ありがとう Chapter.7

文字数 9,497文字


 白雷(びゃくらい)が黒雲の波間に猛り息吹く。
 その渦中にて〈雷命(らいめい)造娘(ぞうしょう)〉と悪神(ロキ)は対峙していた。
 これが……最後の闘いだ!
 〈神〉と〈科学(ひと)〉の!
「ヘッ、わざわざエネルギー源の中へ誘き寄せたってか?」絶対的な自信に酔いつつ、ロキは周囲の電蛇を蔑む。「(ちげ)ぇよ、バーカ! 乗ってやった(・・・・・・)のさ! 全力のテメェを完膚無きまでに叩き潰さなきゃ、(オレ)の気が済まねぇからな! ヒャハハハハハハッ!」
「そうか、ありがとう」
「……あん?」
「おかげで、オマエを叩き潰せる」
「てンめぇぇぇ……ッ!」
 ピキッと青筋を立てた。
 如何(いか)なる感慨すら(はら)まぬ率直な宣言は、そのまま〈(かれ)〉への侮辱でしかない!
「あの世で後悔しやがれェェェーーーーッ!」
 光矢の(ごと)き突進!
 みなぎる〈気〉を乗せ、繰り出す拳!
 が──「消えた?」──攻撃が当たったと思えた刹那、眼前にいた像は残像と消える!
 それは〈完璧なる軍隊(フォルコメン・アルメーコーア)〉との戦いで見せた高速移動!
 背後に出現した気配を察知し、ロキは咄嗟(とっさ)に両腕の交差にガードした!
「ふんっ!」
「グッ!」
 渾身の雷拳(らいけん)を間一髪で防ぐ!
 重い!
 その衝撃の余力は、ロキを数歩退かせた!
「まぐれが……続くかよォォォーーーーッ!」
 (かざ)(てのひら)から放たれる気弾!
「む?」
 顔面を捕らえた!
 しなやかな巨躯(きょく)が、()()りよろける!
 この(すき)を見逃すはずもない!
「ヒャハハハハハハッ! ヒャハハハハハハハハハハッ!」
 連射!
 連射ッ!
 連射ッッッ!
「ヒャハハハハハハッ! どうした? まだまだ、これからだぜ? ヒャハハハハハハハハハハッ!」
 最高だ!
 いくら浪費しようと尽きる事など無い!
 最高の生贄(バッテリー)だ!
 サン・ジェルマンは!
 濛々(もうもう)たる爆煙へ向けて、飽きるまで叩き込む!
 視界を埋める(かすみ)が〝雲〟か〝煙〟かは、もはや判らない。
 と──「何……だと?」──拡散に消える煙幕から現れたのは、無傷な〈()〉の姿であった!
 彼女の前にパリパリと弾ける微光の蟲──展開していたのは、不可視たる電気の壁〈電荷(イオン)バリア〉!
 高電圧の障壁が、気弾を電解拡散させたのだ!
「テメェ……結界魔術を?」
 神話の遺物が理解出来ようはずもない──人類の貪欲な吸収欲を! その罪深さを!
「ふむ? そういう使い方も、あるのか……」
 (おの)(てのひら)を眺め〈()〉は一顧(いっこ)を刻んだ。
 見様見真似で試す。
「ふんっ!」
 膨大な光弾が迫り来る!
 光弾(・・)
 (いな)、これは雷弾(・・)だ!
 自身には行使出来ない〈気〉に代えて、自在に操れる〈電気〉にて再現したのだ!
 またひとつ〈怪物(・・)〉は学習した!
「ざけんじゃねぇぞォォォーーッ!」
 迎え撃つ気弾!
 腹の底から絞り出す!
 ぶつかり合う巨光!
 呑むか──呑まれるか!
 凱歌を吠えたのは雷光!
 (おびただ)しい躍動を(まと)う巨弾が迫り来る!
「クソが!」
 忌々(いまいま)しさを噛んだロキは、頭上への跳躍で回避した!
 眼下を過ぎる光球をやり過ごすも、一息の間すら無い!
「ふんっ!」
「何ッ? グハァ!」
 背後に現れた〈()〉は、体重を乗せた後ろ回し蹴りをブチ込んだ!
 蹴り飛ばされる悪神!
(ふざけんじゃねぇぞ……下等な〈怪物〉風情が!)
 慣性に刻む自尊心(プライド)が虚空を()(とど)まらせる!
 (にら)()えるは、追撃に跳び迫る()
 雷光(らいこう)(まと)科学怪物(・・・・)
オレ(・・)は〈()〉だァァァーーーーッ!」
 (たけ)(くる)(いきどお)りを吠え、内在する〈気〉を──〈神力(しんりょく)〉を絞り出す!
 それは、遥か〈神話の時代〉から(むしば)んでいた〝心の闇〟であった……。



 天は嘆きに激情を噛み絞める。
 雷雨を狂わせる黒雲に、二対の激光が明滅を繰り返していた。
「……見えますか、ヘル?」
「……ああ」
 互いに満身創痍の身体を支えあい、戦乙女(ヴァルキューレ)と冥女帝は全貌知れぬ激戦を仰ぎ眺める。
「戦っています……彼女(・・)が! 私達の親友(とも)が!」
 低く(うな)る黒雲が、またも激しく発光した。
 ヘルは静かに噛み締め願う──自身でも背負いきれぬ酷な願いを。
(…………止めてくれ……父上を!)



 マリーは祈った。
 路地裏の入口から見守る天の威嚇(いかく)に……。
(神様、どうかお姉ちゃんを守って下さい……大好きなお姉ちゃんを…………)
 あの雷雲の向こうでは、どんな凄まじい光景が展開しているのであろうか?
 一際(ひときわ)大きい轟雷が弾ける!
 大地を震わす恐ろしい咆哮に、小さな肢体が畏縮に(すく)んだ!
 脳裏に浮かぶのは、反り血に染まりながらも暴力を止めなかった虐殺の雷人!
 大好きな〝お姉ちゃん〟に潜む、もうひとつの顔!
 やはりあの時(・・・)の恐怖が甦り、カタカタと震える身体をギュッと抱き締めた。
 ドス黒い悪夢が、少女の足腰から(ちから)を吸い取っていく。
 それでも──「ずっと見てるよ、お姉ちゃん……見守っているよ……だから、帰ってきて…………」──確固たる決意に奮起して、遥か果てに見えぬ戦いを正視した。



 もはや普通の天候現象でない事は、街人達の目にも明らかであった。
 そして、同時に察していた……あの黒きヴェールの内側で()が起こっているかも。
「な……何なんだ? あの〈女怪物(・・・)〉は?」
「あのとんでもない〈ロキ〉と互角にやりあってるのか?」
「いったい……何者なんだ?」
 ざわめき戸惑う群衆。
 その困惑に答える者が、彼等の背後から進み出た。
「知りたいか? あの〈()〉が、戦う理由を……」
 一同の注視が向けられる先に居たのは、卑しい容姿のせむし男──アイゴールであった。



「ぅがあああぁぁぁーーーーッ!」
 光速が迫る!
「クソがァァァーーーーッ!」
 迎撃に踏み込むロキ!
 雷拳(らいけん)気拳(きけん)が、ぶつかり合う!
 周囲に踊り狂うエネルギー反発!
「何なんだ! テメェは! 何故、そこまでして人間共に荷担する! テメェだって(うと)まれて生きてきたんだろうが! それを……何故だ! 何の得がある? ああっ?」
「……友達(・・)がいる」
「な……何ィ?」
「……生命(いのち)()る!」
「だから……何だってんだ!」
 苛立(いらだ)ちをエネルギーに転化した!
 膨れ上がる気!
(ぬく)もりがあるッ!」
 ならば、呑み返す!
 辺り一帯から雷電を呼び込んだ!
(いかづち)を喰らいやがるか!」
「無尽蔵なのはオマエだけじゃない!」
「ッ! テメェ、サン・ジェルマンを取り込んだ事をッ?」
 ふと予感を覚えた。
「ま……まさか?」
 何故、サン・ジェルマンは〈気〉の種明かしをした?
 何故、ヤツは気弾ではなく接近戦に重きを置いていた?
 その特性を明かさねば、(きょ)を突く事も出来た!
 即興的に取り込んだ自分が〈気弾〉を放てる以上、サン・ジェルマンがその攻撃法(・・・・・)を知らぬはずがない!
「まさか……謀られた(・・・・)ってのか!」



「受肉?」
 サン・ジェルマン卿の奇策を耳にして〈()〉は怪訝(けげん)そうに(たず)ね返した。
 樫卓で揺らぐ燭灯(しょくとう)に照らされ、対面に座す精悍が柔らかく微笑(ほほえ)む。
「錬金術師が、何故〈金〉の創造へ血眼(ちまなこ)となるか……解るかね?」
「富を得たいから?」
 俗説を鵜呑みにしている〈()〉に、サン・ジェルマン卿は苦笑しつつ首を振る。
「それは〈鞴吹(ふいごふ)き〉と呼ばれる(やから)──自称だけ〈錬金術師〉を名乗って、貴族(パトロン)から泡銭(あぶくぜに)を吸い取ろうとする山師(・・)さ」
「そうか。じゃあ知らない」
「旧暦中世まで〈金〉は〝完璧なる金属〟とされていた。その中に不純物が混じっていれば〈銀〉〈水銀〉〈銅〉〈鉄〉とランクが下がる。つまり〈金〉とは〝一切の不純物が混在していない究極の金属〟とされていたのだよ。そして〈錬金術師〉の目的は〈金〉そのもの(・・・・)ではない。〈金〉を生み出すプロセス(・・・・)の方なのさ」
「プロセス? 何の(ため)に?」
「不純物が混在しているとされている〈銅〉や〈鉄〉から〈金〉を生み出すには、どうすればいいと思うね?」
「総ての不純物を除外する?」
「そうだ。そして、そのプロセスを〝人間〟に応用しようと試みていたのさ」
「人間に? どうして?」
「……〈神〉となる(ため)に!」
「ッ!」
 一際(ひときわ)大きな稲光が、神の威嚇(いかく)(とどろ)く!
 庭に生えていた〝オークの大樹〟が裂かれ燃えた!
 落雷である。
 (あたか)も〝人間(ひと)(ごう)〟を糾弾するかのような……。
 (しば)しの沈黙──ややあってサン・ジェルマン卿は浅い苦笑に思惑を(つむ)いだ。
「その逆プロセスをロキ(・・)へと応用する」
「ロキに? どうやって?」
()取り込ませる(・・・・・・)……」
「ッ!」
 息を呑む〈(ドルター)〉!
 それは、あまりにも残酷な奇策!
「逆論で言えば〈神〉が受肉をするという事は不純物(・・・)が混在するという事──つまりは劣化(・・)だ。ともすれば、(きみ)にも勝機は生まれる」
「その……後は?」
「……心配は要らないよ〈(ドルター)〉? ()は示してくれた──フォンも、エリザベスも、生きている(・・・・・)と」
 そう(いつく)しみに言って、愛しい〈()〉の頭を胸に抱き寄せた。
(きみ)守りたい者(・・・・・)(ため)に生きなさい……(おのれ)(おのれ)()るために…………」
 自分(・・)には叶わなかった……。
 ならば、()が〈()〉に託そう……。
 不死と定命が共存できる未来(せかい)を…………。



「ロキィィィーーーーッ!」
 渾身(こんしん)雷拳(らいけん)に総てを乗せる!
 (つちか)った信念を!
 (はぐく)んだ愛を!
「誰も愛せない者が、誰かに愛されるわけがないだろう!」
 右頬を打ち貫く痛み!
「他人を愛せない者が、自分を愛せるわけがないだろう!」
 左頬に刻まれる痛み!
 打つ!
 打つッ!
 打ち抜くッッッ!
 想いを乗せた拳は、(まと)(いかづち)よりもそれ(・・)自体が痛かった!
(クソが!)
 (いら)()つ。
(クソがッッッ!)
 腹立たしい!
(何故、死なねぇ!)
 世界に(うと)まれた──。
 万人に忌避された──。
 そして、()われなき嫌悪を浴びせられ続けた────。
 この上なく似通った環境に足掻(あが)き苦しみながらも、その着地は真逆であった。
 だから、見えてしまうのだ……この〈()〉の姿に重なる己自身(・・・)が!
 かつて心の奥底に封殺したはずの自分(・・)が!
 殴打に浴びせられる〈()〉の糾弾は、自分自身(・・・・)からの糾弾であった!
 神話時代に殺したはずの良心の亡霊(・・・・・)であった!
(殺したはずだ……遠い昔に……殺したはず(・・・・・)だろうが! 俺自身(テメェ)はよ!)

 ──成程……(きみ)にも罪悪感(・・・)があったというわけか?

(サン・ジェルマンッ?)

 ──だから他者を軽視して認めようとはしない……自分自身から目を背けるために。

(黙れ! クソが! ブッ殺すぞ!)

 ──我々(われわれ)と同じく、憐れな魂だったのだな……(きみ)も。

(黙れ! 黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 黙りやがれ!)

 ──だが、ロキよ……(きみ)と──いや、我々(われわれ)と〈(かのじょ)〉の差は『世界の──愛の重さから目を(そむ)けた』か『愛の重さにしがみついた(・・・・・・)』かの差なのだよ。

「うるせぇって……言ってんだろうがァァァーーーーッ!」
 激情の暴走に〈神力(しんりょく)〉が荒れ狂う!
「むぅ!」
 咄嗟(とっさ)に〈電荷(イオン)バリア〉で防ぐも、エネルギー斥力に〈()〉は弾き飛ばされた!
 滞空に踏み留まり敵を見据える。
 荒げた息遣いに立ち尽くすロキからは、満身創痍が(うかが)えた。
 さりながら臨戦意思に減衰は無い。
 ともすれば、次が最期の一手(・・・・・)と考えて間違いないだろう──決着の時だ!
「ハァ……ハァ……クソが!」荒げる呼吸に呪怨が()()ける。「……認めてやるぜ〈怪物(・・)〉? テメェは、このオレが全身全霊で(たた)(つぶ)さなきゃならねぇ()だってな!」
「そうか、ありがとう」
「ああっ?」
「オマエは、()を認めてくれた」
「ほざくんじゃねぇぇぇええーーーーッ!」
 吠える憤慨(ふんがい)に、ありったけの〈神力(しんりょく)〉を(たぎ)らせる!
 弱体化に心許(こころもと)ないなら〈()〉だ!
 (おのれ)の内に満ちる総てを振り絞る!
 それだけの相手だ!
 全身全霊を(もっ)(たた)(つぶ)さねばならぬ害敵だ!
「ハァァァアアアーーーーッ!」
 それは〈()〉にしても同じ事!
 憎しみも私怨も無いが、この男(・・・)は倒さねばならない!
 愛すべき人間の──(いな)、マリーの明日(みらい)(ため)に!
 なればこそ貪欲に喰らおう!
 周囲に漂い眠る幾多もの雷電を!
 黒雲の内部を闘技場(パンクラチオン)として、二対のエネルギー球塊(きゅうかい)(まばゆ)奔流(ほんりゅう)威嚇(いかく)咆哮(ほうこう)させた!
 瞬発の突撃!
 双方同時に繰り出す特攻!
「ロキィィィイイーーーーッ!」
「怪物風情がぁぁぁあああーーーーッ!」
 輝拳がぶつかり咬み合う!
 圧し合う力点が奔流(ほんりゅう)を放出する!
 拮抗する超常力(ちょうじょうりょく)
 科学(・・)()
 この激戦を制したのは──「がふっ!」──血反吐(ちへど)を吐いた!
 悪神(ロキ)の腕が〈()〉の腹へとブチ込まれていた!
 空いた左腕を用いた奇襲であった。
「残念だったな、怪物?」
「ぐ……ぅ!」
 忌むべき槍を両手掴みに抑える〈()〉。
「ヒャハハ……まともに相手すると思ったかよ?」
「ふぅ! ふぅ!」
 荒げる呼吸に狡猾を(にら)()えた。
 乱れた髪から(のぞ)呪視(じゅし)は、ゾッとする鬼気を(はら)みながらも美しい。
 ロキの左腕を抑える両手に(ちから)が込められる。
 ガッツリとした握力は指先を食い込ませた。
「……終わりだな、怪物? このまま、ありったけの〈神力(しんりょく)〉を──いや、現状(いま)は〈気〉か──を注ぎ込めば、さすがのテメェも御陀仏だろうよ」
「あり……がとう……」
「あん?」
「この瞬間(とき)を狙っていた……オマエが、私と強固に密着する瞬間(・・・・・・)を!」
「な……何ッ?」
「ぅがあああああぁぁぁぁぁーーーーッ!」
 獣が吠えた!
 死人が雄叫びを叫んだ!
 全身が(おびただ)しい発光を帯び、その姿は球電そのものと思えるかのような光源だった!
「テ……テメェ! 何をッ?」
 戦慄が(ロキ)を呑み込む!
 恐怖が災厄(ロキ)を支配する!
 怖れるべきは眼前の〈()〉ではない!
 その効果だ!
 魂そのものを吸引するかのような感覚!
 間違いない……コイツ(・・・)は喰らっている!
 気を──生命力を──オレに内在する全エネルギーそのもの(・・・・・・・・・・・・・・・・・)を!
「電気は〈生命〉の源だ! だからこそ、電荷によって再生が叶う!」
「テメェ! 放しやがれ!」
 自由な右腕で殴り掛かるロキ!
 ひたすらなる殴打!
 が──(足りねぇ?)──明らかにパワーが不足していた。
 急速に生命力(エナジー)を奪われている!
「そして、()電気を食らう怪物(・・・・・・・・)だ!」
「うぉぉぉッ? は……放しやがれ!」
 発光が微々と激しさを増してくる!
 それ(・・)()を意味しているのか……現状(いま)のロキには把握出来た!
 還元されているのだ!
 (おのれ)生命力(エナジー)を!
 この〈(かいぶつ)〉の生命力に!
「それは、つまり応用すれば……生命力そのもの(・・・・・・・)を吸収出来るという事! ありとあらゆる生命(・・)()と喰らえるという事! 解るか? この世の、ありとあらゆる生命(・・)は、私の()という事だ!」
「テ……テメェ! テメェらは、最初(ハナ)から、その算段で受肉をッ?」
 それは、この〈()〉にしか行使できない特異性──(みずか)らの〝操電能力〟と〈サン・ジェルマン細胞〉との(あわ)(わざ)であった。
「受肉したオマエは、もはや〈()〉ではない! 私と同じ〈怪物(・・)〉だ! 同じ〈怪物(・・)〉なら、私が負けるはずもない!」
「ッざけんな! オレ様は〈()〉だ! 唯一無二の──」
「〈怪物(・・)〉なんだ! ()も! オマエ(・・・)も! この闇暦世界(・・・・)の一端でしかない! 忌み嫌われる(・・・・・・)怪物(・・)〉に過ぎない!」

 それ(・・)を知るという事は、ますます〝人間〟から掛け離れるという事──サン・ジェルマン卿は、そう言った。
 それでも構わないと〈()〉は言った。
 どう足掻(あが)こうと、自分は〈怪物(・・)〉だ。
 溝が埋まるはずもない。
 ならば望むは、ひとつだけ──たったひとつの想いだけ。
 あの子(マリー)明日(みらい)だけ──。

(クッ! こうなったら、ありったけの〈神力(しんりょく)〉と〈()〉をブチ込んでやる! 魂の底から!  後先なんざ知った事か!)
 いつぞやの再演の如く〈()〉の顔面へと(てのひら)(かざ)した!
 なけなしの(パワー)とはいえ、ここまで至近距離からならば起死回生の一撃と機能するはずだ!
 が──(させないよ)──一際(ひときわ)大きく脱力感が支配する!
 自分自身の内にいる別人(・・)からの横槍であった。
「クソがぁぁぁあああーーーーッ! サン・ジェルマァァァーーン!」
「……いま返して(・・・)やる」
 取り込んだ生命力(・・・)電気(・・)へと一気還元する!
 (おびただ)しい雷蛇が〈(かのじょ)〉から生まれ、食らいつく相手を盲目に探り暴れた!
 青白い光を発する巨躯(きょく)を核として、生命(いかずち)の鼓動が具現化する!
 そして──「生命讃歌(イッツ・ア・ライフ)ッッッ!」──眩い光球が弾けた!
 白き閃光が総てを呑み染める……。
 黒雲も……。
 轟雷も……。
 黒天さえも…………。



 穏やかな丘陵に寝そべり、ロキはフラストレーションを吐き捨てた。
「チッ! クソが……」
「よぉ、ロキ? 此処にいたのか?」
「ああっ?」
 頭を上げれば、粗暴な髭面(ひげづら)が立っていた。
 筋骨隆々とした巨躯(きょく)の男だ。
 ()れど、(いか)つい面構えのわりには、豪気な破顔が人好きを誘う。
「……チッ! トールかよ」
 雷神〈トール〉──唯一の親友である。
 神敵〈霜の巨人〉の出自と知りながらも、ロキを対等に構える唯一の〈北欧(アース)神族(しんぞく)〉だ。
「また何かやらかしたのか?」
 脇に腰を下ろしたトールは、苦笑(にがわら)いに語り掛けてきた。
「……ケッ!」
 ふてた一瞥(いちべつ)に、ロキは(ツバ)明後日(あさって)へと吐き捨てる。
「どいつもコイツも気に入らねぇんだろうよ! このオレ様が〈霜の巨人〉でありながらも〈北欧(アース)神族(しんぞく)〉の一員だって事がよ! それも随一(ずいいち)の実力者だからな……やっかみ(はら)みの嫌悪ってヤツだ」
「確かに我々(われわれ)北欧(アース)神族(しんぞく)〉にとって〈霜の巨人〉は永遠の神敵だ。偏見は根深いが……」
「以前はよ? オレとしても信頼を勝ち取ろうと思って必死コいてたさ。オメェの雷鎚〈ミョルニルハンマー〉や最高神(クソジジイ)の神槍〈グングニル〉を、わざわざ手に入れてやったりもよォ……。だが、結局はどうだ? どこまでいっても、()(もの)・鼻つまみ者じゃねぇかよ……ケッ、面白くねぇ!」
「フム……」トールは少々困惑を苦虫に、丘陵眼下の緑原(りょくはら)を眺めた。「オレからも機会ある(ごと)に言ってはいるのだがな。アイツは、もはや〈霜の巨人〉ではない。立派な〈北欧(アース)神族(しんぞく)〉だ……と」
「……()らねぇよ、クソ寒い同情なんざ」
 腕枕の仰臥(ぎょうが)に白雲が流れる。
「なぁ? ロキよ?」
「あん?」
()ねるのも構わん……(うと)むのも構わん……嫌悪も構いはせん…………だが、歪んで(・・・)はくれるなよ?」
「ああ?」
「そうなったら……オマエが〈厄神〉と堕ちたら……オレは、オマエをブチのめさにゃならん」
「…………」
「…………」
 (しば)し視線を()わした(のち)、ロキは「ケッ!」と寝返りに背を向けた。
「……そん時ァ、楽しみにしてやるよ」
 互いに(たずさ)える苦笑。
 抜ける風が萌える緑を撫で去った。

 ()の『北欧光神(バルドル)殺害』の二日前の一幕であった。

 この後、ロキは〝バルドル殺害の重罪〟にて拘束封印される事となる。

 総ての神族から祝福と讚美を謳われる光神……。
 (おの)が身と対極に()それ(・・)が気に入らなかった。



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登場人物紹介

名前:名前は無い。

   便宜上〈娘〉と呼ばれている。

(NonName/CodeName is〈Daughter〉)


性格:

 朴訥。朴念仁。

 しかしながら、それらは繊細にして博愛的な性格故である。


特徴:

 轟く豪雷から生命を授かったオカルト科学による蘇生死体。

 電気ある限り不滅と言える生命力は、闇暦に於いても稀に見る特性である。

 己のレゾンデートルに苦悩し、それを見極めようと足掻いている。

名前:

 ブリュンヒルド

 (Brunhild)


性格:

 博愛的ながらも気高く勇猛。

 また〈ヴァルキューレ〉としての性質もあってか正義感や義務感も人一倍強い。

 一方で四角四面な愚直さは、時として融通の利かない頑固さへとして現れる。


特徴:

 北欧神話に語り継がれる〈ヴァルキューレ:戦乙女〉。

 主神〝オーディン〟の使徒として〈英雄〉の魂を北欧神界の宮殿〈ヴァルハラ〉へと導く使命に従事していた。

 神話時代の彼女はブズリ王家の王女であったが、壮絶な悲恋の果てに想い人〝英雄シグルズ〟の後を追って自害──ヴァルキューレへと転生した経緯に在る。

名前:

 サン・ジェルマン

 (Saint-Germain)


性格:

 常に沈着冷静で達観的分析観を宿す理知派。

 閑雅な自信にも満ち、実際、それだけの才覚を養っている。


設定:

 史実上にて時代を越えて出没している経歴が真しやかに噂されている怪紳士であり、その特性から〝不死身の男〟とも称される。

 ドイツ・ダルムシュタッドに聳える〈フランケンシュタイン城〉に〝ハリー・クラーヴァル〟の偽名で単身居城しており、主人公たる女性型人造人間〈娘〉を造り上げた創造主。

名前:

 ロキ

 (Loki)



性格:

 邪なる性格に歪んでおり、自己顕示欲と自信が異常に強い。

 突き詰めれば〝幼稚〟とも言えるが、そこに〈神〉としての強大無比さと持ち前の狡猾さが加わっているので、かなり厄介な災厄である。



特徴:

 北欧神話に名高い〈神〉であり、時として善にも悪にも染まる自由奔放なトリックスターとして知られる。

 アース神族の一柱でありながらも、その出生背景は神敵〈霜の巨人〉という特異な背景に在る。


 北欧神話の終末戦争〈神々の黄昏:ラグナロク〉の火種である事から開戦の時まで何処かへと封印され続けていたが、闇暦世界の顕現により確定未来軸までもが変質してしまい独自復活を果たす。

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