第16話 アブナイ恩人

文字数 1,990文字

 「マンガ同好会の展示、見に来て」
 初めてのT高校学校祭。直前にK子から誘われた。
 マンガ同好会なんて、いつの間に入ってたんだろう。行く行く、絶対行くよ、と弟を連れて出かけた。私とて、かつては漫画少女。「ポーの一族」のエドガーに胸をときめかせたのは小学生の頃だった。
 高等部は広い。不自然な建て増しのため玄関が複数あって分かりにくい。案内してもらうためK子と待ちあわせた。
 校門の前に立つと、焼き鳥やカキ氷の屋台が立ち並ぶ前庭の向こうに、美術科合同製作の巨大看板が見えた。校舎に立て掛けられたその絵は、黄金色のクリムトだった。眼を見張る素晴らしさだ。カキ氷が気になってソワソワしている弟の手を引っ張り、私はうっとりとクリムトの接吻に見入った。「さすがだわ…」
 校舎からは音楽科の生徒が演奏しているのか、ピアノとキーボードによるジブリの映画音楽が聞こえていた。この学校に入学して良かった、しみじみと思った。
 
「ママ…」
振り返り、度肝を抜かれた。
 赤毛のマッシュルームカットの美少年が立っていた。誰?
「K子?ウソ、K子だぁ」
ピッタリした青いストライプのパンツスーツが、K子の長身に良く似合っていた。隣には色違いのスーツを着こなすブロンドの美少年。K子をマンガ同好会に誘ったというSちゃんだ。華麗なるコスプレイヤーが唐突に目の前に出現し、小学生の弟は目を白黒させ言葉も出ない。
 「Sちゃんが、持ってたのを貸してくれた」
 この美術科に通うため、単身赴任ならぬ単身入学したSちゃんは、寮に入っていた。田舎で医者をしている親のキャッシュカードでコスプレの衣装を買いイベントに参加したりと、アブナイ自由を満喫しているらしい。専攻は立体で、人形を作っていた。
 マンガ同好会にはK子の作品はまだ無かった。入りたてホヤホヤなのだ。缶バッジを選びK子と別れ、弟にはゆっくりとカキ氷をごちそうした。「ぼく、こんな人達と一緒でどうしよう、て思ったよ」
 衝撃が強すぎた。

 ある日、K子がSちゃんを家に連れて来た。ミシンを使わせて欲しい、とのこと。K子をモデルに等身大の人形を作り、衣装も製作すると言う光栄なお話だ。
 Sちゃんは大人びた子だった。
「こんにちは、お邪魔します。これ、良かったら」手土産持参だ。ソツが無い。私との世間話にも物怖じせずに対応する。こんな子がK子の友達とは、いささか不思議な気もしたが、友達関係というのは大人の感覚では測れないものがある。
 ぴかぴかのグラスにアイスティーを注ぎ、ダリアの形をしたグリーンのコースターに乗せた。お土産のシュークリームを添え部屋に持って行くと、Sちゃんはタタタタタタと軽快な音を立てミシンを操り、K子はベッドの上で漫画を読んでいた。
「…大丈夫だよね?」
 今思うと本当に申し訳ないのだが、妄想癖のある私は、つい昔読んだ怪奇小説が頭に浮かんだ。蝋人形を作るために、美しい女性を誘拐した男は、ついに完璧な人形を作ることに成功した。それは……。
 Sちゃんは手際よくあらかたの部分を縫い上げ、K子が衣装を試着してリビングに現れた。裁縫の苦手な私は、それだけでも感心した。しかし、感心するべき所はそれだけではなかった。Sちゃんのデザインしたミッドナイトブルーのワンピースは、驚くほどK子に良く似合っていた。その姿はまさしく人形、いや精巧なアンドロイドのようだった。ボブカットの黒髪に、すんなりと伸びた手足。ボディにフィットし、腰から下がふんわりと広がる膝丈のワンピースには小さな星型が散りばめられ、宇宙を身にまとうかのようなプログレッシブな可愛らしさだ。Sちゃんのセンスには脱帽した。
「あとは、細かい部分を手縫いで仕上げます。ありがとうございました。」
 いつでも遊びに来てね、と、寮まで車で送った。
 Sちゃんはこの自由な生活を勝ち取るまで、医者の両親との軋轢があったのではないか。作品展で見たSちゃんの作る人形は、どこか寂しげな顔をしていた。中学時代は平穏では無かったかも知れない。
 K子がモデル、という等身大の人形には、高校の作品展ではついにお目にかかることは無かった。
「だからK子は、無事に生きてるってこと?」またまたアブナイ妄想か。
 
 高校を卒業してから何年か後に、Sちゃんの思い出話が出た。するとK子が、そう言えばねぇ…と話し始めた。
「気が付かないかもしれないけど、ウチはこれでもK子のこと護衛してるんだよ」
って言われたこと有るんだ 

それを聞き、合点がいった。
 友達関係には、様々な形がある。Sちゃんは、周りとの関係を築くことに不慣れなK子を守り、支えてくれていたのだ。あの子はウラオモテが有る、あの子は良い子、とクラスメート達を観察し、助言してくれたという。
 Sちゃんのお陰でK子は笑顔を取り戻し、友達を作ることも出来た。私にしてみれば、彼女には感謝しかない。
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