第10話 名前で呼んで①

文字数 1,673文字

 二人はその後すぐに戻ってきた。俺は、用事があるから今日はこのくらいで、と申し出て、本日の活動の打ち切りを提案した。

 部活がお開きになると、八神はまだ部室に残るということだったので、俺はこずえと二人で帰ることにした。同じ方向だし、自然な流れだった。

 道中、俺は八神の本性について口にすべきか悩んでいた。今の情報だけを伝えれば、こずえは恐ろしく思うだろう。トラウマになってしまえば、こずえはもう高校で良い思い出など残せない。

 同じ女性なのだから、八神がこずえの下着姿を見ること自体は問題ない。むしろ、その写真を俺が見てしまったことのほうが、こずえを傷つけてしまう。

 問題は更衣室での盗撮なわけだが、女が女を撮るだけなら、まだ注意のみで済むかもしれない。

 ただ、もしあれを誰かに売っていたとしたら、それはただでは済まない。学校を通して、八神を警察へつき出すことになってしまう。

 とりあえず、こずえには何も伝えないほうがいい。俺が一人で八神を糾弾し、その返答しだいで、学校なり警察なりに連絡するのだ。

 まったく、面倒なことになった。でも、俺が八神を紹介したのだ。こずえを八神から守る責任がある。結局、俺はまた変人と関わり、厄介事を抱えることになったのだった。

 噴水跡地を通りすぎ、公園の周回コースに差し掛かった。
 俺の家はこのままコースに沿って進むのだが、こずえの家は右手にある競技場の脇道を抜けるルートであり、俺の家とは公園を挟んで反対側にあるようだ。

 八神のことがあるので、俺は何も言わず、こずえを家まで送ることにした。

「沢渡さんもこっちなんですね。では、家が近いのかもしれませんね」
「そうだな」

 こずえは昨日よりもずっと楽しそうな表情をしている。俺と帰り道を共にしているのもそうだが、写真同好会の活動も楽しんでくれたらしい。
 こずえについては、俺の思惑どおりに元気になってくれたと思う。あの写真さえ見ていなければ、今日は良い日だった。

「わたし、写真同好会に入ろうと思います」
「……そうか」

 そうなればいいと思っていたのに、俺はこんな微妙な反応しか返せなかった。

「愛守さん、元気で明るくて素敵な人でした。たしかに、愛守さんと一緒にいれば変われると思います。愛守さんは顔が広くて、今日だけでも色んな部活の人と話されていました」
「変人だからな」
「ふふふ、悪いですよ。でも、だからこそ人を惹きつけるのかもしれませんね」

 前は、俺もそんな印象だった。でも、今やつの顔を思い出したところで、口だけ緩んで目が笑っていないような表情しか出てこない。あの笑顔に裏がある気がしてならないのだ。

「あのマンションです」

 長居公園を横切り、反対側の周回コースに出て少し歩くと、公園内からこずえの住居が見えた。比較的新しく、なかなか立派なマンションだった。

 公園から出て、外側の歩道を進む。ブレザーでちょうど良い、過ごしやすい秋の日。女子生徒と一緒に帰るのは、いかにも青春っぽいはずだが、こずえの年齢も含め、様々な要素によってそうはならなかった。

 こずえのマンションは道路の反対側にある。手前の横断歩道前に着くと、信号が青になっているにもかかわらず、こずえは体ごとこちらを向いた。

「今日は本当にありがとうございました」

 大きく頭を下げる。俺は罪悪感にさいなまれた。

「希望が持てた気がします。この高校で思い出が残せるように、今後もがんばっていこうと思います。
 そして……できれば、沢渡さんも一緒にいてくださると、わたしはうれしいです。沢渡さんといると……安心するので」
「……考えておく」

 こずえは柔らかくほほ笑み、再び頭を下げると、忙しく横断歩道を渡っていく。
 俺は歩道をまっすぐ進みながら、こずえを見送る。マンションに入る間際、こずえは再びこちらを見て、俺が見ていることを知ると、小さく手を振った。俺も軽く手をあげてやると、今度こそ中へと入っていった。

 家が逆方向なので、俺はこのまま公園を大回りし、家へと向かう。その道中で、明日からどうするかをじっくりと考えることにした。
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登場人物紹介

沢渡虎太(さわたりとらた)


主人公。自称『世界一普通の高校生』だが、変な人間を引き寄せる特殊な性質がある。質問魔であり、気になったことはすぐに訊いてしまう。それゆえ、奇妙な思考を持つ変人を引き寄せている説もある。

周りの評価としては虎太も変人だと捉えられているが、ことルックスについては自他ともに認めるほど普通である。

星名こずえ(ほしなこずえ)


10歳でありながら高校へと飛び級入学した天才少女。屋上で虎太に告白したことから、虎太と親しくなる。

大人しく、自分から人に話しかけることは少ないが、こと恋愛については積極的。気を遣う性格をしているが、虎太にだけは心を開いている。

八神愛守(やがみあいす)


虎太と同じ高校一年生でカメラ少女。学校内でも有名人であり、カメラと言えば八神愛守と言われている。

明るく人当たりが良く、とてもモテるが、本人はロリコンの傾向があり、幼い少女が好き。特にこずえがお気に入りで、半ストーカーのようなことをしていた。

加東優(かとうゆう)


虎太と同じ高校一年生。モデル体型でスタイル抜群の美女だが、中身はおっさんで大飯ぐらい。男女共に性的な興味を持つが、特に清楚な女の子を好む模様。虎太からは欲望の塊のように思われている。子どもには優しい。

勇美とは何かと好対照でセット扱いされる。そのため、勇美のことは気にかけているらしい。

都築勇美(つづきいさみ)


高校一年生。虎太、優と仲が良く、特に虎太とはほとんど行動を共にしている。いわゆる男女(おとこおんな)で本人も気にしている。そのため、自分と対照的な優、自分を受け入れてくれる虎太に心を開いている。

お菓子作りが趣味。

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