第49話 女心と秋の空 ~チーム・彼女~ Aパート

文字数 3,798文字


 家に帰っても当然慶が帰って来てるわけがないから今は家の中に私一人しかいない。週中と言う事もあって誰もいない家の中、私は制服のままリビングの椅子に腰かける。
 弟に手を上げた日以来自分の分しか夕食を作らなくなっているから、あまり凝ったものを作らなくなっていたりする。
 そう考えると例え家族であの弟だとしても、食べてくれる相手がいるって言う事はやっぱりそれはそれで大きい事なんだって改めて感じる。
 食べると言えば今日のお昼の事、前の統括会の時もそうだったけれど優希君の為に雪野さんがお菓子を作ったり、お弁当を作ったりしているのを何回か見ている。
 雪野さんも料理全般が得意なのかもしれない。
 優希君のあの満更でもなさそうな表情に私の心がざわつく。
 それにあの両手に持たれたお弁当箱。
 二つとも可愛らしい包みだったのは遠目から見ても分かった。つまり両方とも女の子から貰ったのかもしれない。

 あの日役員室から昇降口までの短い間に聞いたほんの少ししか聞けなかった優希君の話。
 髪飾りやアクセサリの話も然り、家での優希君の事、妹さんの事も何も教えてもらっていない。
 いや、正確には教えてもらえるだけの信頼がないだけだと思うけれど……それにしても何でも知った気になっているだけで意外と何にも知らない事に私自身驚く。
 その中には当然まだ早い事は理解してるつもりだけれど優希君のご家族の事、優希君に束縛の強い女だと思われるのは嫌だけれど、優希君の周りにいる女の子の事も知らない事に含まれている。
 私は今日買ったお揃いのシャーペンの入った専用ケースをカバンから取り出す。
 このシャーペンを買う事を緊張気味に誘ってくれた優希君。
 私が選んだ時、小さく拳を作った優希君。
 私のやきもちで何故か照れた表情を見せてくれた優希君。
 雪野さんが優希君に何をしようが、優希君の周りに女の子がいようが、その分たくさん嫉妬やヤキモチを妬くのは間違いなけれど、私が優希君の彼女だ。
だからってあぐらをかくわけじゃない。優希君に幻滅されないように、飽きられない様に、また他の女の子に目移りされなくて済むように自分自身を磨く事は忘れない。
 あの昼休みに見た優希君と嬉しそうに歩く雪野さんの表情が忘れられない。
 雪野さんに料理でも絶対に負けたくない!
 だったらばと私がそう決意して少ししてから慶が帰って来る。
 もちろん慶と喋らなくなるどころか顔さえ合わすのも久しぶりな分、私から声を掛けるとは思わなかったのか、
「慶。ご飯は?」
そのままリビングを抜けてまっすぐ自分の部屋に向かう慶に声を掛けると
「……あるなら食べる」
「分かった。今日は作っておくから後で食べて」
食べると言う慶と一緒に食べるのまではちょっと考えられなかったかから、言外に時間差で食べる事を伝える……慶にそこまでの事が分かるかどうかは別だけれど。
「……それと明日以降の夜はどうすんの?」
「作ってくれるんなら食べる」
「分かった」
こうして今日から少し奇妙な姉弟の食生活が始まる。


 久しぶりに慶にも作るって事で、あの子がお風呂に入ってる間におろしを添えた
ハンバーグを中心に夕ご飯を作って置いておく。
そして最近日課になりつつある蒼ちゃんに電話をする。
『何となく今日も愛ちゃんから電話がかかって来るかなって思ってた』
電話での開口一番。
『やっぱり蒼ちゃんだね』
私の事をよくわかってくれてる。
『で、今日はどうだったの?』
……?
『まずはお昼の事を蒼ちゃんにお礼を言いたくて』
そう言って改めて今日のお昼の優希君を見て気持ちが落ち込んでいたのを、蒼ちゃんと放課後に優希君が励ましてくれたおかげで少しは元気が出た事を伝える。
『愛ちゃんが空木君とケンカにならなくて良かったよ』
蒼ちゃんが電話口で胸を撫で下ろしているのが目に浮かぶ。
そして……ケンカ。そう言えば今まで一回も優希君とケンカらしい事をした事が無いし、ケンカをする事なんて想像できない……と言うかしたくない。
『それとあの雪野さんにだけは負けたくないから……練習って意味でも慶の分のご飯を夜だけでも用意しようかと思って』
『愛ちゃん大丈夫なの?』
蒼ちゃんが驚きを含ませた声で聞き返してくれる。
 私と慶の話は朱先輩と蒼ちゃんにしか話をしていない。友達いや、親友では蒼ちゃんにしかこの話は出来ない。
『お弁当を作るとか、慶と二人でご飯食べるとかはちょっと怖いって言うのと、嫌な気持ちになるって言うのはあるけれど、それ以上にお弁当やご飯で雪野さんに負けたくなくて』
当然咲夜さんに私の気持ちをありのままには今は言えなくて、
『やっぱり、蒼依の言う通り愛ちゃんはすっごい乙女だよ! でも慶久君は本当に大丈夫? もし不安だったら蒼依も行くし、お弁当のおかず一緒に交換しても良いよ?』
それでも咲夜さんなりの応援って言うのは確かに伝わるから、私は咲夜さんとも、
もっと仲良くなって行きたい。
『ありがとう蒼ちゃん。何かあったらまた助けてもらうね』
でもやっぱり、私にとっての一番は蒼ちゃんかなって思っちゃう。
『うん。いつでも待ってるよ。それと今日の咲ちゃんとの話はどうだった?』
ああ、初めのどうだったって言うのはこの事だったのか。
私は一人納得しながら蒼ちゃんの言葉に今日の昼休みの事を思い出す。
『うん。ちゃんと話して私が悪かったから、ちゃんと謝ったよ』
『じゃあ咲ちゃんと友達辞めるとかは?』
『そんなの考えてないよ。それに今回は蒼ちゃんを傷つけたわけじゃないんだから』
蒼ちゃんからしてもやっぱり堪えたのはよく分かる。
咲夜さんも本当に落ち込んでたし。
『愛ちゃんはいつも蒼依の事を一番に考えてくれるんだね』 
『だって蒼ちゃんは私にとって一番の親友だから』
私がたった一人悪者になったとしても、それでも、だから、私は自分の気持ちを、蒼ちゃんがしんどい今だからこそ伝え続ける。
『うん。咲ちゃんの事も含めてありがとうね』
しんどい中であったとしても友達の事を想い続ける大切な親友に。


 翌朝、慶が自分の分の食器を洗っていた事にびっくりして、慶の分の朝と自分の分だけのお弁当を用意して学校へ向かう。
 今日はお揃いのペンを机の引き出しにしまって。
 教室に入ると、いつもと違う人の流れと人だかりが出来ていた。
私が一旦席に着くと、昨日の男子生徒が私の目の前で
「ごめん。数学教えて」
ノートを広げて指をさす。
 私はその男子生徒に教えはするけれど、こっちの事を考えてくれない自分ペースの事と、ノートじゃなくて私自身に視線を感じる。
 取り敢えず教えはするけれど、次からはどうしようかと考えていると、教室に入って来た咲夜さんがこっちを見てギョッとする。
私は咲夜さんを横目に、その男子に一通り教えたところで
「別に教えるのはかまわないけれど、集中出来ないなら普段からよく喋る友達とか、同じ男子に教えて――」
「――おはよう愛美さん」
もう質問に対する答えは終わったと判断したのか、咲夜さんが入ってくる。
「おはよう咲夜さん」
だから渡りに船と咲夜さんに挨拶を返すと
「ありがとう。岡本さんの説明分かり易かったよ」
そう言って男子生徒が自分の席へと帰って行く。
「えっと何? どういう状況? それに愛美さんあんまり機嫌良くない?」
「良くないって言うか、あの男子下心持って私に質問して来たの丸分かりだし」
「いや下心って、あの男子愛美さんに気があるって昨日言ったじゃん」
咲夜さんが何当たり前の事を。みたいな言い方をしてくるけれど
「いや気があるって……私昨日ハッキリと断るのを咲夜さんも聞いてたよね?」
こんな場面を優希君に見られて誤解されるなんて話にならない……さすがにそれはないか。
「一回断られたからって、そんな簡単に諦められる?」
どうだろうか。
優希君とは紆余曲折色々あったけれど、ハッキリ断られた事は一回も無い。
「でも度が過ぎるとそれはストーカーに変わるよね」
もちろん失恋は辛い。あの日朱先輩にお呪(まじな)いを教えて貰った日もフラれた訳じゃ無かったけれど、想いが大きかった分だけ初恋だった分だけ本当に辛かった。
 それでも異性以外にも友達だってちゃんといる――考えて行って、思いを伸ばしていって気付く。
本当にみんながそう?
「――さん」
蒼ちゃんみたいに孤立している子、ほんとにいない?
――お前ら受験で、そんな事してる暇ないだろ――
先生の言葉が頭の中にこだますると同時にあの“カナ”って子を思い出す。そう言えば
最近全く見ていない。優珠希ちゃんの事もあの二人は知らないと言う……でもこの事を優希君に聞いも教えてくれないのは確実だ。
「愛美――ば」
だって優希君からはあれからまだ何の話も聞いて――
「愛美さんってばっ!」
「――っ?!」
思考の途中で咲夜さんに呼び戻される。
「愛美さんが色々深く考えてる事は理解した。もっとあたし自身愛美さんの事知りたいし、また詳しく聞かせてもらって良い?」
「もちろんっ! ありがとう咲夜さん」
今すぐ答えが、結果が出なかったとしても、その気持ちはやっぱり嬉しい。
「……あ、えっと……そう。それとあの男子の事あたしからもうまく言っとく」
私のお礼になんでどもって照れくさそうにするのか、咲夜さんの気遣いと言って良いのか。で午前の授業が始まる。

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