2-2. 攫われた少女

文字数 1,866文字

 それから一週間くらい、何もない平凡な日々が続いた。最初のうちは俺からピッタリと離れなかったドロシーも、だんだん警戒心が緩んでくる。それが勇者の狙いだとも知らずに……。

 チュンチュン!
 陽が昇ったばかりのまだ寒い朝、小鳥のさえずる声が石畳の通りに響く。
「ドロシーさん、お荷物です」
 ドロシーの家のドアが叩かれる。
 朝早く何だろう? とそっとドアを開けるドロシー。
 ニコニコとした、気の良さそうな若い配達屋のお兄さんが立っている。
「『星多き空』さん宛に大きな荷物が来ていてですね、どこに置いたらいいか教えてもらえませんか?」
「え? 私に聞かれても……。どんなものが来てるんですか?」
「何だか大きな箱なんですよ。ちょっと見るだけ見てもらえませんか? 私も困っちゃって……」
 お兄さんは困り果てたようにガックリとうなだれる。
「分かりました、どこにあるんですか?」
 そう言ってドロシーは二階の廊下から下を見ると、(ホロ)馬車が一台止まっている。
「あの馬車の荷台にあります」
 お兄さんはニッコリと指をさす。
 ドロシーは身支度を簡単に整えると、馬車まで降りてきて荷台を見る。
「どれですか?」
「あの奥の箱です。」
 ニッコリと笑うお兄さん。
「ヨイショっと」
 ドロシーは可愛い声を出して荷台によじ登る。
「どの箱ですか?」
 ドロシーがキョロキョロと荷台の中を見回すと、お兄さんは
「はい、声出さないでね」
 嬉しそうに鈍く光る短剣をドロシーの目の前に突き出した。
「ひっひぃぃ……」
 思わず尻もちをつくドロシー。
「その綺麗な顔、ズタズタにされたくなかったら騒ぐなよ」
 そう言って短剣をピタリとドロシーの(ほお)に当て、(いや)らしい笑みを浮かべた……。

        ◇

 俺は夢を見ていた――――

 店の中でドロシーがクルクルと踊っている。フラメンコのように腕を高く掲げ、そこから指先をシュッと引くとクルックルッと回転し、銀髪が煌めきながらファサッ、ファサッと舞う。そして白い細い指先が、緩やかに優雅に弧を描いた。
 美しい……。俺はウットリと見ていた。

 いきなり誰かの声がする。
「旦那様! ドロシーが幌馬車に乗ってどこか行っちゃいましたよ!」
 アバドンだ。いい所なのに……。
「ドロシー? ドロシーなら今ちょうど踊ってるんだよ! 静かにしてて!」
「え? いいんですかい?」
「いいから、静かにしてて!」
 俺はアバドンに怒った。

 ドロシーはさらに舞う。そして、クルックルッと舞いながら俺のそばまでやってきてニコッと笑う。
 ドロシー、綺麗だなぁ……。
 幌馬車になんか乗ってないよ、ここにほら、こんなに美しいドロシーが……。
 すると、ドロシーが徐々に黒ずんでいく……。
 え? ドロシーどうしたの?
 ドロシーは舞い続ける、しかし、美しい白い肌はどす黒く染まっていく。
 俺が驚いていると、全身真っ黒になり……、手を振り上げたポーズで止まってしまった。
「ド、ドロシー……」
 俺が近づこうとした時だった、ドロシーの腕がドロドロと溶けだす。

 え!?

 俺が驚いている間にも溶解は全身にまわり、あっという間に全身が溶け、最後にはバシャッと音がして床に溶け落ちた……。

「ドロシー!!
 俺は叫び、その声で目が覚め、飛び起きた。
 はぁはぁ……冷や汗がにじみ、心臓がドクドクと高鳴って呼吸が乱れている。

「あ、夢か……」
 俺は髪の毛をかきむしり、そして大きくあくびをした。
「そらそうだ、うちの店、踊れるほど広くないもんな……」
 そう言えば……、アバドンが何か言ってたような……。幌馬車? なぜ?
 俺はアバドンを思念波で呼んでみる。
「おーい、アバドン、さっき何か呼んだかな?」
 アバドンは、すぐにちょっとあきれたような声で返事をする。
「あ、旦那様? ドロシーが幌馬車に乗ってどこかへ出かけたんですよ」
「どこへ?」
 アバドンはちょっとすねたように言う。
「知りませんよ。『静かにしてろ』というから放っておきましたよ」
 俺は真っ青になった。ドロシーが幌馬車で出かけるはずなどない。(さら)われたのだ!
「だ、ダメだ! すぐに探して! お願い! どっち行った?」
「だから言いましたのに……。南の方に向かいましたけど、その先はわかりませんよ」
 俺は急いで窓を開け、パジャマのまま空に飛び出した。

「南門上空まで来てくれ!」
 俺はアバドンにそう叫びながらかっ飛ばした。

 まだ朝もや残る涼しい街の上を人目をはばからずに俺は飛んだ。
 油断していた。まさかこんな早朝に襲いに来るとは……。
 夢に翻弄され、アバドンの警告を無視した俺を呪った。
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登場人物紹介

ドロシー

主人公と同じ孤児院で暮らす孤児

可愛く頑張り屋さんなお姉さん

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