ともだち Chapter.3

文字数 6,376文字


 満身創痍(まんしんそうい)の〈戦乙女(ヴァルキューレ)〉を(かば)うかのように、〈()〉はおおらかな胸へと(いだ)いた。
 ゆっくりと周囲を展望し、状況把握に(つと)める。
「……何があった?」
 静かに低い美声が、誰に言うとでもなく()う。
 答える者はいない。
「ぅ……ぁぁ……貴公(きこう)は? うぅ!」
 (かす)む意識に、ブリュンヒルドが苦悶を(あえ)いだ。
 羽根兜から零れた銀糸(ぎんし)を優しく()()き、〈()〉は安心を(うなが)す。
「大丈夫、大丈夫。痛いけど、痛くない」
「ハァハァ……な……何を?」
「母親がこう言うと、子供は〝痛み〟を我慢できる。街の公園で見た。人間は不思議だ」
「……早……く御逃げなさい……貴公(きこう)も殺されてしまう……私なんかに構ってはいけない……うぅ!」
「そうか、ありがとう」
「な……何を?」
「心配してくれた」
 意思疏通(いしそつう)も怪しいままに〈()〉はブリュンヒルドを(なぐさ)め続けた。
 その間抜けた様子に、ウォルフガングが憤慨(ふんがい)()える!
「貴様、何者だ!」
 問い掛けに応じるべく、戦乙女(ヴァルキューレ)を寝かせて立ち上がった。
「……知らない」
「な……何?」
 嘘は言っていない。
 素直な返答だ。
 事実、これは彼女にとって命題でもあるのだから。
 自分が何者(・・)か──フランケンシュタイン城に居た頃から、それだけを追究してきた。
 だが、(いま)だに()は見えない。
「フン……何処の馬の骨だか知らんが──」
「私には〝馬の骨〟は使われていない。うん、それは確かだ」
「黙れ!」
 激昂(げっこう)怒気(どき)を強める!
 別段〈()〉は茶化しているわけではない。
 ただ無知(ゆえ)に、朴訥(ぼくとつ)朴念仁(ぼくねんじん)なだけだ。
 さりながらウォルフガングにしてみれば、逐一(ちくいち)低俗な挑発を返されているようにしか感じられなかった。
 常識人の視点からすれば、無理からぬ事ではあるが……。
(それにしても……)
 ウォルフガングは持ち前の観察眼で、上から下まで〈()〉を()めるように眺めた。
 感情に左右されながらも、一方では理知的な分析を(おこた)らない──彼が骨髄(こつずい)まで〈科学者〉たる(あかし)である。
(コイツは何者(・・)だ? あの尋常(じんじょう)ではない縫合(ほうごう)(あと)からして〈怪物〉には違いないだろうが、こんな〈怪物〉は見た事も無いぞ? 別段〈怪物〉に関する雑学を網羅しているわけではないが……)
 包囲網の()只中(ただなか)に居るにも(かか)わらず〈()〉は焦燥感も動揺も(いだ)いている様子が無い。ただ無垢な子供のように、周囲の奇異性へと好奇心を向けているだけだ。
「フン……まあ、いい。貴様が如何(いか)なる〈怪物〉だとしても、()が〈完璧なる軍隊(フォルコメン・アルメーコーア)〉の敵ではない! 不穏分子は排除すればいいだけの事!」声高(こわだか)に誇示を吐いて、ウォルフガングは右手を挙げた。「コード(ブイ)!」
 ゴーグル越しの眼が、一斉に不気味な赤を(とも)す!
 悪夢の再起動(リブート)
 一転した雰囲気を感じ取り、〈()〉は周囲の科学武装兵士(ウィッセンチャフト・ソルダット)を見渡した。
 これから浴びせられる残忍な攻撃を知らぬままに。
「いけない!」
 痛みを押して身を動かすブリュンヒルド!
(巻き込んでは、いけない! 無関係な者を巻き込んでは!)
 必死な想いで〈()〉を射程から突き飛ばす──はずが、その頑強なる体躯差(たいくさ)によって(はじ)き出されたのは、自分自身(ブリュンヒルド)の方であった!
 直後、(おびただ)しい光蛇(こうじゃ)が〈()〉へと(むら)がる!
「ダメェェェーーーーッ!」
 戦乙女(ヴァルキューレ)の悲痛なる叫び!
 射程外へと(まぬが)れた彼女の眼前で、(おびただ)しい光蛇(こうじゃ)(にえ)を呑んだ!
「あ……ああ……そんな……」
 結果として救われたのは、またも自分だ。
 そして、見ず知らずの彼女を巻き込んだのも自分。
 (もと)より〈戦乙女(ヴァルキューレ)〉は〝死〟と密接な関係に在る。
 勇猛なる戦士の魂を〈英霊〉として〈北欧神館(ヴァルハラ)〉へと迎え入れ、主神〈オーディン〉の戦士として育て上げるのが使命なのだから。
 そして、その地に()いても〈英霊〉達は、日々、切磋琢磨(せっさたくま)殺しあう(・・・・)
 〈戦乙女〉〈神界の聖戦士〉などと呼べば聞こえはいいが、実質は〈死神〉と紙一重(かみひとえ)──血塗られた存在でしかない。
 だからこそ、ブリュンヒルドは苦悩してきた。
 そんな宿命を(くつがえ)そうと(あらが)い続けてきた。
 しかし──「また、私のせいで……」──零れ落ちる一滴(ひとしずく)
 自分と関わった者は死ぬ。
 かつて神話時代に愛した英雄(シグルズ)──彼を巡った恋敵(グズルーン)──その家系〝ギューキ王家〟──()が身が人間(・・)であった頃の生家〝ブズリ王家〟──敬愛する兄〝アトリ王〟──総てが〝死の運命〟に取り込まれた。
 今度は彼女(・・)だ!
 見ず知らずながらも、身を(てい)して救ってくれた〝命の恩人〟だ!
所詮(しょせん)〈宿命〉を(くつがえ)す事など叶わないのですか……オーディンよ……」
 深い失望が心を(えぐ)る。
 流れる涙のままに顔を伏せた。
 (むご)い断末魔を正視する事など、到底できない。
 が、次の瞬間!
「ば……馬鹿な?」
 ウォルフガングの驚愕に、ブリュンヒルドは顔を上げた。
 (まばゆ)く激しい光球(こうきゅう)の中核──そこに〈()〉は生きていた!
 喰らいつかんとする青光(あおびかり)の蛇を、(たわむ)れとばかりに(てのひら)(すく)っている。
 やがて次第に電光は弱まり、完全に消え失せた。
 その余韻(よいん)は、彼女の身体(からだ)に小さく(まと)われた帯電と生まれ変わる。
 何が起きたのか……ブリュンヒルドに解るはずもなかった。
 科学者たるウォルフガングが指摘するまでは!
「吸収しただと? あれほどの電撃を!」
「うん、ありがとう」
「な……何?」
「電気をくれた」
 何事も無かったかのように、邪気無く答える〈()〉。
「ふざけるな! くれてやった覚えは無い!」
「そうか、ごめん。いま、返す」
 淡白に結論付くと、右拳に意識を集中した!
 体内から涌き出る電流が活性力を(たぎ)らせ、拳を電塊(でんかい)へと胎動させる!
「ふんっ!」
 大地を殴り付つけた!
 渾身の拳圧に地面が砕け割れ、そこを起点として放射状に衝撃が走る!
 それは同時に、無数の電撃竜を()(はな)った!
 先刻までの〝青い光蛇(こうじゃ)〟などという矮小(わいしょう)代物(しろもの)ではない!
 (たくま)しくも荒々しい〝電光の竜〟だ!
 電竜は地表を割り進み、余すことなく包囲網を喰らい抜ける!
 過剰な高電圧を浴び、次々と機能停止に(おちい)科学武装兵士(ウィッセンチャフト・ソルダット)達!
 体内から煙を吐いて、悲鳴を上げるでもなく崩れ倒れた!
「こ……これは! 貴様、これは!」
 狼狽(ろうばい)に怒りを(はら)むウォルフガング!
 その憤慨(ふんがい)を無視して〈()〉はブリュンヒルドを抱き上げた。
「電気、返した。じゃあ、さようなら」
 一応『別れの挨拶』を置いて、地を蹴る!
 乱入時と同等の勢いが、今度は逆方向へと効果を発揮した!
「ああぁぁぁーーっ?」
 あまりに力強い跳躍!
 ()しものブリュンヒルドも、思わず声を上げてしまうほどだ!
 無理もない。
 滞空は御手の物であるものの、彼女と〈()〉のそれ(・・)は対極過ぎる。
 ブリュンヒルドを始めとした〈戦乙女(ヴァルキューレ)〉は、軽やかに舞うかのような飛翔だ。
 それに対して〈()〉の跳躍は、暴力任せに宙を射抜くかの如き勢いであった。
 黒月(こくげつ)巨眼(きょがん)に、()の影が呑まれ去る!
「ク……クソッ!」
 完膚(かんぷ)()きまでに私兵を(つぶ)されたウォルフガングには、忌々(いまいま)しくも(にら)み送るしか(すべ)が無かった。



 とりあえず雑木林で〈戦乙女(ヴァルキューレ)〉を下ろした。
 鬱蒼(うっそう)とした樹林には、普段から人気(ひとけ)が無い。(フクロウ)寂寥(せきりょう)と鳴き、小動物が気配を遊ばせるだけである。そうした情景は、闇暦(あんれき)()いても一際(ひときわ)薄気味(うすきみ)悪い。
 大樹(たいじゅ)の根に休息の身体(からだ)を預け、ブリュンヒルドは〝命の恩人〟へと礼を述べた。
「あ……有難う」
 片膝着きに顔を(のぞ)き込んだ〈()〉は、素直な思いで応える。
「うん、ありがとう」
貴公(きこう)が、何を『有難う』なのです?」
「ありがとうと言ってくれた。だから、ありがとう」
 突飛な理由が返ってきた。
 どうにも調子が狂う相手だ……あの〝高慢な将校〟でなくとも。
「痛むか?」
「いいえ、平気です。それよりも、貴公(きこう)は一体何者なのです?」
「知らない」
 先刻と同じ返答であった。
 さりとも、嘘では無いのであろう。
 それは真摯(しんし)な表情が物語っている。
「何故、私を?」
「うん」
 真顔で(うなず)き、ジッと見つめていた。
 沈黙が続く。
「あの?」
「何だ?」
「ですから、何故、私を?」
「うん」
 (うなず)く正視に、またも沈黙──。
「あの? 御返答頂けませんか?」
「まだ質問されていない」
 その言葉に、ブリュンヒルドは思い当たった──「何故、私を?」──この後に続く文脈を、彼女は待っていたらしい。
 徹底した朴訥(ぼくとつ)ぶりに困惑を覚えつつも、ブリュンヒルドは呑み込んだ。
 改めて質問を(つむ)(なお)す。
貴公(きこう)は、何故、私を(たす)けたのですか?」
「痛そうだったから」
 ようやくにして望んだ回答が返ってきた。
 想像していたよりもシンプルではあったが……。
「……それだけの理由ですか?」
「うん」
「たったそれだけの理由で、あのような危険を冒したのですか?」
「危険は知らない。でも、誰かが傷付くのは嫌」
 肩へと駆け登った栗鼠(リス)に木の実を拾い与えながら、抑揚(よくよう)(とぼ)しい〈()〉はそう言った。
 小動物になつかれる様に、ブリュンヒルドは思う。
()しき者では、なさそうですが……)
 そうは推察するものの(よこしま)な心象が(ぬぐ)えないのは、やはり見た目の奇怪さ(ゆえ)だろうか。
 左上腕と左手首、右(もも)……長外套(ローブ)の脇から(うかが)える裸身にも、生々しく縫合痕(ほうごうあと)が刻まれている。おそらく見えない部位にも、まだ無数にある事は想像に(かた)くない。
 何よりも生理的な忌避(きひ)感を誘発するのは、その顔だ。
 長い前髪を垂らし隠しているものの、右顔面は表皮がないまま筋肉繊維が()()している。()(くぼ)んだ目元には前髪がベールと(かげ)るも、時折ギョロリとした眼球が奥から(のぞ)いていた。
 正常に機能する左顔面が聡明な美貌にあるせいで、左右非対称な醜美(しゅうび)際立(きわだ)っている。
 端的に言えば、不気味(グロテスク)であった。
 命の恩人へ注ぐべき感情ではないが……。
 その心根が純粋であるからこそ、余計に得体が知れなくなる。
 ブリュンヒルドは密かに意識を集中した。
 この〈()〉は何者か──その正体を探る手掛かりを得たい。
 (ほの)かな霊力を青く帯びる瞳。
(これは?)
 先刻の〈科学武装兵士(ウィッセンチャフト・ソルダット)〉とやらに似通っていた。
 内在する〝感情の波動〟は稀薄である。
 ()れども、まったく同じというわけではない。
 潜在している〝生命の波動〟は、比にならないほど強烈だ。稲光のように激しく、荒々しく、緩急的な〝生命力(いのち)〟が潮流(ちょうりゅう)している……。
(やはり、彼女は──)
 ()むべき〈怪物〉の(たぐい)──(いにしえ)より廃絶すべき敵対存在──そう結論着きながらも、ブリュンヒルドは躊躇(ちゅうちょ)した。
 仮に〈怪物〉だとしても、彼女が〝恩人(・・)〟である事は間違いない。
 何よりも眼前で小動物からなつかれる無垢さは、到底〝邪悪〟には見えなかった。
「くすぐったい」
 襟元(えりもと)を遊び場と駆ける栗鼠(リス)(すく)い置くと、再び〈()〉は〈戦乙女(ヴァルキューレ)〉へと関心を戻す。
「歩けるか?」
「え……ええ」
「そうか。じゃあ、行こう」
 のそりと起き上がる巨体。
「行く? どちらへです?」
「オマエの家。送る」
「……在りません。そのような場所は」
 寂しくも渇いた苦笑で首を振る。
 この闇暦(あんれき)世界に、彼女の安息地など在りはしない。
 帰るべき場所は、永遠の黒雲に閉ざされたのだから……。
「家、無いのか?」
「ええ」
 (しばら)く〈()〉はジッと見入った。
 そして、ややあってから道程(どうてい)へと顔を上げる。
「そうか。じゃあ、行こう」
「はい?」
 呆気(あっけ)に捕らわれるブリュンヒルド。
 数秒前のデジャヴを覚える台詞(セリフ)であった。
 意思疏通(いしそつう)の不確定さには、そこはかとなく不安を覚える。
「行く……って、私の話を聞いてましたか?」
「うん」
「私には帰る家など無いのですよ?」
「うん」
「では、何処へ連れて行こうと言うのです?」
「アンファーレンの所」
 簡潔に言い残して〈()〉は歩き出した。
「ど……どなたです? それは?」
 聞こえていないのか、大きな背中が掻き分ける枝に消える。
「ま……待って下さい!」
 ブリュンヒルドは慌てて武具を拾い、後を追い駆けた。
 足場の悪い獣道を〈()〉は黙々と進む。
 この時、何故追ったのか──それはブリュンヒルド自身にも分からない。
 行く(あて)が無かったのは事実だ。
 自戒的(ストイック)な心構えに野宿を覚悟しながらも、本音では寝食を欲していたのも事実である。
 しかしながら〈怪物〉に恩恵を(すが)るなどとは、誇り高い〈戦乙女(ヴァルキューレ)〉にあるまじき愚行だ。恥ずべき選択だ。
 にも(かか)わらず、何故?
 この〈()〉が純朴だからであろうか?
 信用に足る相手だと感じたからであろうか?
 (いな)、あってはならない。
 相手は〈怪物〉──()むべき〈魔物〉なのだから。
 そして、自分は〈戦乙女(ヴァルキューレ)〉──気高くも誇り高い〈北欧神館(ヴァルハラ)の聖戦士〉だ。
 大いなる〈主神(オーディン)〉の名に()いて廃絶(はいぜつ)する使命こそあれ、心許す事などあってはならない!
 では、何故?
(これは監視です……そう、彼女が如何(いか)なる〈怪物〉であるかを見定(みさだ)め、人間達に実害を及ぼすのを未然(みぜん)(ふせ)(ため)の……そう、監視(・・)ですとも)
 (おのれ)へと言い聞かせる。
 ややあってブリュンヒルドは、先行する〈()〉へと質問を向けた。
貴公(きこう)、御名前は?」
「無い」
「御冗談を? この世に〝名前〟の無い者など在りません」
「そうか。ありがとう」
「何がです?」
「教えてくれた」
「はい?」
 どうやら「ありがとう」は、彼女の口癖(くちぐせ)のようだ。
 しかし、それが朴念仁(ぼくねんじん)ぶりに拍車を掛け、(ことごと)く話題を明後日(あさって)の方向へと空振りさせてしまう。
 どうにも苦手な相性かもしれない。
「ま……まあ、いいでしょう。それで、貴公(きこう)の御名前は?」
「無い」
 振り出しへ戻った。
「では、私は貴公(きこう)の事を、何と呼べば良いのです?」
 質問に足を止めた〈()〉は、(しば)らく相手の顔を眺めつつ思索へと浸る。
 そして、馴染みある候補を思い浮かべた。
「〝娘さん〟」
「……それは〝名前〟ではありません」
「〝お姉ちゃん〟でもいい」
「……御断りします」



「ただいま」
 ようやく帰った〈()〉が扉を開けたと同時に、アンファーレン老は待ち侘びた様子で出迎えた。
「おお、娘さん! 無事で良かった!」
「うん」
 盲目の手を優しく引き、元居た席へと連れ戻す。
「少々遅く感じたのでな、心配しておったのじゃが……いやはや、本当に無事で良かった」
「うん、ごめんなさい」
「いやいや、無事ならばそれで──おや、珍しい。お客さんかい?」
 閉ざされし闇に(つちか)った鋭敏さが、もう一人(ひとり)の気配を感じ取った。
「突然に来訪して申し訳ありません。私は〝ブリュンヒルド〟という者で、そちらの〈()〉さんに連れて来られまして……」
 穏便()つ丁寧な物腰に名乗る戦乙女(ヴァルキューレ)。必要以上に畏縮(いしゅく)させない(ため)にも、()えて素性は伏せる事とした。
「ふむ?」
 白い(あご)(ひげ)を撫でつつ、物見えぬ目が観察意識を傾ける。
 真っ暗な視界に浮かび上がる白く(まばゆ)い光──それは神々(こうごう)しくも感じられ、老人は軽い畏敬(いけい)すら覚えた。
 と、唐突に〈()〉が説明を(はさ)む。
寝床(ねどこ)が無い」
「ふむ?」
 撫でる(あご)(ひげ)が、声の方へと振り向いた。
「食事も無い」
「ほう? だから、連れて来たのかい?」
「うん」
「そうかい、そうかい」
 何故だか喜ぶかのように納得する老人。
 が、〈()〉は自身の不手際を思い至る。
「勝手に連れて来た……ダメだったか?」
「ダメなもんかい!」シュンと沈む抑揚に、老人はわざと明るく声を張った。「娘さんは、放っておけなかったんじゃろう?」
「うん」
「だったら、泊めてあげなさい。食事も構わんよ。娘さんが『してあげたい』と思う通りに……な」
「うん、ありがとう」
 嬉しそうな微笑(びしょう)
 盲目の老人と〈怪物〉──まるで〝父娘(おやこ)〟のように微笑(ほほえ)ましい関係ではある。
 しかしながら、傍目(はため)のブリュンヒルドには、奇妙で不自然な関係性にしか感じられなかった。
(まさか? 人間と〈怪物〉が和解? 到底、信じ(がた)い……有り得ない……)
 だが、現実(・・)として、眼前に展開している。
 これは、どういう事なのであろうか?
 そんな彼女の困惑を他所(よそ)に、老人は勝手な解釈に(うなず)きだした。
「そうかい、そうかい……娘さんに〝友達〟が出来たかい……」
「あ、いえ……私は……」
 しどろもどろになる戦乙女(ヴァルキューレ)
 直後〈()〉が簡潔に説明した。
「違う。拾った」
「違いますけどッ?」
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登場人物紹介

名前:名前は無い。

   便宜上〈娘〉と呼ばれている。

(NonName/CodeName is〈Daughter〉)


性格:

 朴訥。朴念仁。

 しかしながら、それらは繊細にして博愛的な性格故である。


特徴:

 轟く豪雷から生命を授かったオカルト科学による蘇生死体。

 電気ある限り不滅と言える生命力は、闇暦に於いても稀に見る特性である。

 己のレゾンデートルに苦悩し、それを見極めようと足掻いている。

名前:

 ブリュンヒルド

 (Brunhild)


性格:

 博愛的ながらも気高く勇猛。

 また〈ヴァルキューレ〉としての性質もあってか正義感や義務感も人一倍強い。

 一方で四角四面な愚直さは、時として融通の利かない頑固さへとして現れる。


特徴:

 北欧神話に語り継がれる〈ヴァルキューレ:戦乙女〉。

 主神〝オーディン〟の使徒として〈英雄〉の魂を北欧神界の宮殿〈ヴァルハラ〉へと導く使命に従事していた。

 神話時代の彼女はブズリ王家の王女であったが、壮絶な悲恋の果てに想い人〝英雄シグルズ〟の後を追って自害──ヴァルキューレへと転生した経緯に在る。

名前:

 サン・ジェルマン

 (Saint-Germain)


性格:

 常に沈着冷静で達観的分析観を宿す理知派。

 閑雅な自信にも満ち、実際、それだけの才覚を養っている。


設定:

 史実上にて時代を越えて出没している経歴が真しやかに噂されている怪紳士であり、その特性から〝不死身の男〟とも称される。

 ドイツ・ダルムシュタッドに聳える〈フランケンシュタイン城〉に〝ハリー・クラーヴァル〟の偽名で単身居城しており、主人公たる女性型人造人間〈娘〉を造り上げた創造主。

名前:

 ロキ

 (Loki)



性格:

 邪なる性格に歪んでおり、自己顕示欲と自信が異常に強い。

 突き詰めれば〝幼稚〟とも言えるが、そこに〈神〉としての強大無比さと持ち前の狡猾さが加わっているので、かなり厄介な災厄である。



特徴:

 北欧神話に名高い〈神〉であり、時として善にも悪にも染まる自由奔放なトリックスターとして知られる。

 アース神族の一柱でありながらも、その出生背景は神敵〈霜の巨人〉という特異な背景に在る。


 北欧神話の終末戦争〈神々の黄昏:ラグナロク〉の火種である事から開戦の時まで何処かへと封印され続けていたが、闇暦世界の顕現により確定未来軸までもが変質してしまい独自復活を果たす。

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