癒しの剣 (9) みやげ

文字数 882文字

「おぉ、これは素晴らしい!」

侯爵は、思わず声をあげます。彼は立場上、癒しの剣を見たり触ったり出来るので、本物の癒しの剣をとてもよく知っています。また彼であったからこそ、本物を誰にも知られず持ち出して、ホンドレックに見せる事が出来たのでした。

侯爵が今、手に取っている剣は、彼でさえ見分けがつかないくらい精巧な出来栄えです。これなら誰も、偽物とは気づきません。

「よくやった、ホンドレック。これならば、大盗賊ガッテン・ボロッツも騙されるだろう!」

侯爵は惜しみない賛辞を、偏屈な、しかし強固な使命感を持った鍛冶屋に贈りました。ホンドレックは、それこそ涙を流して喜びます。でもこの賛辞は、ホンドレックに対する”冥土の土産”でもあったのです。

侯爵は護衛官に「隠れたる英雄を、城外の森の中まで案内するように」と命じ、ホンドレックには、そこで約束した仕事の代金を払うと言いました。

侯爵としては、秘密を知った者を生かしておくわけには行きません。しかし城内で殺めてしまっては厄介です。そこで森の中まで連れ出して、護衛官に始末をさせようというわけなんですね。

ホンドレックは侯爵に何度も礼を言い、仕事を全うした達成感からか、意気揚々と護衛官の後についていきました。それが死出の旅路になるとも気づかずに。

程なく護衛官は侯爵の部屋へと戻り、事の顛末を報告します。

「奴は最後まで抵抗し、恨み言を吐いていましたが、仰せの通りうち殺して埋めてまいりました」

護衛官は、顔色一つ変えません。

「フン、下賤な身分の者に一時でも夢を見させてやったんだ。感謝されこそすれ、恨まれる筋合いなどないわ」

レリドウ侯爵が吐き捨てます。本当に、嫌な奴ですね。

あとは体の具合の事を言い訳にして、領地へ引っ込む許可を王様にもらうだけです。ただ、これは全く心配いらないと侯爵は思っています。自分は王様にとても信頼されているし、具合の悪い事も十分に宣伝しておきましたから。

その夜、侯爵は一杯だけワインを飲んで床に就きました。謀反の計画が順調に進み、さぞや楽しい夢を見ているのでしょう。自らが王となって、臣下や国民に号令する夢を。
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