ありがとう Chapter.5

文字数 6,738文字


「クッ……決め手が無い!」
 高度を取った滞空に眼下を分析し、ブリュンヒルドは歯噛みした。
 街並みがミニチュア模型と矮小化する巨大な蛇体は、鎌首をもたげて彼女を威嚇する!
(街人達を(かば)うヘルに反撃は期待出来ない……私独りが刃となるしかないが……!)
 歯痒(はがゆ)さに(おの)が武器を見るも、人間界に(あふ)れる凡庸(ぼんよう)代物(シロモノ)だ。到底、神敵(しんてき)に通用するはずもない。いや、折れ砕けていないだけでも善しとせねばなるまい……危惧して使わぬように心掛けているとは言え。
(せめて神槍(しんそう)が復元できるまでに回復していれば!)
 無い物ねだりだ。
 敵は待ってなどくれない。
 (いな)、仮に〈神槍(しんそう)〉が復元していたとしても、それで戦況が好転するとは限らない。
 相手取るのは、あの〈神魔狼(フェンリル)〉に匹敵する大魔獣なのだから!
「キシャア!」
 蛇頭が(かたまり)を吹いた!
 毒々しいそれを、ブリュンヒルドは咄嗟(とっさ)に回避する!
 外れた汚泥は背後の家屋を呑み込み……融解した!
 毒液だ!
「厄介な!」
 汚らわしい攻撃を嫌悪する!
 続け様に蛇柱(じゃちゅう)が闇空へと(すべ)()びた!
 ブリュンヒルドを呑み込まんと迫り開く(あぎと)
(まま)!」
 左への跳躍に()ける!
 怒濤(どとう)と流れ過ぎる鱗の壁が、視界総てを圧迫に染め潰した!



(やはりブリュンヒルド一人には重荷……せめて(われ)が加勢できれば!)
 上空の攻防を見極めながらも、ヘルが防御を解く事は無い。
 一瞥(いちべつ)する背後には、保護せねばならない命が在る。
「よぉ、(ヘル)? お友達(・・・)を助けに行かなくていいのかよ?」
 悠然とした茶化しが、彼女の(はら)む焦燥を(あお)った。
 父神(ロキ)だ。
「……ぬけぬけと!」
 腹立たしさに正面の()(にら)(かえ)す!
 その憎悪を受け止めつつも、ロキは涼しく悪態を続けた。
「大変だなぁ? そんな足手まとい共を一手に引き受けてよォ? いっそクソッタレ共なんざ見棄てちまえばいいじゃねぇか? そうすりゃ〈戦乙女(ヴァルキューレ)〉を助けに行けるだろ? ヒャハハハハハッ!」
 外道な提案に背後がざわめく。
 また畏怖の念が高まった。
 が、ヘルはそれ(・・)を背中に浴びながらも、絞り出す憤慨(ふんがい)に返すのだ。
「……黙れ」
「あん?」
「黙れと言っている! ロキ!」
「……テメェ? 誰に物を言ってやがる?」
 スゥと細まる威圧。
 だが、現在(いま)冥女帝(かのじょ)は臆する事無く吼える事が出来た!
(われ)はダルムシュタッド領主・冥女帝(ヘル)なり! 民を見捨てて本懐があろうか! 何人(なんぴと)たりとも手出しはさせぬ!」
「……ヘッ、御大層な(こころざし)だな?」渇いた加虐心が苛立(いらだ)った。「ヨルムンガンドォォォーーッ! ソイツ(・・・)は後回しだ! まずはコイツら(・・・・)を喰らっちまえぇぇぇーーーーッ!」
 父神(ロキ)の命を受け、踊る巨獣がピクリと思考に制止する。
 そして──「キシャアァァァーーーーッ!」──狂暴なる毒牙は再び地上の(にえ)へと狂い襲った!
「いけない!」
 すぐさま蛇頭を追うブリュンヒルド!
 注意を()()けたのが水泡と帰した!
「クッ!」
 上空からの襲撃に、ヘルは〈神力(しんりょく)〉を振り絞る!
(正直、これまでに疲労は激しい……されど、護らねばならぬ! 尊き命を!)
「ヒャハハハハハッ! ヒャーーハハハハハハハッ!」
 狂騒する高笑いが耳障(みみざわ)りだった!
「ヒィィ!」「うわぁぁぁ!」
 背後には恐怖する悲鳴!
 その中には、マリーもいる!
「いやぁぁぁーーっ! お姉ちゃーーん!」
 落雷!
 闇天を裂く落雷!
 白く轟いた光の柱が、邪悪な魔獣を(ムチ)()った!
 脳天から尾の先端まで(つらぬ)き刺す痛み!
 (たま)らず()(たお)れる巨大な蛇体!
 幾多(いくた)もの家屋が()(つぶ)れ、瓦礫(がれき)粉塵(ふんじん)を噴き上げる!
「ま……まさか?」
 背後の宙空から放たれた一矢に予感を覚え、ブリュンヒルドは沸き立つ想いのままに振り返った。
 (いかずち)(はら)む黒雲を背に、しなやかな巨躯(きょく)が黒髪を(なび)かせる。
「……フッ、来たか」
 待ち望んでいた参戦に、ヘルは淡く苦笑していた。
 確信していた事だ……この〈生命(いのち)〉が目覚める事は!
「バ……バカなッ?」
 驚愕に呑まれるロキ!
 仰ぎ見るに(しん)(がた)い!
 あり得るはずがない!
 だが、間違いなかった!
 青白き帯電(まと)その姿(・・・)を、(おのれ)が見間違うはずもない!
「お……姉ちゃ……」
 (にじ)む視界が少女(マリー)から言葉を奪う……。
 凛々しく──禍々(まがまが)しく──愛のままに──戦うために──聖女は──怪物は────〈雷命(らいめい)造娘(ぞうしょう)〉は、そこにいた!



 一撃を加えられた憤慨(ふんがい)如何(いか)(ほど)か!
 巨蛇は(われ)を見失って荒れ狂った!
 標的は、新たに加わった〈(いかずち)の娘〉!
 黒雲が稲光と猛雨の交響曲を轟かせる中で、濁流と蛇体が踊り流れる!
 迫る毒牙!
 押し寄せる口腔(こうくう)
 その巨大な災厄を、()れど〈()〉と戦乙女(ブリュンヒルド)は宙を滑るかのように()わし続けた!
 焦りは無い。
 臆する事も無い。
 そして、油断も無い。
 確固たる冷静さの前には、蛇竜の(ひと)足掻(あが)きは無様にさえ映る。
「ブリュド」
「ブリュンヒルドです!」
コイツ(・・・)()だ?」
「神敵たる蛇怪〈ヨルムンガンド〉──神魔狼〈フェンリル〉の弟です!」
「そうか……じゃあ──」
 何を言わんとしているかを汲み、ブリュンヒルドは頷いた。
「──ロキの息子です」
「……そうか」
 憤怒(ふんぬ)のままに怒濤(どとう)と押し寄せ来る口腔(こうこう)
「キシャアアァァァーーーーッ!」
 だが──「ふんっ!」──渾身(こんしん)雷拳(らいけん)
 迫る蛇頭の横っ面を殴り抜く!
 またも仰け反り崩れる巨体!
 倒れ沈む鱗樹(りんじゅ)の幹に街並みは瓦解し、数秒前には人が住む家屋だった物体(オブジェ)が石材や木材の残骸と噴き散らかす!
 想起(そうき)される(むな)しさを拳が噛んだ。
 眼下の敵を見据える。
 視線が繋がった。
「よぉ、バケモノ」嘲笑した侮蔑に(ロキ)は吐く。「ったく、何なんだ? テメェはよォ? ブッ殺したはずだぜ?」
「ああ、そうだな」
「ヘッ、不死身かよ? テメェは?」
「いいや」
 返ってくるのは、湖面のように鎮まった眼差(まなざ)し──冷静な感情──それが、ますます(しゃく)(さわ)った!
 (あたか)も憐れみのような……慈母性のような……反吐(ヘド)が出る!
 何故なら、自分(オレ)は〈()〉だ!
 凡百な〈怪物〉とは格が違う!
 根本から〈北欧(アース)神族(しんぞく)〉の奴等とすら異なる!
 特別だ!
 特別だッ!
 オレは特別なんだ(・・・・・・・・)ッッッ!
 それを……たかが〈怪物(・・)〉風情が!
「クソが!」
 込み上げる苛立ちに、自尊のメッキが穿ける!
 ()れども、激情と向けられる敵意に〈()〉に動ずる様子は無い。
「……ロキ」
「ああっ?」
「先に謝っておく。もう躊躇(ちゅうちょ)しない……オマエの息子を殺す」
「な……っ?」
「そして、次はオマエ(・・・)だ」
 一瞬、さすがのロキもゾッとする。
 何の感情も帯びず平然と死刑宣告を(くち)にする〈()〉は、(さなが)ら〝殺戮マシーン〟にすら思えた。



 好機は訪れた。
 堪え忍んだだけの価値はある好機だ。
 父親(ロキ)の反応を(ぬす)(うかが)えば、忌々(いまいま)しさの歯噛みに滞空する敵を注視している。その意識は完全に仰ぐ戦況へと傾けられ、まるで周囲への関心を失念していた。
 だから、実娘(ヘル)は憐れみの念すら(いだ)くのだ。
(相変わらず目先の事にだけ囚われ、(みずか)らの視野を(せば)める……そんな事だから何も得られぬのです、貴方(あなた)は)
 ともあれ、ようやくにして行動が起こせる。
 手近な人間を目で探せば、すぐ(そば)には例の幼女が居た。
「そなた、確か〝マリー〟とか言ったな?」
 声を押し殺して呼び掛ける。
 思わずビックリした顔を向けるマリー。
 まさか〈先代領主様〉から声が掛かるとは思っていなかったようだ。
「あ、はい。ヘル……女王様」
 すぐに悄々(しおしお)とした厳粛さを染めて、畏敬を示した──子供ながらに程度だが。
「……ヘルで善い」浅い苦笑に砕ける。「これより(われ)が隙を作る。その内に、領民達に示せ──『逃げよ』とな」
「え?」
 意表を覚える指示であった。
 てっきり〈冥女帝(ヘル)〉は、恐るべき支配者だと思っていた。領民の〈死〉を(むさぼ)()らう冷酷非道な魔性だ……と。
 これはマリーに限らず、ダルムシュタッドの民達が(いだ)く共有認識だ。
 しかし、眼前の彼女からは、そうした邪悪な印象を一切受けない。
 (むし)ろ、マリーは同じもの(・・・・)を感じていた。
 そう、ブリュンヒルドやお姉ちゃん(・・・・・)と同質のものを……。
 それ(・・)()かは解らないが、少なくともマリーには〝真っ黒な布に包まれた宝石〟であるかのように感じられた。彼女の感覚(イメージ)からすれば、ブリュンヒルドは〝白い布に包まれた宝石〟であり、お姉ちゃんは〝何にも包まれていない宝石〟だ。包んでいる物が違うだけで、同じ宝石だ。綺麗に輝いている。
 だから、信用するのには数秒しか要さなかった。
「……うん、わかった!」
 毅然(きぜん)とした信用にコクンと頷くと、マリーは指示に従って音も立てずに後方の人集りへと合流を試みる。
「分かった……か」あまりにも早い子供特有の順応に、ヘルは苦笑いを浮かべた。「さて、私も一働(ひとはたら)きせねばな……領主(・・)として!」
 誰に言うとでもなく決心を吐くと、大鎌(デスサイズ)は空を円と切り裂いて清まった。



「何をしてやがる! ヨルムンガンド!」
 意のままに描かれぬ戦況に、ロキは腹立たしさを吠えた!
 元々〈神魔狼(フェンリル)〉よりも知能が低いヤツだ。司令塔がいなければ暴れるしか芸は無い。
 とは言えど、あまりにも無様過ぎる。
「……クソが!」
 呪詛を込めて吐き捨てていた。
 (うと)ましいのは、あの〈怪物〉だ!
「ブッ殺した……確かにな……なのに、何故だ! 何故、生き返ってやがる! 何故、おとなしくくたばっていねぇ! 何故、オレの邪魔に立ちはだかる! 何故だ!」
「それが彼女(・・)だからだよ」
 不意に聞こえた声が、ドス黒い渦へと呑み込まれた意識を呼び戻す。
 振り替えれば、赤煉瓦建築の狭間から一人の男が歩み出て来た。
「……サン・ジェルマン」
 唇噛みに睨み据える。
 好かぬ顔だ。
「そうか、テメェか? 裏で画策していやがったのは!」
「画策?」
(とぼ)けんじゃねぇ! あの〈怪物〉がオレへの脅威になると踏んで、復活させたんだろうが! けしかけたんだろうが! ああっ?」
 浴びせられる怒気(どき)に、サン・ジェルマン卿は乾いた微笑(びしょう)を含んだ。
「フッ、そうか……彼女(・・)は、(きみ)への脅威(・・)となるのか」
「グッ!」
 失言に気付いて言葉を呑む。
 が、卿は上空の戦況を一瞥(いちべつ)し、関心薄く会話を(つな)げた。
「彼女は〈被造物〉だ。少なくとも〈神〉の介入によって生まれた〈生命(いのち)〉ではない。言い換えれば〝神の領域外に在る超常存在〟だ──私と同じ(・・・・)ように。だからこそ、(きみ)は怖れる」
「ぅるせえっ!」
「〈神〉の根は〝畏敬〟だ。その強大さに人間(ひと)(おそ)(うやま)う。その〈神力(ちから)〉に驚嘆を覚えるが(ゆえ)人間(ひと)は妄信的に(すが)る。そうして集まった想いが〈神々〉の〈神力(しんりょく)〉へと還元される──それが〈信仰〉の原理だ。だが、彼女(・・)には、そうした念は欠落している。並列なのだよ──〈神〉も──〈魔〉も──〈人間(ひと)〉も────。彼女にとっては……ね。だからこそ、(きみ)は怖れるのさ。それを心底で嗅ぎ取っているからこそ……」
「っるせえって言ってんだろうが!」
 指先から放たれる〈神力(しんりょく)〉の光弾!
 左肩を撃ち抜いた!
 が、その痛みを堪える間に、みるみる傷口は塞がる。
 絶対に死なぬ男──殺せぬ男────つくづく好かぬ。
「チッ、()なんだよ……あの〈怪物(・・)〉は?」
()だよ」
「ああっ? 愛だぁ?」
「そう、愛と狂気と……人間(ひと)(ごう)の結晶だ」
「ケッ! ほざきやがるぜ……」
 毒突きを吐き捨て、再び雨天を仰ぎ見た。
 雷光(まと)う〈()〉と〈戦乙女(ヴァルキューレ)〉の連携に隙は無く、蛇竜はいいように翻弄され続けている。
「……阿呆が」
 と、不意に聞き捨てならないざわめきが耳に聞こえた。
「……スゴイ」
「何だ……あの〈怪物〉は?」
「あの巨大蛇と互角……いや、それ以上じゃないのか?」
 人質達であった!
(チィ!)
 意気が再燃している!
 それは(ロキ)にとって由々しき事態であった!
 徹底した恐怖によって畏敬を集め〈神力(しんりょく)〉を蓄える──その計画が水泡に()してしまう!
(冗談じゃねぇぞ! 全世界をオレの〈神力(しんりょく)〉へと還元する──そうすりゃ〈北欧(アース)神族(しんぞく)〉を……あの〈最高神(クソジジイ)〉ですらも下せるってのによ!)
「ロキィィィーーーーッ!」
 虚を突いた大鎌の奇襲!
 明後日の方向から斬り掛かってきた刃を、ロキは咄嗟(とっさ)に跳躍回避した!
「グッ?」
 頬に刻まれる浅い赤筋!
 距離を取った着地に顔を上げれば、黒衣の襲撃者はサン・ジェルマン伯爵と並び立つ!
「ヘル……テメェェェッ?」
「ロキ! 〝ダルムシュタッド領主〟の名に措いて、この混沌を終わらせる!」
「ふざけんじゃねぇぞ! この出来損ないが!」
「もはや理不尽な威圧は通じぬ! あの〈()〉が示してくれた──運命は変えられるもの(・・・・・・・)ではなく、変えるもの(・・・・・)だと!」
「チィィィ!」
 またアイツ(・・・)か!
 画策していた算段が総て狂わされた!
 たった一匹の〈怪物〉に!
 総て!
 総てッ!
 総てッッッ!
「……絶対(ぜってえ)に許さねぇ」
 自然と零れる呪怨。
 直後、サン・ジェルマン伯爵が声高に誇示をした!
それ(・・)は、やがて〈神〉さえも下すだろう! 嗚呼、それは〈生きている証〉だ(イッツ・ア・ライフ)!」
「ッ! テメェ?」
 呆然としていた民衆の意識が、一気に卿へと注がれる!
 歯噛みしたのはロキだ!
 まさか、このタイミングで駄目押しを(はか)るとは!
「何かね? 私は、ただ(うた)っただけだが? 親友(とも)との理想を……ね」
「テメェェェ……ッ!」
 ()()ける憤慨(ふんがい)にも動ぜずに、サン・ジェルマン卿は涼しく(うそぶ)くだけであった。
 肌で感じる──恐々と怯え震えていた愚民共から発散され始めた温かな光を!
 それは〈希望(・・)〉だ!
 早々に手を打たねばならない!
「何が〈生きている証(イッツ・ア・ライフ)〉だ……〈死〉を渇望(かつぼう)していた男がよォォォッ!」
生憎(あいにく)それ(・・)はやめたよ。〈()〉に教えられたのでね……生きるという事の価値(・・・・・・・・・・)を」
「ああっ?」
「私は生き抜く(・・・・)……親友(とも)生きた証(・・・・)としてね。例え、それが果てなく荒涼とした運命(さため)だとしても」
 涼しげな瞳に宿るのは、毅然(きぜん)たる決意!
 それは到底〈死〉を追い求めていた男とは思えぬ(ほど)の変貌ぶりであった!
(また、あの〈怪物〉か! どいつもこいつも……アイツ(・・・)に毒されやがって!)
 (つの)る憎悪!
 その(いきどお)りを〈神力(しんりょく)〉と転じ、悪神(ロキ)は肘立てた掌中(しょうちゅう)憎炎(ぞうえん)と燃やした!
「オレが殺してやる(・・・・・)よ……サン・ジェルマン」
「かつては永い時間(・・・・)を語らった仲だ。(おのれ)をぶつけ合うも悪くない」
 卿の掌中(しょうちゅう)に灯る炎!
 それは……命の炎(・・・)であった!
 
 

 蛇体は濁流(だくりゅう)と泳ぐ!
 豪雨に染まる黒天を葦野原(あしのはら)として!
「クッ! しつこい!」
 優雅な回避に大きく距離を取り、ブリュンヒルドは辟易(へきえき)と吐き捨てた。
 旋回に動く巨体は緩慢(かんまん)(ゆえ)()わすに苦難は無い。
 が、その持久力と執拗(しつよう)さは、正直うんざりしてきた。
「マリーには?」
 滞空に合流した相棒へ()()める。
「……会わない」
 敵の挙動を警戒視したまま〈()〉は淡白に返した。
「まだ、そのような事を……うわっと?」
 またも迫る鱗の鉄砲水を、大きく距離を保った離脱で回避する。
「御会いなさい! いましか無いでしょう!」
「ダメ」
「頑固者!」
「うん、頑固」
 相変わらずの朴訥(ぼくとつ)ぶりだ。
(マリーといい貴女(あなた)といい……まったく!)
 手の掛かる〝妹〟を二人(ふたり)(かか)えた気分である。
「いいから行きなさい! マリーは〝友達〟でしょう! 大好きな……大事な〝友達〟でしょう!」
「うん、だから会わない。マリーを、もう怖がらせたくない」
 (がん)とした意固地ぶりには、さすがに内心イライラしてきた。
 貴女(あなた)は、図体だけ大きい子供ですか……と!
友達(・・)なら〝仲直り〟をしなさい!」
「仲直り?」
「本当に〝友達〟なら、それで元通りです!」
「でも……」
「何です!」
「コイツ、ブリュド一人(ひとり)では無理」
「あ……」
 指摘の先には、忌々(いまいま)しい偏執(へんしゅう)が威嚇を向けている。
 確かに〈(かのじょ)〉の言う通りかもしれない。
 だが、それでも……!
()めないで下さい! 私は、誇り高き〈戦乙(ヴァルキュ)……」(くち)にして、ブリュンヒルドは言い直す──誇りのままに。「……貴女(あなた)親友(・・)です」
「ブリュド?」
「行きなさい! 悔いを残さないためにも! もしも従わないなら……」
「うん、従わなかったら?」
「……絶交です」
「それはイヤだ」
 本気で驚いた表情を浮かべる〈()〉に、ブリュンヒルドは淡い苦笑を(ふく)んだ。
 そして、優しく(さと)すように示唆(しさ)するのであった。
「だったら、御行きなさい」
「うん、わかった」
 眼下を探せば、その姿はすぐに見つけられた。
 いいや、例え何処であろうと見つけるであろう。
 その〝愛しい存在〟を……。
「……ブリュド」
「何です?」
「すぐ戻る」
 背中越しの要らぬ気遣いに、慈しみを微笑(ほほえ)む。
「持ちこたえますよ……絶対に」
「うん」
 そして、雷弾は降下に宙を蹴った!
 (のが)さじとばかりに追う蛇頭!
 だが、その追撃は渾身の一撃に(はじ)かれる!
 小型円盤盾(バックラー)を弾頭とした体当(たいあた)りであった!
 ()()りを鎌首と立て直して邪魔物を睨み据えれば、そこに立ちはだかるのは鬱陶(うっとう)しい〈戦乙女(ヴァルキューレ)〉の勇姿!
「行かせませんよ……誇り高き〈ブリュンヒルド〉の名に懸けて!」
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登場人物紹介

名前:名前は無い。

   便宜上〈娘〉と呼ばれている。

(NonName/CodeName is〈Daughter〉)


性格:

 朴訥。朴念仁。

 しかしながら、それらは繊細にして博愛的な性格故である。


特徴:

 轟く豪雷から生命を授かったオカルト科学による蘇生死体。

 電気ある限り不滅と言える生命力は、闇暦に於いても稀に見る特性である。

 己のレゾンデートルに苦悩し、それを見極めようと足掻いている。

名前:

 ブリュンヒルド

 (Brunhild)


性格:

 博愛的ながらも気高く勇猛。

 また〈ヴァルキューレ〉としての性質もあってか正義感や義務感も人一倍強い。

 一方で四角四面な愚直さは、時として融通の利かない頑固さへとして現れる。


特徴:

 北欧神話に語り継がれる〈ヴァルキューレ:戦乙女〉。

 主神〝オーディン〟の使徒として〈英雄〉の魂を北欧神界の宮殿〈ヴァルハラ〉へと導く使命に従事していた。

 神話時代の彼女はブズリ王家の王女であったが、壮絶な悲恋の果てに想い人〝英雄シグルズ〟の後を追って自害──ヴァルキューレへと転生した経緯に在る。

名前:

 サン・ジェルマン

 (Saint-Germain)


性格:

 常に沈着冷静で達観的分析観を宿す理知派。

 閑雅な自信にも満ち、実際、それだけの才覚を養っている。


設定:

 史実上にて時代を越えて出没している経歴が真しやかに噂されている怪紳士であり、その特性から〝不死身の男〟とも称される。

 ドイツ・ダルムシュタッドに聳える〈フランケンシュタイン城〉に〝ハリー・クラーヴァル〟の偽名で単身居城しており、主人公たる女性型人造人間〈娘〉を造り上げた創造主。

名前:

 ロキ

 (Loki)



性格:

 邪なる性格に歪んでおり、自己顕示欲と自信が異常に強い。

 突き詰めれば〝幼稚〟とも言えるが、そこに〈神〉としての強大無比さと持ち前の狡猾さが加わっているので、かなり厄介な災厄である。



特徴:

 北欧神話に名高い〈神〉であり、時として善にも悪にも染まる自由奔放なトリックスターとして知られる。

 アース神族の一柱でありながらも、その出生背景は神敵〈霜の巨人〉という特異な背景に在る。


 北欧神話の終末戦争〈神々の黄昏:ラグナロク〉の火種である事から開戦の時まで何処かへと封印され続けていたが、闇暦世界の顕現により確定未来軸までもが変質してしまい独自復活を果たす。

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