第17話 進路指導の憂鬱

文字数 1,925文字

 高3になり、学校では進路相談が本格化した。
 どん底だった中学の時の夢が、現実になろうとしていた。あと1年、内申点をキープできれば、推薦枠で大学部の美術学科に入学出来るのだ。K子が美大に入るには、学内推薦しか無い、と私は腹を括っていた。
 実技の方は申し分なかった。あの「御伽の部屋」の入選以降、描く絵は全て入賞した。幾重にも丁寧に色を重ねるK子の油彩には、独特のあたたかみが出てきた。
「色がいいね」
 先生に褒められ、専攻を油彩に決定した。褒め言葉を純粋に受けとめ、伸びるタイプなのだ。
 友達のYちゃんの油彩も、いつも一緒に入賞していた。彼女のイラストは、K子の描くイラストと似ていた。時々二人で一枚の紙の上に、妖怪とも妖精ともつかないヘンテコなキャラクターをぎっしりと描き混んで遊んでいた。二人の絵は似ていたが、よく見ると区別がついた。Yちゃんは線が走っていた。描くスピードが速く、天才的なのだ。手塚治虫が好きで、K子は「ブッダ」とかを貸してもらって読んでいた。仲良しの友達と、また大学部で四年間一緒に絵を描いて過ごせる。そんな幸せな未来を夢に見て、K子は俄然勉強にも精を出した。
 楽しい時間は、あっという間に過ぎて行く。いつも悩みの種だった修学旅行も、格別な思い出になった。稲荷大社、奈良公園、記念写真に写ったK子の笑顔は、どれもこれも天真爛漫な明るさで輝いていた。そしてその周りには大好きな友達。これが、K子本来の笑顔だった。
 ここまで来たら、なんとしても大学まで進ませてやりたい。てっきり友達も、このまま私立T大学に進むものと思っていた。

 だが、ギリギリになって、事態は残念な方へ動いた。いつも一緒だった二人の友達は、揃って公立の教育大学に志望校を変更したのだ。私立に比べ、学費が圧倒的に安い。二人ともポートフォリオを作成しAOで受験することになった。
「K子、進路と友情は別よ。私大は学費が高いし、どこの家にも事情があるから」
「……」

 進路相談の懇談が行われた。書道家だと言う年若い女性担任と、立体製作家の男性教諭が立ち会った。先生は二人ともめっぽう優しい。すれ違う時はいつも癒やし系の穏やかな笑顔で挨拶を返して下さり、有難い気持ちになる。笑顔の功徳、とはこのことだろう。
 K子と一緒に立体の先生の個展にも行った。シンプルな形の石のオブジェが数十万の値で売られ、素人の私は腰を抜かしそうになった。「パワーバランス」と言うアートなのだと、K子が教えてくれた。
 懇談の場所はデッサン室。部屋には石膏像が所狭しと並び、普段はこの部屋の主役とも言えるイーゼルと椅子が、隅の方にまとめて押しやられていた。彫りの深いギリシャ人の白い目が見守る中、私とK子は席についた。
 懇談が始まるとK子は出し抜けに、自分も教育大に行きたい、と言い出した。
「ええっ!」私は思わず声をあげた。寝耳に水だ。もともとK子は教師になるような器ではないし、教育大はJRで1時間はかかる僻地にある。時間感覚の鈍いK子に通学はむりだ。
 先生達も明らかに当惑していた。二人は一瞬顔を見合わせ、気まずそうに黙り込んでしまったのだ。
 私は咄嗟に自分の役まわりを理解し、まず通学の不便さを理由に反対の声をあげた。「あなたには絶対ここの大学の方が合ってる」
先生方も安心したようにウンウンと頷く。「勉強だって大変なのよ。今までの様にはいかない。絵なんて描いてる時間無いかも。それでもいいの?このまま大学部に進ませて貰おうよ」
 そうですね、僕もその方がいいと思います、と立体の先生も控えめに言葉を発した。担任の書道家先生は、いつもの落ち着いた声で静かに言った。
「今の成績なら、面接だけで大丈夫です」
 K子は、雨の日のチューリップのようにしょんぼりと、黙ってうな垂れていた。

「オープンキャンパスには行って見たい」
K子はその僻地の大学に、友達と仲良くJRに乗って出かけた。遠足気分で楽しかったようだが、帰ってきてこう言った。
「やっぱり、うちには通えないわ」

 二人の友達は無事に教育大学美術学科に合格した。
 美大に進むなら絶対に芸大かタマ美かムサ美、親にそう約束しT高校の入学を許してもらったというコスプレイヤーのSちゃんは、ムサ美の造形学科に合格した。
 卒業式は、袴姿の担任の先生、YちゃんやSちゃん、みんなと写真を取った。
「ウチ、音信不通になるかも。もしそうなったら、絶対ここに電話して」
 SちゃんはK子の卒業アルバムに携帯電話の番号を書き残して、旅立って行った。
それ以来、本当に音信は途絶えた。
 コスプレでも人形製作でも、好きな道を歩き、幸せになって欲しい。
 こうしてK子の幸せな3年間は幕を閉じた。
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