3-19. 覚悟と決断
文字数 3,131文字
全てが終わった後、俺は闘技場を後にする。警備兵が追ってくるが、俺は空へと飛んで振り切った。
孤児院につくと孤児がワラワラと集まってくる。可愛い奴らだが今日は『また今度ね』と、断りながら奥の院長室へと急ぐ。
ノックをしてドアを開けると、院長が待ちかねたように座っていて、ソファに目をやるとなんとドロシーがいた。一か月ぶりのドロシーはすっかり憔悴 しきって痩 せこけており、悲しそうにうつむいていた。
「待ってたわ、まぁ座って」
「いや、ここにも追手が来ると思うので、長居はできませんよ」
「分かったわ、手短にするから座って」
院長ににこやかに諭され、俺は大きく息をつくとドロシーの横に座った。
「武闘会はどうだったの?」
院長は、俺の向かいに座りながら聞いた。
「問題なく勇者をぶちのめしてきました」
「はっはっは、すごいわね。人族最強をあっさりとぶちのめすって、あなたどんだけ強いのよ」
「人間にはもう負けませんね。でもこの世は強いだけではどうしようもないことの方が多いです」
「うんうん、そうよね。で、これからどうするの?」
「お話した通り、しばらくは山奥に移住します」
院長はうなずくと、優しく静かに言った。
「ドロシーがね……、ついていきたいんだって」
ドロシーが静かに俺の手に手を重ねた。
俺はドキッとする。久しぶりに触れたドロシーの肌は心にしみる柔らかさをもっていた。
しかし、危険に遭わせるわけにはいかない。
「連れていきたいのはやまやまですが……、とても危険です。俺には守り切る自信がありません」
ドロシーがキュッと俺の手を強く握る。
重い沈黙の時間が流れる……。
ヌチ・ギは不気味だし、王国軍だってバカじゃない。逃避行に女の子なんて連れていけない。
ドロシーが小さな声で言った。
「ねぇ、ユータ……。あの時、私のことを『一番大切』って言ってくれたのは……本当……なの?」
「もちろん、本当だよ。でも、大切だからこそ危険には遭 わせられない」
俺はドロシーの手を取り、両手で優しく包む。
「やだ……」
そう言ってドロシーはポトリと涙を落した。
「ドロシー……、分かってくれ。俺についてきたらいつかまたひどい目に遭う。殺されるかもしれないよ」
「構わない……」
「か、構わない? そんなことあるかよ! 本当に、比ゆなんかじゃなく、殺されるんだぞ!」
「殺されたっていいわ! このまま別れる方が私にとっては地獄だわ」
そう言ってドロシーは涙いっぱいの目で俺を見た。
「ドロシー……」
『殺されても構わない』と言われてしまうと、もう俺には返す言葉がなかった。
「ユータのいないこの一か月、地獄だったわ。コーヒーいれても自分しか飲む人がいないの。笑い合う人もいないし、一緒に夢を語る人もいない……。私もう、こんな生活耐えられない!」
そう言ってドロシーがしがみついてきた。
懐かしい温かく柔らかい香りにふわっと包まれる。
「ドロシー……」
俺は小刻みに震えるドロシーの頭を優しくなでた。
「俺だって一緒だったよ。ドロシーがいない生活なんてまるで色を失った世界だったよ」
「ならつれてってよぉぉぉ!! うわぁぁぁん!」
俺は目をつぶり、ドロシーの柔らかな体温をじっと感じていた。
「ユータ……、連れて行ってあげて」
院長が温かいまなざしで俺を見る。
「いや、でも、新居にはベッド一つしかないし、女の子泊められるような環境じゃないですよ」
「結婚すればいいわ」
院長は嬉しそうに言う。
「け、結婚!? 俺まだ16歳ですよ!?」
「商売上手で最強の男はもう子供なんかじゃないわ。それにあなた……、本当は16歳なんかじゃないでしょ?」
院長は俺の転生を感づいているようだ。俺は苦笑いをすると、
「それはドロシーの意見も聞かないと……」
「バカねっ! まず、あなたがどうしたいか言いなさい! 結婚したいの? したくないの?」
いきなり人生の一大決断を迫られる俺……。
俺は目をつぶり、考える。
ドロシーと共に歩む人生、それは俺にとって夢のような人生だ。危険を分かっても『ついて行きたい』と言ってくれるドロシー、正直俺には過ぎた女性だ。そのドロシーの覚悟に俺はどう応えるか……。
俺はドロシーをそっと引き離し、涙で溢れている綺麗なブラウンの瞳を見つめた。
ヒックヒックと小刻みに揺れるドロシー。
愛おしい……。
こんなにも愛おしい人が俺を頼ってくれている。もう悩むことなど無いのだ。レヴィアは『大切なことは心で決めよ』と言っていた。その通りだった。
「俺はドロシーを命がけで守る。必死に守る。でも……、それでも守り切れないことがあるかもしれない……」
俺は丁寧に誠実に言った。
「覚悟はできてる、十分だわ」
ドロシーは固い決意を込めた声で答える。
「分かった」
そう言うと俺は大きく息をつき、ドロシーをまっすぐに見て、
「ドロシー、心から愛しています……。僕には……、あなたしかいません。結婚してください」
と、言った。言いながら自然と涙が湧いてきてしまう。
ドロシーは目にいっぱい涙を浮かべ、俺に飛びついてきた。そして、
「お願い……します」
と、震える声で答えた。
二人とも涙をポロポロとこぼし、お互いをきつく抱きしめた。
院長ももらい涙をハンカチで拭いながら、嬉しそうにうなずいていた。
◇
院長が嬉しそうに大声で言った。
「そうと決まったら結婚式よ! 急いで裏のチャペルへ移動するわよ!」
「えっ!?」「えっ?」
俺もドロシーも驚いて院長を見つめる。
「もうすでに準備は終わってるわ。これを着て!」
そう言って院長はソファーの脇の大きな箱から白い服を出し、
「ジャーン!」
そう言って広げると、なんとそれは純白のウェディングドレスだった。レースにはふんだんに花の刺繍が施され、腰の所が優美にふくらむベルラインの立派なつくりに、俺もドロシーもビックリ。
「ユータは白のタキシードよ、早く着替えて!」
うれしそうに指示する院長。
俺とドロシーは微笑みながら見つめ合い、『院長にはかなわないな』と目で伝えあった。
◇
俺たちは急いで身支度を整える。
「あー、もうこんなに泣きはらしちゃって!」
院長は、少しむくんでしまったドロシーのまぶたを一生懸命化粧で整えていく。
俺はタキシードに着替え、アバドンを呼んだり、カバンにドロシーの身支度を入れたり、準備を進める。
院長はドロシーの銀髪を編み込み、最後に頭の後ろに白いバラをいくつか挿 して留め、うれしそうに言った。
「はい、完成よ!」
ドロシーは嬉しそうに俺を見る。俺はドロシーのあまりの美しさに言葉を失い、ポロリと涙をこぼしてしまう。
それを見たドロシーもウルウルと涙ぐんでしまう。
「新郎が泣いてどうすんのよ! ドロシーも化粧が流れちゃうからダメ! はい! 行くわよ!」
院長はそう言って俺たちを先導し、チャペルへと移動する。
孤児院は組織的には教会の下部組織だ。なので、チャペルも壁をへだてて孤児院の隣にある。
小さな通用門をくぐると花壇の向こうに三角屋根の可愛いチャペルが建っていた。ずっと孤児院で暮らしていたのにチャペルに来たのは初めてである。
俺はドロシーの手を取り、色とりどりの花が咲き乱れる花壇を抜け、入口の大きなガラス戸を開けた。
「うわぁ! すごーい!」
ドロシーが思わず感嘆の声を漏らす。
正面には神話をモチーフとした色鮮やかなステンドグラスが並び、温かい日差しが差し込む室内は神聖な空気に満ちていた。中に入ると、たくさんの生け花からのぼる華やかな花の香りに包まれ、思わず深呼吸してしまう。
俺たちは見つめ合い、人生最高の瞬間がやってきたことを喜びあった。
孤児院につくと孤児がワラワラと集まってくる。可愛い奴らだが今日は『また今度ね』と、断りながら奥の院長室へと急ぐ。
ノックをしてドアを開けると、院長が待ちかねたように座っていて、ソファに目をやるとなんとドロシーがいた。一か月ぶりのドロシーはすっかり
「待ってたわ、まぁ座って」
「いや、ここにも追手が来ると思うので、長居はできませんよ」
「分かったわ、手短にするから座って」
院長ににこやかに諭され、俺は大きく息をつくとドロシーの横に座った。
「武闘会はどうだったの?」
院長は、俺の向かいに座りながら聞いた。
「問題なく勇者をぶちのめしてきました」
「はっはっは、すごいわね。人族最強をあっさりとぶちのめすって、あなたどんだけ強いのよ」
「人間にはもう負けませんね。でもこの世は強いだけではどうしようもないことの方が多いです」
「うんうん、そうよね。で、これからどうするの?」
「お話した通り、しばらくは山奥に移住します」
院長はうなずくと、優しく静かに言った。
「ドロシーがね……、ついていきたいんだって」
ドロシーが静かに俺の手に手を重ねた。
俺はドキッとする。久しぶりに触れたドロシーの肌は心にしみる柔らかさをもっていた。
しかし、危険に遭わせるわけにはいかない。
「連れていきたいのはやまやまですが……、とても危険です。俺には守り切る自信がありません」
ドロシーがキュッと俺の手を強く握る。
重い沈黙の時間が流れる……。
ヌチ・ギは不気味だし、王国軍だってバカじゃない。逃避行に女の子なんて連れていけない。
ドロシーが小さな声で言った。
「ねぇ、ユータ……。あの時、私のことを『一番大切』って言ってくれたのは……本当……なの?」
「もちろん、本当だよ。でも、大切だからこそ危険には
俺はドロシーの手を取り、両手で優しく包む。
「やだ……」
そう言ってドロシーはポトリと涙を落した。
「ドロシー……、分かってくれ。俺についてきたらいつかまたひどい目に遭う。殺されるかもしれないよ」
「構わない……」
「か、構わない? そんなことあるかよ! 本当に、比ゆなんかじゃなく、殺されるんだぞ!」
「殺されたっていいわ! このまま別れる方が私にとっては地獄だわ」
そう言ってドロシーは涙いっぱいの目で俺を見た。
「ドロシー……」
『殺されても構わない』と言われてしまうと、もう俺には返す言葉がなかった。
「ユータのいないこの一か月、地獄だったわ。コーヒーいれても自分しか飲む人がいないの。笑い合う人もいないし、一緒に夢を語る人もいない……。私もう、こんな生活耐えられない!」
そう言ってドロシーがしがみついてきた。
懐かしい温かく柔らかい香りにふわっと包まれる。
「ドロシー……」
俺は小刻みに震えるドロシーの頭を優しくなでた。
「俺だって一緒だったよ。ドロシーがいない生活なんてまるで色を失った世界だったよ」
「ならつれてってよぉぉぉ!! うわぁぁぁん!」
俺は目をつぶり、ドロシーの柔らかな体温をじっと感じていた。
「ユータ……、連れて行ってあげて」
院長が温かいまなざしで俺を見る。
「いや、でも、新居にはベッド一つしかないし、女の子泊められるような環境じゃないですよ」
「結婚すればいいわ」
院長は嬉しそうに言う。
「け、結婚!? 俺まだ16歳ですよ!?」
「商売上手で最強の男はもう子供なんかじゃないわ。それにあなた……、本当は16歳なんかじゃないでしょ?」
院長は俺の転生を感づいているようだ。俺は苦笑いをすると、
「それはドロシーの意見も聞かないと……」
「バカねっ! まず、あなたがどうしたいか言いなさい! 結婚したいの? したくないの?」
いきなり人生の一大決断を迫られる俺……。
俺は目をつぶり、考える。
ドロシーと共に歩む人生、それは俺にとって夢のような人生だ。危険を分かっても『ついて行きたい』と言ってくれるドロシー、正直俺には過ぎた女性だ。そのドロシーの覚悟に俺はどう応えるか……。
俺はドロシーをそっと引き離し、涙で溢れている綺麗なブラウンの瞳を見つめた。
ヒックヒックと小刻みに揺れるドロシー。
愛おしい……。
こんなにも愛おしい人が俺を頼ってくれている。もう悩むことなど無いのだ。レヴィアは『大切なことは心で決めよ』と言っていた。その通りだった。
「俺はドロシーを命がけで守る。必死に守る。でも……、それでも守り切れないことがあるかもしれない……」
俺は丁寧に誠実に言った。
「覚悟はできてる、十分だわ」
ドロシーは固い決意を込めた声で答える。
「分かった」
そう言うと俺は大きく息をつき、ドロシーをまっすぐに見て、
「ドロシー、心から愛しています……。僕には……、あなたしかいません。結婚してください」
と、言った。言いながら自然と涙が湧いてきてしまう。
ドロシーは目にいっぱい涙を浮かべ、俺に飛びついてきた。そして、
「お願い……します」
と、震える声で答えた。
二人とも涙をポロポロとこぼし、お互いをきつく抱きしめた。
院長ももらい涙をハンカチで拭いながら、嬉しそうにうなずいていた。
◇
院長が嬉しそうに大声で言った。
「そうと決まったら結婚式よ! 急いで裏のチャペルへ移動するわよ!」
「えっ!?」「えっ?」
俺もドロシーも驚いて院長を見つめる。
「もうすでに準備は終わってるわ。これを着て!」
そう言って院長はソファーの脇の大きな箱から白い服を出し、
「ジャーン!」
そう言って広げると、なんとそれは純白のウェディングドレスだった。レースにはふんだんに花の刺繍が施され、腰の所が優美にふくらむベルラインの立派なつくりに、俺もドロシーもビックリ。
「ユータは白のタキシードよ、早く着替えて!」
うれしそうに指示する院長。
俺とドロシーは微笑みながら見つめ合い、『院長にはかなわないな』と目で伝えあった。
◇
俺たちは急いで身支度を整える。
「あー、もうこんなに泣きはらしちゃって!」
院長は、少しむくんでしまったドロシーのまぶたを一生懸命化粧で整えていく。
俺はタキシードに着替え、アバドンを呼んだり、カバンにドロシーの身支度を入れたり、準備を進める。
院長はドロシーの銀髪を編み込み、最後に頭の後ろに白いバラをいくつか
「はい、完成よ!」
ドロシーは嬉しそうに俺を見る。俺はドロシーのあまりの美しさに言葉を失い、ポロリと涙をこぼしてしまう。
それを見たドロシーもウルウルと涙ぐんでしまう。
「新郎が泣いてどうすんのよ! ドロシーも化粧が流れちゃうからダメ! はい! 行くわよ!」
院長はそう言って俺たちを先導し、チャペルへと移動する。
孤児院は組織的には教会の下部組織だ。なので、チャペルも壁をへだてて孤児院の隣にある。
小さな通用門をくぐると花壇の向こうに三角屋根の可愛いチャペルが建っていた。ずっと孤児院で暮らしていたのにチャペルに来たのは初めてである。
俺はドロシーの手を取り、色とりどりの花が咲き乱れる花壇を抜け、入口の大きなガラス戸を開けた。
「うわぁ! すごーい!」
ドロシーが思わず感嘆の声を漏らす。
正面には神話をモチーフとした色鮮やかなステンドグラスが並び、温かい日差しが差し込む室内は神聖な空気に満ちていた。中に入ると、たくさんの生け花からのぼる華やかな花の香りに包まれ、思わず深呼吸してしまう。
俺たちは見つめ合い、人生最高の瞬間がやってきたことを喜びあった。