第5話 少女が望む青春②

文字数 2,633文字

「……わたし、高校を辞めようと思っていました」

 こずえの言葉でギョッとする。そんなに思い詰めていたのか。これでは、俺にフラれたことが原因で退学することになってしまうではないか。
 しかし、その不安はぶつける前に否定される。

「あ、この前のことが原因じゃないんです! 元々、辞めようと思っていて、それで……告白させていただきました」

 こずえは洞察力も子どもらしくないようで、ことの順序を正確に伝えてくれた。これで、この前の告白の理由もわかった気がした。

「じゃあ、この前のは思い出づくりみたいなものだったのか?」
「――あ、あの、わたしが沢渡さんのことを好きなのは本当です! はう……」

 こずえは懸命に訂正すると、自爆して顔を真っ赤にしてしまった。つまり、最後だと思って勇気を出したわけだ。

 こんなにまっすぐな好意を向けられたことがあっただろうか。今までは

のようなものが多かったため、彼女の純粋な気持ちを前にすると、相手が子どもであっても照れてしまう。

「……そりゃどうも」
「え、えっと、それで、高校を辞めたいと母に申し出て、口論しているうちに一週間が過ぎてしまいまして……」
「希望が通らず、高校に戻ってきたわけだな」
「はい」

 つまり、彼女は高校生活をしているうちに、何らかの事情で高校を辞めたくなった。そして、最後にやり残したことを終えたあと、母親に退学したい旨を伝えた。
 しかし、揉めに揉め、結局また高校に戻らされた、というわけだ。

 飛び級天才少女が高校を辞めるのは、普通の生徒が退学すること以上にとんでもない事件だ。母親が止めるのは無理もない。

「どうして高校を辞めようと思ったんだ?」

 俺はここで核心に触れることにした。すると、こずえはうつむいてしまった。
 まあ、クラス内の彼女を見ていると、なんとなく想像はついている。言いにくいなら言わなくていい。そう言おうとした瞬間、こずえは口を開いた。

「……わたしは普通ではありません」

 そりゃそうだ。その言葉は出てくる前に飲み込んだ。

「飛び級だからな」
「はい。だから、どうしても普通の高校生にはなれません」

 普通の高校生にはなれない。俺のテーマとも交差する言葉だった。

「一〇歳の子どもなんて、皆さんから扱いづらいに決まっています。母からも行事への参加は控えるように言われ、文化祭も欠席しました。
 お友達になろうと言ってくださるかたはいたのですが、どこまで本気で言っているのかわからず、結局お近づきできることはありませんでした。
 それで、わたしにとって、普通がいかに難しいのかを知りました」

 こずえは淡々と語る。その横顔は、どのクラスメイトよりも、よっぽど大人っぽかった。

「同級生の皆さんには、もうすでに色々な思い出があるのだと思います。体育祭や文化祭、部活動の大会。わたしにはそういうものがなく、勉強とテストだけが高校生活なんです」

 俺がジッと見ていると、こずえは急にこちらへ振り向いた。目が合うと頬を赤らめ、またさっきのように視線を落とした。

「……入学したてのころ、沢渡さんはわたしにいろいろとお話をしてくださいました。沢渡さんのお話は楽しくて、高校生になるともっと楽しいことがいっぱいあるんだと、わたしは希望にあふれていました。
 それなのに現実はちがっていて、むなしくなりました。だから、わたしは変えたかったんです」

 今度は、しっかりと目を合わせてくれる。その目に、俺は強い意志を感じた。

「それで俺に……?」
「……高校時代の思い出とは、のちに青春と呼ばれるものだと思います。では、青春とはなんだろうと考えたとき、最初に思い浮かんだのが恋愛でした。
 わたしは、クラスメイトのかたにいろいろと訊かれているときに、さりげなく気づかっていただき、楽しいお話をしてくださった沢渡さんのことが気になっていました。席替えで離れたとき、沢渡さんと離れ、自分がものすごくショックを受けていることで、自分の気持ちに気がつきました」

 恥ずかしがりながらも、本人の前なのに気持ちの芽生えまで説明するこずえ。こっちまで恥ずかしくなりつつ、すごい度胸をしているものだと感心する。

「だから、現状を変えるには、沢渡さんに気持ちを伝えることこそが最善ではないかと考えました。
 とはいえ、一〇歳の子どもとお付き合いしていただけるわけもないので、諦めようとも思っていたんです。
 でも、他に変化への手段が思い浮かばず、告白して、ことわられたら高校を辞めて、小学校へ戻ろうと結論づけました」

 ようやく、流れがわかってきた。普通じゃない高校生でありながら、普通の青春を求めようとしたこずえ。俺は、知らないうちにそれを焚き付け、さらにはトドメまで刺していたらしい。

 あの涙は、高校を去ることを決意して流したものだったのだ。

「辞められなかったのは、母親に止められたからか?」
「はい……わたしは、母がそれを受け入れてくれると思っていました。元通りになるだけなら不都合なことはないだろう、と。それなのに、母は首を縦には振ってくれませんでした。
 異常だったものが正常に戻るだけ。わたしはそう自分の正当性を主張しましたが、母は、一度受け入れられたものをくつがえすことが正常なわけはない、と認めてくれませんでした」

 一〇歳の子どもと母の会話とは思えない内容だ。正当性を主張、と発言する子どもが小学校に通うのは、やはり違和感があるように思う。
 でも、こずえの気持ちを考えると、笑えるものではなかった。人よりも頭が良いという理由で辛い思いをしているのは、かなり理不尽に感じる。

「今でも、小学校に戻りたいと思っているのか?」
「いいえ。それはあくまでも手段であり、目的ではありませんでしたから。
 色々考えましたが、小学校に戻ったところで、自分が普通の小学生になれるとは思えませんでした」

 論理的思考というやつか、こずえの言いたいことはわかりやすかった。彼女は小学校に戻りたいのではなく、現状を変え、青春を実感したいだけなのだ。

 普通の高校生になれず、普通の小学生にも戻れないこずえ。思えば、年齢を理由に彼女の告白を断ったことは、彼女が普通ではないことを強調させたのではないだろうか。
 俺とはまた別の視点から普通の青春を求めるこずえは、俺よりもずっと難題に立ち向かおうとしていたようだ。

 告白してくれたことも含め、何かの縁だ。少しくらいは力になってやりたい。ただ、一つ訂正すべき点があった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

沢渡虎太(さわたりとらた)


主人公。自称『世界一普通の高校生』だが、変な人間を引き寄せる特殊な性質がある。質問魔であり、気になったことはすぐに訊いてしまう。それゆえ、奇妙な思考を持つ変人を引き寄せている説もある。

周りの評価としては虎太も変人だと捉えられているが、ことルックスについては自他ともに認めるほど普通である。

星名こずえ(ほしなこずえ)


10歳でありながら高校へと飛び級入学した天才少女。屋上で虎太に告白したことから、虎太と親しくなる。

大人しく、自分から人に話しかけることは少ないが、こと恋愛については積極的。気を遣う性格をしているが、虎太にだけは心を開いている。

八神愛守(やがみあいす)


虎太と同じ高校一年生でカメラ少女。学校内でも有名人であり、カメラと言えば八神愛守と言われている。

明るく人当たりが良く、とてもモテるが、本人はロリコンの傾向があり、幼い少女が好き。特にこずえがお気に入りで、半ストーカーのようなことをしていた。

加東優(かとうゆう)


虎太と同じ高校一年生。モデル体型でスタイル抜群の美女だが、中身はおっさんで大飯ぐらい。男女共に性的な興味を持つが、特に清楚な女の子を好む模様。虎太からは欲望の塊のように思われている。子どもには優しい。

勇美とは何かと好対照でセット扱いされる。そのため、勇美のことは気にかけているらしい。

都築勇美(つづきいさみ)


高校一年生。虎太、優と仲が良く、特に虎太とはほとんど行動を共にしている。いわゆる男女(おとこおんな)で本人も気にしている。そのため、自分と対照的な優、自分を受け入れてくれる虎太に心を開いている。

お菓子作りが趣味。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み