第13話 JKの試練

文字数 1,997文字

 同じ轍を踏む。
 そんなことにならなければ良いが。
 私はK子の中学校入学直後のことを思い出していた。最初の行事、炊事遠足では、大鍋を抱えて長い道のりを往復し、結局誰とも仲良くなれなかった。今回はいきなりの一泊旅行だ。
 高校入学後初の行事、宿泊研修。
 それは、透明度の高い湖水で知られる湖に面した温泉付きのホテルで行われる。K子は、買ってもらったスマホを護符のように握りしめ、出発して行った。
「大丈夫よ。困ったことがあったら、電話していいからね」
 T高校は制服の可愛さでも評判だった。タータンチェックのスカートはラズベリーレッドだ。その後ろ姿を見送りながら、リボンタイを無くさないだろうか、ハイソックスはちゃんと二足まとめて置けるだろうか、なんてことも気にしていた。K子はもう、花のJKだというのに。
 
 夜、着信音が鳴った。
「K子?どうしたの、いま何してるの?」
何を言っているのか、よく聞こえなかった。
「ご飯はすんだの?大丈夫?」
蚊の鳴くような声で、ご飯はすんだ、との答えがあったが、その後がまるで聞こえない。後ろの方からガヤガヤと騒がしい音がきこえていた。
「K子ちゃん、周りがうるさくて聞こえないよぉ」
すると、絞り出すような震える声がした。
「帰りたい…うちに、帰りたい…」
 喧騒は続いていた。その喧騒の中、K子が息をひそめ、一人ぼっちで不安におののいている様子が分かった。まだ誰とも打ち解けていない美術科のクラス。ホテルは街を抜け峠を超えて小一時間、深い森に囲まれた湖畔の宿だ。家族と離れ、異邦人のようなクラスメートと遠くまで来てしまった。そんな孤独感が夜の空気と共に重くのし掛かり、心細くなったのだろう。
「K子ちゃん、大丈夫よ。そこ、お部屋なの?みんな一緒なのね」
「……」
食事の後、順番にお風呂に入り、皆が部屋でお喋りしているらしい。K子はその輪に入れずに、誰かと話すふりをしてスマホを握りしめ、部屋の隅に固まっているのだ。暫くの間、一緒にスマホで繋がっていてあげようと思った。ホテルのご飯の話題などを振ったが、K子に元気はなく、沈黙が続いた。
「ね、せっかくの宿泊研修なんだし、思い切ってそっちに入って見てごらん」
「むり…」
「そんなこと、ないって」
「……」
このままずっと、こうしている訳にもいかない。また中学と同じトンネルに逆戻りするのは嫌だ。心を鬼にして電話を切ることにした。
「K子ちゃん、そろそろ切るよ」
「ママ、切らないで」
「絶対、絶対大丈夫よ。もう切るね。頑張るのよ」
 後味は悪かった。

 小学生の時も修学旅行の前はずっと不安げで「ママもこっそり着いてきて」とまで言っていた。それが、ケロッとして楽しそうに帰ってきた。
 中学の修学旅行の頃は仲良しの友達が出来ていて、何とかなった。鬱状態からも立ち直っていたし、好きな男の子がクラスにいたお陰で頑張れたのかも…。
 さて今回。心配してもなる様にしかならない。また電話が来るのではないかと気になったが、着信音が鳴ることはなかった。あれから、どうしただろう。
 そんなことを考え、一晩中まんじりともしなかった。

 翌日、K子はケロッとして帰ってきた。
「あのあと、誰かが、こっち来て一緒に喋ろうって言ってくれた」
「良かったね、それで、ずっと喋ってたの?」
「うん、そうだよ」
私は、ふぅっとため息をついた。
 なる様になった、感謝します。優しいクラスメートが居て良かった。

 それにしても、この母親依存は、いつまで続くのだろう。15歳とは思えない幼さだ。比較しても詮無いことだが、私はつい自分の高校時代を思い出した。
 高一の宿泊研修は楽しかった。公立の志望校に合格し、皆に受験に勝ち残ったという高揚感が有り、仲間意識もあった。私服高だと言うのに、学校指定の緑のジャージで山間の古い宿泊施設に泊まった。カエルのような集団。K子の高校とは雲泥の差だ。それでも、夕食のカレーは美味しかったし、夜のクラス対抗お楽しみ会も盛り上がった。多分、家のことなんて、これっぽっちも思い出さなかった。
 
 K子には、K子なりの成長がある。受け入れて、見守っていこう。ただ、高校の勉強にはもう関わりたくない。塾も家庭教師も無し。これからはK子一人の力で頑張って貰う。
 そう伝えると「うん、当然でしょ」と、生意気な答えが返ってきた。いい傾向だ。
 
 宿泊研修の次は初の高文連。いよいよ本格的な作品を制作するのだ。
 T高校の美術教諭は芸大や武蔵美卒の現役アーティストだ。絵について口出しすることなど何もないが、どのくらいの大きさなのかちょっときいてみた。
「F40。」とK子。
そんな答えではまるで分からない。K子本人も正確な数字は認識していないらしい。
「とにかく、絵の具代がかかります」
保護者説明会で先生に聞かされた脅し文句がよみがえり、私は身震いした。
 だが、実際はそれ以前の問題だった。
 
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