お髭(ひげ)のニール (9) 名参謀

文字数 1,270文字

ニールが隠れている茂みに入ったマリアは、また少しドキッとします。何故って、そこにいたのは、またもやコンテルランの顔の描かれた袋をかぶっている、変なニールだったからです。

「ちょっと、ニール。それ何? 新しいジョークかなんか?」

マリアが、好奇心丸出しで話しかけました。

「そんなんじゃないよ。実は、キミの力を借りたいんだ」

紙袋の中から、ニールの切実な訴えが発せられます。

「私の力って?」

マリアが、問い返しました。

「……笑わないで見ておくれよ。ボクにとっては、本当に大変な事なんだからさ」

子供ながらに、恥ずかしかったのでしょう。ニールは十分に予防線を張ってから、おずおずと頭にかぶった紙袋を取りました。

「?」

マリアは最初、そこに何があるのか理解できませんでした。さっきも見たように、ニールの顔はいつものニールなのですが、アゴの下にはクルクルと巻かれた黒いものが左手に握られています。

「ほんと、笑わないでね」

ニールは念を押すと、左手を開きました。途端にニールのお髭はカールを解き、元の長い長いお髭に戻ります。それを見た時の、マリアの顔ったらありませんでした。何十年もあと、すっかりお婆さんになったマリアが、時々思い出してプッと笑いだしてしまうほど、印象深い出来事だったのです。その時、彼女の隣にいたのが誰なのかは、まだここでは秘密です。

「それ、お髭? 何で髭が生えてるの?」

気味悪がる前に、まず”何で”という言葉が出て来るあたり、彼女は筋金入りの好奇心旺盛な娘のようです。そんなマリアの反応に少し安心したのか、ニールは事の成り行きを話し始めるのでした。

「ここじゃ、まずいわ」

話の途中で、マリアがニールを制します。ここは、それなりに家が多い住宅街です。茂みの中とはいえ、すぐそばを何人もの人が通り過ぎて行きました。もし見とがめられれば、全てが水の泡です。

「じゃぁ、隠れ家へ」

ニールが提案するとマリアもすぐに了解し、二人は秘密の隠れ家へと向かいました。子供たちしか知らない、内緒のケモノ道を二十分も歩いたでしょうか。そこは川が蛇行していて、大雨になれば、すぐに水浸しになる地形の場所でした。そのため建物は殆どなく、街の中でポッカリとした空白地帯になっています。

子供たちは、河原になっている所から少し離れた場所にある、朽ちてこじんまりとした石造りの小屋に辿り着きました。昔は、大水の観測に使われていた小屋なのですが、そうとう前から空き家となり、人知れず森の中にうずもれている存在です。そこをニールやマリアたちが偶然見つけ、彼らだけの隠れ家にしていました。

秘密基地の中に入った二人は、お日さまが差し込む、一番広い部屋に入って腰を下ろします。そして、ニールへの事情聴取が再開されました。

「ふーん、どれどれ」

マリアは、ニールから差し出された証拠物件である薬びんを、舐めるように見回します。ニールが良く読めなかった薬の説明文も、フムフムといちいち頷きながら解読していきました。もっとも、大仰(おおぎょう)なジェスチャーで、自分の存在をアピールしていたんですけどね。
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