第10話 不思議ちゃん

文字数 1,782文字

 K子のクラスに、M君と言うカッコイイ男の子がいた。とにかく目立つ。背がスラリと高く、整った目鼻立ち。爽やかなツーブロック。制服を着てもどこかアンバランスなこの年頃の男の子の中にあって、文句なしの完成度を誇るアイドル系男子と言えた。
 母親達の注目度も半端無かった。「野球チームに入っている」「喧嘩が強い」「お母さんも凄い美人」等々、情報ツウのママ友が、色々と教えてくれるのだった。
 そのM君に
「不思議ちゃんて言われた」と、K子が報告した。
「M君に?」
悪い気はしない。不思議ちゃんと言えば、天然系の可愛いタレントの総称で、綾瀬はるかなんかも不思議ちゃんの代表格だ。
「悪い意味じゃないよ、大丈夫。へえー、あのM君が言ったの」
 K子は戸惑っていた。何か、からかわれている、良くない事が起きるのでは、と不安げだ。不思議ちゃんの意味を説明し、まだ納得がいかないようなK子を尻目にこっそりとほくそ笑んだ。「もしかして、ラブ?」
 K子は色白で端正な顔立ちをしていた。K子のことを「綾瀬はるかに似てる」とまで言うママ友もいたが、それは流石に言い過ぎだ。でもなんだか、楽しくなりそうじゃない、と私は浮足立った。

 M君の不思議ちゃん発言は、思いもよらない方向に転じた。多分、「M君」が言ったのが良くなかった。
「おまえなんか不思議ちゃんじゃなくて、無気味ちゃんだ」
と言い出した女子生徒がいたのだ。

 話を聞き、私はあまりのことに愕然となった。巷では、体型や外見のマイナスイメージを売りにブレイクする芸人もいるが、K子は傷つきやすい14歳の女の子だ。そんな言葉でからかわれ、背筋が寒くなる思いに違いない。しかもその言葉は、同じ14歳の女子から吐き出されているのだ。
 その生徒は、自分のネーミングのセンスに満足し、事あるごとにK子のことを「おい、ブキミ〜」と呼んでからかうのだった。今のK子は自信の無さからか少しうつむき加減で、長い髪が可愛い顔を隠してしまっている。そんな所につけ込み、意味もなく毒を撒き散らす害虫のような輩が、世の中には放置されていた。
 私は学級写真でその女子生徒の顔を確認した。K子の指差した集合写真の中の小さい顔は、しっかりと私の目に焼き付いた。歪んだ口元と焦点のぼやけた目。品性の無さが滲み出ているが、髪型には気を使っているのか、ふんわりと可愛げに仕上げていた。見覚えがあった。PTAの集まりの帰りに見かけた、スカートの異常に短い女子生徒だ。学校で禁止されている自転車をトンカツ屋の横に停め、その短いスカートで乗って帰っていた。どこまでもふてぶてしい。

 全く、やっと、学校に通えるようになってきた所だと言うのに、どうしてこんな目に会うのだろう。やるせない思いだ。
 K子は抗うつ薬も睡眠剤も使わず、絵に対する思いだけで立ち直ろうとしていた。アートスクールでの鉛筆デッサンにも、ちょっとは慣れた。まだ陰影は足りないが、幽霊よりは存在感が出てきたようだ。
 課題は相変わらず「紙切れ」だの「紐」だのと言ったストイックなモチーフばかりで、つくづく好きでなければやって行けない世界だ。張り詰めた空気の中での製作は疲れるだろう。それでも「うちは結構、こういう空気好き」と、休むことなく通っていた。
 2年生になってからは友達も出来た。K子は友達が出来ると直ぐ家に連れてくる。
 その子は「わぁー、ピアノが有る」と喜んで、下手なピアノをずっと弾いていた。音楽好きは結構だが、自己流のガサツな演奏というのは聴くに耐えない。「煩いなあ…」我が子の弾くピアノを煩いと思ったことは一度も無かった。細い指から紡ぎだされるK子のピアノは、表情には乏しいが、幼い頃から訓練された10本の指が均等に動き、旋律はなめらかに響く。ペダリングにも濁りはない。それに比べて、何とも耳障りなこの少女の演奏。他所の家、しかも音大卒の私の前で、どうゆう神経?と思ったが我慢した。やっと出来た友達なのだ。

 そんなこんなで、綱渡りのような中学校生活を続けているK子を、軽い気持ちで、悪意の言葉で傷つける女子生徒。自分の行いを、恥ずかしいとは思わないのか。いったい、どんな家庭で育ったのだろう。母親からそうやって蔑まれて育ったのだろうか。
 それにしたって、絶対、許せない。

 怒りを抑えられない私は、担任に訴え出ることにした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み