわけじゃなくてさ……」
「あ、焼きリンゴ! シナモンのいい香り」
「シナモンと言えばさ、アニメ見ていた? マジ・カン」
「私はナツメグ派だよ! ……いつかはバレそうだから先に言うけどさ、お兄ちゃんはサフラン先生の二次創作でちょっとした有名人なんだ。いまだにマジ・カンロスで喪に服している」
本郷は目をつぶって合掌した。
「俺はあんまり見ていなかったけど、すごい人気だよね。さっきの食堂に、ナツメグとサフラン先生と、あと熊? 似ている人来るよ」
「グリズリー君!? 全員見てみたい!」
「……あ、ほら、噂をすれば」
村瀬さんと百川がエコバッグを下げて歩いてきた。
スーパーヤオシンの買い物帰りみたいだ。相変わらず百川は、パジャマみたいな濃いグレイのジャージ上下。熊に寄せている。
「本当だ、お兄ちゃんが描くマンガそっくり! すごくお似合い」
本郷は小声で俺に耳打ちした。
まあ……お似合いの二人だ。
通りすがりに村瀬さんは俺たち二人に「こんにちは」と軽く会釈した。
百川は、
「彼女? オマエにしてはレベル高いじゃん」
と軽口を叩いたので、俺は笑いながら「うるせえ、熊」と返した。
本郷は黙っていれば、黒髪ストレートの奥ゆかしい美人なのだ。
ただし、ニヤけながらエロ本を読んだり、俺をオタク全開で描写する姿をクラスメートに晒しているため、モテからだいぶ遠ざかっている。
俺と百川が友達のように乱暴な物言いをしているのを目の当たりにした村瀬さんが、びっくりしていた。
「そろそろ日が陰ってきたね、帰ろうか」
「あれ? ……」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。見間違い。二足歩行のタヌキが一瞬、横切った気がして。私、緊張し過ぎているのかな」
「本郷さすがだな。それ、いるらしいよ。俺は鈍感で見えないけど」
まだ新型ウイルスが大流行する前、夏休みに道の駅で恒例ラップバトルが開催された。俺はたんぽぽ食堂出身のよしみで、オオツボ模型の常連を引き連れ、岬の応援に行ったのだ。
岬とぎんなん君一騎打ちだったが、熱量がやや上回った岬の優勝となった。
「ポエトリーだなぁ、響く」
小関さんがしみじみ呟いた。
これはそのときの岬のウイニングラップ。
種原山はいつも逢魔が時
死者と生者とモノノケと
天国地獄はごちゃ混ぜで
歩き方にもコツがある
裏と表が逆転するから
俺のマイメン 気をつけて
出会いはプレゼント
試練もプレゼント
玉手箱をどうぞ
捨てる神と拾う神
受けた恩は心に刻んで
いつかは誰かに返したい
こんな俺でも返せるのかな
神様お願い いつかは俺に
誰かに恩返しをさせてください
俺は驚いた。いかにも不良っぽい岬がこんなことを考えていたなんて。
しかも田所さんの俺へのメッセージを聞いていたとは。
最後のフレーズなんか、まるで魂を振り絞るようだった。
会場はしばらくシーンとした。そしてパラパラ拍手がおこると、次第に大きな拍手に包まれた。
一緒に来ていた葉月ちゃんのお母さんは、ハンカチで目頭を押さえて震えていた。
それに気がついた高山さんと小関さん、そして天宮さんもつられて涙ぐみ、無言になった。
あれから種原山に日が傾くと、俺は岬のラップを思い出す。
俺はそのとき撮影した岬の動画を、ベンチで肩を寄せ、本郷に見せた。
《 完 》
大家さんの一言に、一緒にいた本郷は動揺していた。
「はい。本郷さんです」
本郷は慌てて頭を90度下げた。
「いかにもしっかりとして知的で涼やか、成田君好みの女の子ね。」
「わかります?」
「だって成田君、研究職の近藤さんのこと、カッコいいって言っていたじゃない」
「さすが大家さん」
「成田君のことは中学生のときから見ているもの。……お客様、ご注文は秋の炊き込み弁当とデザートでよろしかったですか?」
「はい。天気がいいから、外のベンチで食べようと思って」
「いってらっしゃい」
外に出て本郷の顔を見ると、耳たぶまで真っ赤になっていた。
「キノコと栗の炊き込みご飯だ。本郷、好き?」
「うん、好き。鮭の西京焼きも、このおしゃれなキンピラもカブの漬け物も全部好き。いただきます!」
本郷は緊張しているのかな、あんまり俺の顔を見ない。
今まで俺の顔をガン見して、「動かないで!」とデッサンしていた癖に。
小川のせせらぎと鳥のさえずりはいつも通り。紙コップに入れてきたほうじ茶も美味しい。
「ごちそうさま、美味しかった。割り勘にするよ?」
「初めてのデートだから俺におごらせて。今日は珍しくデザートもあるんだ。畑中さんのスイーツは貴重でいつもあるわけじゃなくてさ……」
「あ、焼きリンゴ! シナモンのいい香り」
「シナモンと言えばさ、アニメ見ていた? マジ・カン」
「私はナツメグ派だよ! ……いつかはバレそうだから先に言うけどさ、お兄ちゃんはサフラン先生の二次創作でちょっとした有名人なんだ。いまだにマジ・カンロスで喪に服している」
本郷は目をつぶって合掌した。
「俺はあんまり見ていなかったけど、すごい人気だよね。さっきの食堂に、ナツメグとサフラン先生と、あと熊? 似ている人来るよ」
「グリズリー君!? 全員見てみたい!」
「……あ、ほら、噂をすれば」
村瀬さんと百川がエコバッグを下げて歩いてきた。
スーパーヤオシンの買い物帰りみたいだ。相変わらず百川は、パジャマみたいな濃いグレイのジャージ上下。熊に寄せている。
「本当だ、お兄ちゃんが描くマンガそっくり! すごくお似合い」
本郷は小声で俺に耳打ちした。
まあ……お似合いの二人だ。
通りすがりに村瀬さんは俺たち二人に「こんにちは」と軽く会釈した。
百川は、
「彼女? オマエにしてはレベル高いじゃん」
と軽口を叩いたので、俺は笑いながら「うるせえ、熊」と返した。
本郷は黙っていれば、黒髪ストレートの奥ゆかしい美人なのだ。
ただし、ニヤけながらエロ本を読んだり、俺をオタク全開で描写する姿をクラスメートに晒しているため、モテからだいぶ遠ざかっている。
俺と百川が友達のように乱暴な物言いをしているのを目の当たりにした村瀬さんが、びっくりしていた。
「そろそろ日が陰ってきたね、帰ろうか」
「あれ? ……」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。見間違い。二足歩行のタヌキが一瞬、横切った気がして。私、緊張し過ぎているのかな」
「本郷さすがだな。それ、いるらしいよ。俺は鈍感で見えないけど」
まだ新型ウイルスが大流行する前、夏休みに道の駅で恒例ラップバトルが開催された。俺はたんぽぽ食堂出身のよしみで、オオツボ模型の常連を引き連れ、岬の応援に行ったのだ。
岬とぎんなん君一騎打ちだったが、熱量がやや上回った岬の優勝となった。
「ポエトリーだなぁ、響く」
小関さんがしみじみ呟いた。
これはそのときの岬のウイニングラップ。
種原山はいつも逢魔が時
死者と生者とモノノケと
天国地獄はごちゃ混ぜで
歩き方にもコツがある
裏と表が逆転するから
俺のマイメン 気をつけて
出会いはプレゼント
試練もプレゼント
玉手箱をどうぞ
捨てる神と拾う神
受けた恩は心に刻んで
いつかは誰かに返したい
こんな俺でも返せるのかな
神様お願い いつかは俺に
誰かに恩返しをさせてください
俺は驚いた。いかにも不良っぽい岬がこんなことを考えていたなんて。
しかも田所さんの俺へのメッセージを聞いていたとは。
最後のフレーズなんか、まるで魂を振り絞るようだった。
会場はしばらくシーンとした。そしてパラパラ拍手がおこると、次第に大きな拍手に包まれた。
一緒に来ていた葉月ちゃんのお母さんは、ハンカチで目頭を押さえて震えていた。
それに気がついた高山さんと小関さん、そして天宮さんもつられて涙ぐみ、無言になった。
あれから種原山に日が傾くと、俺は岬のラップを思い出す。
俺はそのとき撮影した岬の動画を、ベンチで肩を寄せ、本郷に見せた。
《 完 》