第4話 新しいクラス

文字数 1,749文字

 中学校に入り、初めての2者懇談が行われた。懇談では、担任から見た生徒の学校での様子が保護者に伝えられ、今後の行事予定や指導方針を確認する。どんな先生なのか、やはり気になる。
「K子ちゃんは休み時間、Cちゃんと一緒に絵を描いたりしています」
 先生は、背が高く、パンツスーツの似合う髪の長い女性だ。話してみると穏やかで感じが良い。ひとまず安心した。
 Cちゃんとは「とても仲が良いんですよ」と先生は言ったが、そっちの方はあまり安心出来なかった。
 その子は小学校のクラスメイトで、小柄で可愛い。どちらかといえば大人しい子だ。全く接点が無かった訳ではないが、それほど親しい仲でもない。多分、知った顔の少ない新しいクラスの中、独りになるのが嫌でK子にくっついているのだろう。
 案の定、いつの間にか疎遠になっていった。
 
 先生は何かとK子のことを気にかけてくれた。クラスの親睦を兼ねた炊事遠足では、K子の班のメンバーを出身小学校の女子で固めた。だがそれは、残念ながら裏目に出た。気心の知れた女の子達は、K子そっちのけで大いに盛り上がり、楽しみにしていた調理も
「なんもやらせてくれなかった」
 私の問いかけに、K子は不満げにそう答えた。なんだかその光景が、目に浮かぶようだ。
 言いたいこともあるだろうが、友達の悪口は言わない子だった。意地悪をされた訳ではなく、ただただK子が、そのテンションについて行けないのだろう。
 結局K子は、大きな鍋を持参する係を押し付けられ、新しい友達との親睦もなく、長い道のりをただ鍋を抱えて往復したようなものだった。

 先生には、中学生になってどこか浮ている生徒達の中で、K子だけが暗く沈み込んで見えたのかも知れない。女性特有の洞察と優しさが感じられたが、勿論いじめを危惧してのことだろう。
 だが、他の先生たちは、K子のことなど全く眼中になかった。
 中学では体育と音楽の授業の時、二人組になって練習することが多い。一年生の体育はバドミントン、音楽はアルトリコーダーの二重奏が授業の中心だ。それが、K子には新たな苦しみの種になった。
 「適当に組んで」と先生は言う。生徒たちはワッと友達に走り寄り、次々と即席コンビが出来上がる。あちこちで始まる自主練習。そんなときK子は、必ず一人取り残されてしまうのだった。
 何故、隣の人と、とか背の順、とかにしてくれないのだろう。無神経な教師の仕打ちを苦々しく思ったが、そんなことを学校に訴え出るのも憚られる。ASDの特徴であるコミニュケーション能力の欠如が、ここに来て最大限に悪い方へと発揮されていた。
 特にバドミントンでは、友達と言える子でさえ球技のド下手なK子とは組みたがらなかった。たまに珍しくパートナーが見つかってホッとしたのも束の間、ろくに打ち返すことも出来ないK子に嫌気が差したのか、相手の子はため息をついてシャトルを拾っていたが、そのうちどこかへ行ってしまった、という。
「それで?帰って来なかったの?」
「うん」
 K子はドーナツを囓りながら、体育の授業での出来事を話した。嫌なことがあると必ず報告する。
 私はフォローの言葉に困った。その子の気持ちも分かる。クラスの人数が奇数なのも良くない。にしても、授業と言うからには余っている生徒やド下手な生徒に対して、先生が相手をするとか、指導するとか、何かしてくれても良いのではないか。ただの手抜きではないか。それとも、そんな温情は中学校という荒野には存在しないのか。
 私は、生徒たちの歓声とシャトルが飛び交う騒然とした体育館の中、ラケットを持ったまま一人立ちすくむK子を思った。

 学年末には球技大会がある。全員参加の行事なので、球技が出来ないと悲惨だ。予め取っつきやすい卓球を経験させておいたのだが、リサーチが足りなかった。
「こんなことなら、バドミントンもバレーボールも、特訓しておけば良かった」
 私は、唇を噛んだ。
 そういう私自身、悲しいことに卓球以外はサーブもまともに打てなかった。

 K子は学校に行けない日が増えた。
 夜、眠れない、と訴えた。眠ると怖い夢を見るというのだ。小さな頃から習っていたピアノも辞めてしまった。もはやピアノの練習どころでは無い。
 夏休みに出た発表会が、最後の思い出になった。
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