ありがとう Chapter.6

文字数 6,598文字


「マリー……」
「お姉……ちゃん……」
 その胸に顔を(うず)めて泣きじゃくる少女を〈()〉は優しい包容に撫で続けた……「いい子、いい子」と。
 街路から外れた路地裏──。
 我が身には御似合いの汚ならしい掃き溜まり──。
 だが、現状(いま)だけは、それさえも楽園(エデン)と思えた。
 外界では〈()〉が生んだ虚に乗じて、人質達が逃げおおせる喧騒が続いている。
 些末(さまつ)な騒音だ。
 気にする(ほど)ではない。
 この幸福(しあわせ)に比べたら……。
 (のろ)われし巨躯(きょく)は壁に背を預けて(うずくま)り、小さき無垢を包むかのように()(かば)い続けていた。
 (さなが)ら、世界中の(けが)れから守ろうとするかのように……。

 やっと抱きしめられた……。

 ずっと、こうしてあげたかった……。

 どんなに望んでいただろうか……。

 この小さな温もりを……。

 優しい時間が戦場に流れる……。

 嗚呼、時間が止められたら…………。

 だが、いつまでも、こうしてはいられない。
 向かわねばならない──決着に!
 だから、伝えよう。
 大好きな〝友達〟に。
「……マリー、ごめん」
「お姉ちゃん?」
 涙に腫らした目を向けて、マリーは不思議そうな表情をしていた。
 その(いと)しさへ〈()〉は、穏やかな微笑(ほほえ)みを注いだ。
「何が……ゴメンなの?」
「うん、三つの〝ゴメン〟がある」
 後れ毛を鋤き揃えてあげながら言う。
「一つ目の〝ゴメン〟は、怖い思いをさせてしまった事」
「パレードの日の事?」
「うん」
「ううん、もういいの」
「マリー?」
「わたしの方こそゴメンね? お姉ちゃん、わたしを守ろうとしてくれただけなのに……」
「マリー、怖くなかった?」
「ううん、怖かった」
「……そうか」
 素直で無垢な答えに、二人は淡い苦笑をクスッと(まじ)える。
「もう一つの〝ゴメン〟は……これから私は、また〝怖く〟なる」
 その言葉を聞いた時には、さすがにマリーの表情も強張った……一瞬ではあるが。
「それって、またあの時(・・・)みたいになるって事なの?」
「そう」
「あの〝悪い人〟を、こらしめる(・・・・・)ために?」
「うん、そう。だから、私を見ないでほしい」
 頬を撫でてあげる。
 一房の温かさであった。
 大きな手には繊細な柔らかさであった。
「何で? 怖いから?」
「うん」
「平気よ!」
「マリー?」
 思いもよらない拒否に〈()〉は目を丸くする。
 ()れど、(つぶら)らな正視は(がん)とした意志に言うのだ。
「怖くても見る! わたし、お姉ちゃんを見守っている!」
「ダメ、怖い」
「平気だってば!」
「ダメ、もっと怖い」
 頑固な意固地同士が譲らない。
 互いに〝大好きな相手〟を想うからこそ……。
 さりとも、軍配は幼女の方へと味方する。
「だって、お姉ちゃん(・・・・・)だもの! どんなに怖くなっても、お姉ちゃん(・・・・・)だもの! 大好きなお姉ちゃん(・・・・・)だもの!」
 ようやくにして、マリーは告げる事が出来た。
 ずっと伝えたかった想いだ。
 この本心だけは、どうしても伝えたかったのだ。
 そして、その言葉は〈()〉の心に染み入り、仰ぐ雷天に持て余す激情を噛み締めていた。
(嗚呼、許されるのか……こんな幸せが…………)

 狂気に造られた〈(いのち)〉──。

 歪んだ愛情の結晶たる〈(ドルター)〉──。

 人間達に嫌われる〈(モンスター)〉──。

 存在を望まれぬ〈(たましい)〉──。

 そんな〈(わたし)〉が、愛されてもいいのですか?

 そんな〈(わたし)〉が、愛してもいいのですか?

 世界よ────。

「……分かった」
 噛み締めた想いを胸の奥底へと大切に仕舞い込み、慈しみにマリーを立たせる。
 そして、ゆるりと身を起こすと、再び大通りへと向かうべく()を刻んだ。
 固い意志を踏み締める巨躯(きょく)は、一転して力強(ちからづよ)さを(じゅく)させている!
「あ、待って! お姉ちゃん、最後のひとつ(・・・)は?」
 背中越しの()い掛けに足が止まる。
 ややあって振り向いた顔には微笑(びしょう)が刻まれていた。
 優しくも(うれ)いを(ふく)んだ美しい微笑(ほほえ)みが……。
 それが〈(かのじょ)〉の返答(・・)であった。

 倒すべき相手は〈神〉!
 これから身を投じるのは……死地(・・)だ!




 ぶつかり合う拳!
 激しい〈神力(しんりょく)〉か!
 (ちから)(づよ)き〈生命(いのち)〉か!
 斥力を(つぶ)して反発を咬むエネルギー!
 ロキとサン・ジェルマン卿の闘いは互角と言えた!
「意外だな……サン・ジェルマン! テメェは、てっきり知略派だと思っていたぜ?」
「東洋武術には〈気〉という概念がある。(おの)が〈生命力〉と〈精神力〉を源泉とし、現実的な(ちから)へと転化させる(すべ)だ……」
「だったら何だ!」
「つまりは、本質的に〈神力(しんりょく)〉と近しいという事だ!」
 (はじ)きあう!
 地面の後退(あとずさ)りを踏み止まり、両者は相手を(にら)()えた!
「……クソが!」
 腹立たしさを吐き捨てるロキ。
 コイツといい、あの〈()〉といい……何故、こうも〈神〉たる自分と渡り合えるヤツがいる!
 それも〈科学〉だ〈錬金術〉だと〝神の(ことわり)〟から外れたヤツラが!
「ロキィィィーーッ!」
 右頭上から斬り掛かって来る奇襲!
「チィ!」
 逸早(いちはや)く殺気を察知すると、ロキは上体ずらしの紙一重にて(やいば)()わした!
「すっこんでろ!」
 (ひだり)掌中(しょうちゅう)に発生させた〈神力(しんりょく)〉の(かたまり)を、(ヘル)の腹へと叩き込む!
「ぐふっ!」
 短い苦悶を吐いた!
 憎悪(ぞうお)(こも)るパワーに(はじ)かれ、ヘルは逆転したベクトルへと吹き飛ぶ!
 (いな)、厳密には(みずか)ら後方跳躍に(ちから)を受け流してダメージを軽減したのだ!
 そのまま合流するかの如く、サン・ジェルマン卿の(かたわ)らへと着地した!
 二対一の図式が、牽制(けんせい)(にら)()う。
(サン・ジェルマンの野郎、人間共に微かな希望を与える事によって、オレの〈神力(しんりょく)〉を微々ながらも弱体化させやがった。おまけに、ヤツラを保護しようとする〈冥女帝(ヘル)〉には〝畏敬〟が集まり始めてやがる)
 パワーバランスの均衡化……それこそがサン・ジェルマン伯爵の狙いであった。
 それでも()だロキに軍配が上がるのは、そもそもの底値が高いからだ。
 たがしかし、この闘いが長引くのは得策ではない。
(こんな様を見りゃ、ますますオレへの〝畏敬〟は失墜し、逆に〈冥女帝(ヘル)〉の株は上がる。やがては完全にトントンだ……いや、最悪、逆転すらありえる)
 そして、小賢(こざか)しいのは、サン・ジェルマン卿自身は討とうとしていない事である。
 ヘル以上に戦闘慣れしているにも(かか)わらず……だ。
(あくまでもヘルを立てて、自分(テメェ)脇役(サポート)に徹するってか。そうすりゃオレを確実に疲弊させる事が出来て、ヘルの勝率は(さら)に上がるもんなぁ? おまけに畏敬差も、ますます開くときた)
 付け焼き刃にしては、よく練られた策である。
 腹立たしい。
(このままじゃジリ貧……何とか手を打たねぇとよ。手っ取り早く〈神力(しんりょく)〉を増やす方法を……)
 対峙に構える敵を交互に観察する。
 と、持ち前の狡猾さが冴えを見せた。
(……一か八か、やってみるか)
 正直、気乗りはしない。
 それ(・・)を実行するという事は、(みずか)らの〈神格〉を下げてしまうという事なのだから。
 が、背に腹は代えられないのも事実だ。
(どうせ闇暦(あんれき)の世だ……永続的な闇に遮蔽(しゃへい)された世界じゃあ、いまさら〈神界〉もクソも無ぇか)
 腹を据えた。
 胸中に涌く邪笑は噛み殺す。
 姦計(かんけい)を悟られてはならない。



 怒濤(どとう)と襲い来る(あぎと)
 ヨルムンガンドの執念は、ひたすらにブリュンヒルドを追尾し続ける!
「しつこい! これだから〈蛇〉というものは!」
 優雅な旋回に()けながらも、さすがに()れてきた。
 無理もない。
 反撃手段が無いのでは好転などありはしない。
(せめて神槍(しんそう)さえ使えれば……!)
 歯痒(はがゆ)さに握り締めた武器へと視線を落とす。
 仮に〈神力(しんりょく)〉を込めたとて、所詮は下界の凡庸武具だ。
 ()してや、あの超巨体である。
(保っても一撃(いちげき)二撃(にげき)……最悪、ダメージすら与えられずに朽ちるでしょうね)
 だからこそ、使用を躊躇(ちゅうちょ)していた。
 気休めの急造武器とはいえ、この大怪物に丸腰で挑む無謀さなど持ち合わせていない。
 思考に意識を泳がせたのは一瞬である。
 が、狡猾なる敵は好機を見逃さなかった!
 大きな湾曲に向き直る蛇頭(じゃとう)
 確かに距離はある。
 到達までに、またも間合いを計られるだろう。
 だが、飛び道具(・・・・)ならどうだ!
「シャ!」
 毒液!
 それを戦乙女(ヴァルキューレ)へと向けて吐き出した!
「しまった!」
 咄嗟(とっさ)の横跳びに()わすも、その動作がロスとなる!
 開く口腔(こうこう)が至近距離まで攻め詰めていた!
牽制(けんせい)を?」
 姦計(かんけい)を悟るも、(すで)に遅い!
「キシャアァァァーーーーッ!」
「クッ!」
 渋っている(ひま)など無い!
 迎撃せねば()られる!
 意を決して急造(きゅうぞう)神槍(しんそう)での特攻を繰り出した!
(せめて、効果的な部位を!)
 本能的に身体が動いた!
 目だ!
 目を狙う!
 刺突!
 突進の勢いと渾身の体重を乗せた刺突!
「ギシャアァァァァァアアアグッ!」
 鼓膜を破るかと思える咆哮が、甲高い悲鳴と響き渡った!
 激痛に暴れ狂う上体が、(つぶ)された右目から血飛沫(ちしぶき)と体液を撒き散らす!
 地表へと落ちたそれ(・・)は、付着した建物を(うみ)に朽ちさせていた!
「毒素? 何という猛毒!」
 使い捨ての槍を手放したブリュンヒルドは、離脱に眼下の惨状を見定めゾッとする。
 おそらく毒液と同じ成分なのだろう。
 もしも、それ(・・)を浴びていたとしたら!
 改めて先の槍を見れば、ブスブスと(ただ)()ち始めていた。
 (おのれ)の末路だったかと想像すると、改めて戦慄を覚える。
「ですが……これで、こちらも打つ手は無し…………」
 再認識を()いる現実。
 強く噛み締めるのは絶望か焦燥か。
「どうやって……どうやって倒せば…………」
 明答の見えない思索を巡らせる。
 憤怒(ふんぬ)蛇瞳(じゃどう)(にら)み据えてきた!
「キロキロキロッ!」
 チロチロと踊る二股舌が、生理的嫌悪を触発する。
「クッ!」
 小型円盤盾(バックラー)を身構え隠れる戦乙女(ヴァルキューレ)
 気休めでしかない。
「キシャアァァァーーーーッ!」
 鎌首を勢いと転じて、鱗樹(りんじゅ)が襲い来る!
 洞穴と開けた口腔(こうこう)
 白亜の鍾乳石から(したた)るは、はたして唾液か毒か!
「クッ! 最高神(オーディン)よ!」
 祈りを盾に乗せる!
 それが何にもならぬであろう事は承知だ。
(最悪の場合、ヤツの体内から〈神力(しんりょく)〉を全開放するしか!)
 玉砕覚悟の自爆を決意した。
 らしくない……が、それでコイツ(・・・)を道連れにできるなら!
 それで人々を救えるなら!
 そして、それで親友(・・)を──〈()〉を援護できるなら……。
(後は……頼みましたよ)
 脳裏に浮かぶ優しい醜美(しゅうび)へと微笑(ほほえ)む。
 卒爾(そつじ)

 ──ザンッッッ!

 両者を(へだ)てるかの(ごと)く、闇空より〝光の柱〟が立った!
 それは虚を突いた顕現(けんげん)に、大蛇の鼻頭を斬り裂く!
「キシャアァァァーーーーッ?」
 刻まれた激痛を仰ぎ吠えた!
 一方、謎の光はブリュンヒルドの眼前に集束していく。
 これ(・・)()なのかは解らぬが、凄まじい〈神力(しんりょく)〉である事だけは把握した。
 そして、やがて形を()した正体に、ブリュンヒルドは驚嘆するのであった!
「これは……魔剣〈グラム〉?」
 見間違うはずもない!
 かつて〈赤竜(ファブニル)〉を倒した剣だ!
 かつて、(おのれ)が自害に(もち)いた剣だ!
 そして……かつて愛した英雄(かれ)の魔剣だ!
(嗚呼、シグルズ……)
 込み上げる想いのまま手に取る。
 刀身の内に(たぎ)る〈神力(しんりょく)〉は荒々しい!
「これなら……いける!」
 力強く(くち)にする。
 直感ではない……確信だ!
 だから、戦乙女(ヴァルキューレ)は高く飛翔した!
 蛇竜の頭頂よりも高く!
 両手構えの魔剣を振り構え、激痛に躍り狂う巨柱を凛とした正義に睨み据える!
「タアァァァアアアーーーーーーッ!」
 振り下ろされる刃!
 刀身から放たれる膨大な光は〝巨人の剣〟と世界を裂き、恐るべき神敵(しんてき)を唐竹と割った!
「キ……シャァ……ア!」
 断末魔さえも呑み込む〈神力(しんりょく)〉!
 血飛沫(ちしぶき)すら噴散させずに消滅させていく熱!
 ()くして、()むべき魔獣は(ほうむ)られたのだ。
 確約された運命〈神々の黄昏(ラグナロク)〉ではなく、不確定な現実〈闇暦(あんれき)〉の流動にて……。

 激戦の余韻(よいん)へと浸る戦乙女(ブリュンヒルド)は、ややあって(まぶた)開いた美貌(びぼう)を闇空へと向ける。
 ()れど、見据えるは遥か先だ。
「……見守っていてくれたのですね、シグルズ」
 胸の奥にて〈愛〉を噛み締める。
 いつかは会える──そう信じていた。
 例え、どのような形であっても……。
「いま(しばら)く、この魔剣は御借りします。この世界が……この闇暦(あんれき)の世界が晴れるまでは…………」続ける言葉に〈悲恋の王女〉は頬を濡らして微笑(ほほえ)む。「その時は……その時は、また私を愛してくれますか?」
 果てなく深い黒雲は、純情なる愁訴(しゅうそ)さえも(さえぎ)る。
 それでも、乙女(ブリュンヒルド)は約束を風に乗せた。
 きっと再会できる……いつかは。



「馬鹿な! ヨルムンガンドが()られただと?」
 (しん)(がた)い現実に、ロキは驚愕した!
 有り得ぬ事態だ!
 あってはならない事態(・・・・・・・・・・)だ!
 まさか〈神魔狼(フェンリル)〉に続いて〈大蛇竜(ヨルムンガンド)〉さえも倒されるとは!
 それも、あの〈女怪物〉ならいざ知らず、たかだか半端な〈戦乙女(ヴァルキューレ)(ごと)きが!
 これで最終兵器(むすこ)二体(・・)共、失った!
「ふ……ふざけんじゃねぇぞ……ふざけんじゃねぇぇぇーーーーッ!」
 わなわなと吠える憤慨(ふんがい)
 直後──「がふっ!」──熱い痛みに血を吐いた!
 その(みなもと)へと視線を注げば、(おのれ)の腹へ深々と突き刺されている手刀!
 サン・ジェルマン伯爵だ!
 (わず)か数秒の放心を(すき)として、(ふところ)へと踏み入っていた!
「らしくない迂闊(うかつ)だな、ロキ……戦いの最中で、他の事に意識を持っていかれるとは…………」
「テ……テメエェェェ……がはっ!」
 叩き込まれる〈気〉が、体内から血を押し出させる!
「ロキィィィーーーーッ!」
 背中を斬り裂く大鎌(デスサイズ)
 それは(ヘル)からの(とど)めであった!
「がっ? ヘ……ヘル! テメエェェェッ!」
 肩越しに()()ける呪怨!
 さりとも、(ヘル)愁訴(しゅうそ)で応えるのであった……(こぼ)()ちる寂しさのままに。
「何故、()で在ってくれなかったのですか……何故、()として接してくれなかったのですか……私も……兄上達も……ただ……ただ…………なのに、何故?」
「ッざけんなよ……クソ共がァァァーーッ!」
 この期に及んでも、総てが無駄──その再認識だけを悲しく噛み締め、冥女帝(・・・)はキッと顔を上げた!
悪神(ロキ)よ──ダルムシュタッド領主として……〈北欧(アース)神族(しんぞく)〉の一柱として……貴様を裁く!」
「ッギャアアアァァァァァァーーーーッ!」
 耳を覆いたくなるような断末魔!
 背中から叩き込まれる激しい想いと、腹部から注がれる(がん)たる意志が、悪神の存在を(むしば)んだ!
 が──「クックックッ……」──不意に聞こえた(ふく)み笑いが、二人の断罪者を怪訝(けげん)に惑わす。
 ロキであった!
 他ならぬロキが邪笑に溺れている!
「な~んてな? クックックッ……」
 姦計(かんけい)──そう察したサン・ジェルマン卿は、咄嗟(とっさ)に体勢を大きく押し崩してヘルを(はじ)()ばした!
「あうっ!」
 路面を滑り飛ぶヘル!
 即座に臨戦意思へと身を起こすも、その眼前に展開していたのは戦慄の光景であった!
「な……何?」
 取り込まれている!
 サン・ジェルマン伯爵が!
 攻撃と加えた右腕は、肩口付近までガッチリとロキの腹へと呑み込まれていた!
「クッ! 抜けん!」
 焦燥に足掻(あが)く宿敵へ、ロキは優越めいた種明かしを始める。
「礼を言うぜ、サン・ジェルマン? 叩き込んでくれてよォ?」
 メリメリと進行する捕食!
「確か〈気〉とやらは〈神力(しんりょく)〉と近しい性質だとかホザいてたよなぁ?」
「貴様は……何を?」
「おまけにテメェは〈不死身の男〉──特性は〝無尽蔵の生命(いのち)〟だ。生命力を転換する〈気〉とは相性バツグンだよなぁ?」
「まさか! 貴様は?」
「オレへの畏敬が減少して〈神力(しんりょく)〉がジリ貧っていうなら、テメェの〈気〉とやらを代用にすりゃあいい! 何たって畏敬とは無縁なエネルギーソースだ! ヒャハハハハハハッ!」
「グッ!」
 (すで)に半身がヤツに取り込まれていた!
「……バッテリー(・・・・・)になってもらうぜ、サン・ジェルマン!」
「ぐぁぁぁ……っ!」



 激しさを増した雷雨に叩きつけられつつ、ようやく〈()〉は戦場へと帰ってきた。
 ヨルムンガンドの最後は見届けている。
 あの巨体だ。何処に居ても顛末(てんまつ)は把握できた。
 ならば……残すは!
 (たき)飛沫(しぶき)のように視界を曇らせる街路を黙々と歩み、やがて悪神(ロキ)(もと)へと辿(たど)()く。
「ッ!」
 視認した途端(とたん)、表情が驚愕に凍りついた!
 ギリギリと首を片腕で絞め吊るされているのは、悲壮な痛みを刻んだ冥女帝(ヘル)
 近くに転がり崩れているのは、満身創痍(まんしんそうい)親友(ブリュンヒルド)
 気配を察知した宿敵(ロキ)は〈()〉へと邪笑を向けると、飽きたかの(ごと)(ヘル)を投げ捨てた。
「よォ? 来たか、バケモノ(・・・・)?」
「うん」
 無抑揚が応える。
「んじゃ、決着(ケリ)をつけるとするか?」
「うん、そのつもり」
 一際(ひときわ)けたたましい轟雷が、雌雄(しゆう)決する合図と化して世界を白く染め潰した!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

名前:名前は無い。

   便宜上〈娘〉と呼ばれている。

(NonName/CodeName is〈Daughter〉)


性格:

 朴訥。朴念仁。

 しかしながら、それらは繊細にして博愛的な性格故である。


特徴:

 轟く豪雷から生命を授かったオカルト科学による蘇生死体。

 電気ある限り不滅と言える生命力は、闇暦に於いても稀に見る特性である。

 己のレゾンデートルに苦悩し、それを見極めようと足掻いている。

名前:

 ブリュンヒルド

 (Brunhild)


性格:

 博愛的ながらも気高く勇猛。

 また〈ヴァルキューレ〉としての性質もあってか正義感や義務感も人一倍強い。

 一方で四角四面な愚直さは、時として融通の利かない頑固さへとして現れる。


特徴:

 北欧神話に語り継がれる〈ヴァルキューレ:戦乙女〉。

 主神〝オーディン〟の使徒として〈英雄〉の魂を北欧神界の宮殿〈ヴァルハラ〉へと導く使命に従事していた。

 神話時代の彼女はブズリ王家の王女であったが、壮絶な悲恋の果てに想い人〝英雄シグルズ〟の後を追って自害──ヴァルキューレへと転生した経緯に在る。

名前:

 サン・ジェルマン

 (Saint-Germain)


性格:

 常に沈着冷静で達観的分析観を宿す理知派。

 閑雅な自信にも満ち、実際、それだけの才覚を養っている。


設定:

 史実上にて時代を越えて出没している経歴が真しやかに噂されている怪紳士であり、その特性から〝不死身の男〟とも称される。

 ドイツ・ダルムシュタッドに聳える〈フランケンシュタイン城〉に〝ハリー・クラーヴァル〟の偽名で単身居城しており、主人公たる女性型人造人間〈娘〉を造り上げた創造主。

名前:

 ロキ

 (Loki)



性格:

 邪なる性格に歪んでおり、自己顕示欲と自信が異常に強い。

 突き詰めれば〝幼稚〟とも言えるが、そこに〈神〉としての強大無比さと持ち前の狡猾さが加わっているので、かなり厄介な災厄である。



特徴:

 北欧神話に名高い〈神〉であり、時として善にも悪にも染まる自由奔放なトリックスターとして知られる。

 アース神族の一柱でありながらも、その出生背景は神敵〈霜の巨人〉という特異な背景に在る。


 北欧神話の終末戦争〈神々の黄昏:ラグナロク〉の火種である事から開戦の時まで何処かへと封印され続けていたが、闇暦世界の顕現により確定未来軸までもが変質してしまい独自復活を果たす。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み