黒天の
憤りは続く!
唸りは現世の魔界を
威嚇し、発散の臨界を堪える白が城影に鼓動を刻ませた!
業に呪われし栄華〈フランケンシュタイン城〉──サン・ジェルマン卿に
誘われ、ブリュンヒルドとヘルは城内へと足を踏み入れた。
卿が肩に抱える
巨躯に手を貸し、その荷重を噛み締めるかのように進む。
大きな螺旋にうねる石造りの階段を登ると、黒鉄の枠組みに補強された樫戸が待ち構えていた。
その向こうが〈
娘〉の生まれた部屋だ。
乱雑な放置ぶりが
彩る。
幾つもの卓上には雑多な実験器具が転がり、
塵埃を被った書物が積み重なっていた。
「此処が……
彼女が生まれた場所?」
物珍しさに室内を見渡すブリュンヒルド。
科学的な充実を賑わした部屋など初めて見る。
とりわけ部屋の片隅に陣取る機械設備群は、異彩な存在感を強烈に印象付けた。
壁際には粗雑な木板が寝台と据えられ、それを囲うかのように大掛かりな機械や計器類が全容を隠している。
覗けば寝台には
厳つい
鉄枷がいかがわしい印象を
醸しており、周囲の機器類から生えた電気コードの
蔦が
繋がっていた。
それらが暗に示しているのは、何かしらの猟奇的実験である事は想像に
難くない──ブリュンヒルドは察する。
そして、
それが何なのかも薄々と……。
「こっちだ! 手伝ってくれ!」
サン・ジェルマン卿の呼び掛けに従う。
寝台に
巨躯が寝かされると、創造主は〈
娘〉の四肢を
鉄枷でしっかりと拘束した。
その光景を見ると
隷属の瞬間に立ち会ったようにも思え、ブリュンヒルドは軽く不快感を
抱きさえする。
が、当のサン・ジェルマン卿にしてみれば関係無い。
ただ〈
娘〉の
再生に神経を
注ぐだけだ。
彼女の
頸動脈付近から引き出した丸頭ボルトを、
一際太目の配線と
繋いだ。
「それは?」
ブリュンヒルドの
訊い掛けに、作業の手を休めずに答える。
「〈
超高圧変電装置〉だよ。城塔の避雷針と直結している。これによって落雷の高電圧を彼女の体内へと流し込み、数ヵ月分にも
及ぶ活動力を一気蓄電させる事が出来るのさ」
「
成程、確かに
今宵は雷雨──
糧には事欠かさぬか」
ヘルの見解にピクリと止まった。
「そんな単純な話では済まない……。
現状の〈
娘〉は
死んでいるのだ。〈死〉という
無から〈生〉という
有を導き出すという
難業は、もはや〈奇跡〉だ。言うなれば、今回の挑戦は
最初に生み出した経緯と同等の難易度になるだろう」
「やはり
貴方だったのですね……
彼女を造り出したのは…………」
言葉の
端を拾い、ブリュンヒルドは納得へと至った。
その抑揚は哀しく、その表情は憐れみに
愁い……。
「軽蔑するかね? 神に反逆した
謀反者と……」
穏やかに首を振る。
「それは、
彼女の存在を否定するという事……。
現在の私は、到底そんな事を
口に出来ません。愛すべき親友を否定する事など……」慈しみに冷たく眠る頬を撫でた。「ですが、理由を知りたい……何故、
彼女を生み出したのか……
彼女のような悲しい存在を…………」
返す言葉に詰まるサン・ジェルマン卿。
憂慮に虚空を仰ぎ、紡ぐ主張を模索した。
意外な事に彼を組み敷いたのは、暴力でも脅威でもない──誠実なる博愛だ。
立ち尽くす黙想が想いを探り触れる。
雷光が轟いた。
幾度目の
雷が〈
娘〉に
生を息吹かせるのか──それは誰にも分からない。
果たして、
天のみぞ知るのであろうか。
街外れに
設けられたゴミ集積所は、勇気さえ出せば〝宝の山〟へと変わる。
そして、欲望は
無謀な勇気の源泉だ。
飲んだくれの宿無しには
それが備わっている。
彼──〝アイゴール〟には。
背ムシの男である。背中が妊娠しているかのような
瘤に盛り上っていた。
顔は
卑しさに
潰れ、左右
不揃いな目と豚鼻が生理的嫌悪感を誘発する。薄い髪は
溺死体かのような不気味な印象を演出したが、
今宵は濡れているから
殊更だ。
口を開けば
乱杭歯が
覗き、とりわけ笑った時の印象は〝
邪悪な者〟にしか映らない。実際、その
口から吐き出されるのは、世を
疎む
罵詈と
幸せ
妬む
呪詛しかないが……。
生まれながらにして背負う障害は、親が捨てるに充分な
口実と機能した。
以後、
家など無い。
ただ残された権利〝生〟を守る
為に、
闇暦の世を
彷徨するだけだ。
此処〝ダルムシュタッド〟へも、そうした経緯で流れ着いたに過ぎない。滞在して一年強というのは、彼にしても長い方だろう。
泥濘むゴミ溜めを
漁る。
金属や機械部品は、
既に〈
完璧なる軍隊〉によって回収済みだ。どうやら廃材であっても、彼等には需要があるらしい。
しかしながら、どうでもいい。
目的は、
それではない。
「へへっ……あったあった」
物を見つける。
嬉々と発掘したのは、
空となった酒瓶であった。
飲み干したとはいえ、内側に付着した
滴は時間経過で再度溜まっていく。
その
場凌ぎだが無いよりはマシだ。
酔いへの渇望に
堪える方が
辛い。
安い誤魔化しに
煽った。
「……クソッタレ!」
予想通りだが、
飲むと言える量ではない。
だから、瓶底を叩いて呼び込んだ。
不快に顔面を濡らす
鬱陶しさが、意のままにならない
苛立ちを助長する。目が合う
黒月すら腹立たしい。
雀の涙が尽きると、飽きて放り捨てた。
そして、新たな残り酒を探す。
これを
幾度繰り返したであろうか──ふと視野の
隅に変化を捕らえた。
地平曇らせる
煙雨の中を、悠然と進み来る人影。ずぶ濡れになりながらも、迷いなく
歩を刻んで来る。
「おかしな野郎だぜ? わざわざ、こんな雨の中を歩いて来るなんざ?」
とはいえ、
然して気にも留めなかった。
他人には興味など無い。
が、少々違和感を覚え、アイゴールは改めて見入る。
「待てよ?
アッチにゃ〈
完璧なる軍隊〉の
城塞基地が在るだけ……じゃあアイツ、どっから来た?」
その
風采を観察する限り、到底〈
完璧なる軍隊〉とは思えない。
一瞬、嫌な発想が
過った。
街と城塞の間には、広大な岩盤が続いている。
基地を中核とした六〇〇平方メートル範囲は、演習目的に
拓かれた岸壁囲いの盆地だ。
それら──街周辺を含む──領域は強固な有刺鉄線網で囲われ、
魔気と
死体の侵入対策として徹底されていたが……この激しい豪雨に
晒されては、どうなのだ?
仮に何らかの
綻びが生じた場合は?
地盤が
泥濘んだ事で支柱が倒れていたら?
或いは、落雷で焼け落ちたら?
そこから〈デッド〉が
紛れ込んだとしたら、基地からの監視体制はちゃんと機能するのであろうか?
途端、ゾッとする。
慌ててゴミ山へと身を潜め、気配を殺した。
手近に武器を探したが、金属類は回収されている。鉄パイプすら無い。
「コイツぐらいか」
仕方なく角棒形状の木材を手にした。
気休め程度の武装でも、何も無いよりは良い。
深い
一呼吸を吐いて精神を落ち着かせると、改めて不審な人影を観察する。
彼のような
忌避の化身が
独りで生き延びられたのは、こうした慎重さを欠かない性格に起因する部分も大きい。
「違うな……〈デッド〉じゃねえ……足取り……そして、体幹が、しっかりしてやがる。じゃあ、何者だ? 何だって、こんな奇妙な方角から来訪してやがる?」
胸元開きに着こなした紺色の革ジャン。
後ろへと流した蒼い長髪。
全体的に細身にも見える長身は、
然れど引き締まった筋肉を印象の飾りと
彩る。
視認情報から漠然と受ける印象は、全体的に粗暴だ。
「どちらにせよ……
殺るか?」
武器を握り締める。
殺らぬ道理はない。
人間であろうがなかろうが、メリットは大きい。
仮に〈デッド〉なら、命の危機を除外できる。
仮に〝人間〟ならば、迫害へと
晒される前に排斥できる。
仮に〝
無害な人間〟ならば……所持品を強奪できる!
獲物が間合いに入った瞬間を見計らい、アイゴールは角材を振り上げて躍り掛かった!
「くたばれ!」
渾身の
力が頭部を直撃し、角棒の先端が折れ飛ぶ!
つんのめる上体を
好機とし、
更に殴打した!
「くたばれ! くたばれ! くたばれ! イヒヒヒヒ……くたばれ! くたばれ! くたばれ!」
殴る!
殴るッ!
殴るッッッ!
暴力はアドレナリンを分泌し、彼は陶酔的な高揚に
溺れた!
と──「……オイ」──静かなる凄みを含んだ声が、
卑俗の
稚戯を握り止める。
睨み返してくる
眼差しは、自分とは比較にならない殺意に意気を呑み潰した。
「ひっ?」
無様な尻餅に転げるアイゴール。
体勢を保ち直した長身の男は、
怒気孕む立ち構えで無礼者を威圧する。
「テメェ、
誰を相手に
遊んでやがる?」
格の差であった。
悪神と
破落戸との……。
轟く雷光を背にしたシルエットは、無慈悲な苛立ちを発散していた。
掌中に集約される
憤慨の
白光!
「ひぃぃ!」
完全に畏怖へと呑み込まれ、アイゴールは身を
竦めた!
制裁の光が〈
神力〉だとは悟れなかったものの、これだけははっきりと自覚できた──
噛みついてはいけない相手に噛みついたのだと。
「御許しを! 御許しを!」
直訴を泣き叫ぶ!
その脅えきった哀願は、
滑稽にも〝熱烈な信仰信者〟であるかのようにも映った。
と、
瞼越しの
眩しさが収束していく。
死刑は執行の気配が失せていった。
違和感を
抱いて恐る恐る目を開くと、相手の男は強い好奇心を自分へと
注いでいるではないか。
「……プッ、醜いなぁ? テメェ?」
「え? ハ……ハイ」
「テメェ〈怪物〉か?」
「ハ……ハイ!」
御機嫌取りに大嘘を飾る。
如何に醜い容姿をしていても、彼は〝
人間〟だ。取り立てて〈魔力〉だの〈妖力〉だのといった〈異能〉は無い。
だが、だからどうした?
この
窮地がやり過ごせるならば、神にも悪魔にも嘘をつこう!
どうせ
闇暦世界では、美徳や道徳などクソの役にも立たない。悪徳と不誠実こそが通行手形だ。
彼は、そうして生きてきた。
眼前の矮小を品定めに眺め、やがてロキは打算を弾き出す。
「オマエ、俺の手足となれ」
「は……はい? と、申しますと?」
ロキは煙雨霞む街並みを睨み据えた。
「こんな街は、一瞬で灰に出来るがよぉ……それじゃ面白くねぇ。何より
アイツらに一泡吹かせなけりゃ腹の虫が収まらねぇ」
「アイツら?」
怪訝そうに視線を追い眺める。
先の咆哮への畏縮は何処へやらで、街は就寝の
帳に鎮まり返っていた。
何処の
誰に向けられた遺恨かは知らないが、この男には〝平温〟というものが気に入らないらしい。
それは日々迫害に
晒されてきたアイゴールにとっても、居心地のいい共感であった。
炎を踊らせる暖炉。
その熱に
慰められるがままに、サン・ジェルマン卿は
樫椅子へと腰掛けた。
雨に奪われた体温を取り戻そうとブランデーを
注いだものの、グラスは手付かずで卓上を飾る。
先刻まで作業没頭に居た場所を
見遣った。
機械の
領域と
賑わう部屋の片隅だ。
一顧に観察する〈
娘〉に、再生の兆候は
窺えない。
考え得るだけの処置は
施した。
落雷も
幾度となく浴びている。
その
度に
巨躯の女体は
痙攣を波打ったが、ガルバーニュ電流の生体反応に過ぎないものだ。
生命再生には
程遠い。
(それだけ、ロキ戦のダメージは深いという事か……)
無理からぬ。
相手は〈
北欧神界〉きっての悪神だ。
況して、その直前には〈
神魔狼〉との一戦もある。
(
強敵との死力戦にて
疲弊しきった状態で、悪神ロキから
嬲り倒されたのだ……圧倒的な〈
神力〉を
以て! 五体が
遺っていただけでも奇跡と考えるべきか……)
疲労から目頭を押さえ、虚空を仰いだ。
最早、
為すべき手は無い。
運を天に──
否、
黒天にゆだねる以外には……。
それは、つまり〈
黒月〉に命運を預けるという事であろうか……。
何とも皮肉な理不尽さに、自然と乾いた自嘲が
溢れる。
「ハリー・クラーヴァル──いえ、サン・ジェルマン伯爵……」
怖ず
怖ずとした美声から不意に呼び掛けられ、彼の意識は現実へと返った。
ブリュンヒルドだ。
「……何かね?」
「
貴方が、
彼女の
創造主という事は分かりました。ですが何故、
彼女のような存在を造り出したのか──
況して、人造生命の受難を我が身と知る
貴方が──その経緯を御聞かせ願えませんか?」
「……聞いて、どうしようと?」
疲労からか……卿の声音は冷めていた。
それでも、ブリュンヒルドは心穏やかに受け止める。
「分かりません。分かりませんが……聞いておかねばならぬ気がするのです。
彼女の親友で在り続けるには……」
「忌まわしき悪魔の所業……それを知ってしまう覚悟はあるのかね? ともすれば、
人間への果てぬ嫌悪を萌芽するやもしれないが?」
自責の吐露にも似た忠告に、
然れどブリュンヒルドは穏やかな
憂いで首を振った。
「目を
逸らしたくはありません」
暫し、黙して交わす瞳。
やがて、サン・ジェルマン卿は深い
嘆息に決心を固めた。
「……
冥女帝も呼びたまえ。君達には、総てを語り聞かせよう」
不死身の男〝サン・ジェンマン伯爵〟が初めてダルムシュタットの街を訪れたのは、旧暦中世末期にまで
遡る。
生憎と、彼自身も明確な年代は忘れた──
そこは
胆ではない。
肝心なのは、
那由多の
刻すらも
生き
彷徨う彼が、この地に
於いて生涯忘れ得ぬ体験をしたという事実の方だ。
木漏れ日が穏やかに顔を撫でる。
瞼を柔らかく白が刺激し、黒にたゆとう意識は再活動した。
「……寝入っていたか。それなりに疲れていたな」
大樹の根本で目を醒ます。
緑萌える丘陵だ。
小鳥の
囀りが、長い旅路の疲労感を
癒すに
愛しい。
半身を起こせば、眼下には広い湖面が光の反射を小波に刻んでいた。
「ダルムシュタッド……いい所だな。だが
今度は、どれほど居れたものか」
淡く自嘲を含む。
異端としてさすらう
仮初めの居場所──
幾度経験しても虚しいものであった。
懐中に忍ばせた手帳へと手を当て、
感慨を噛み締める。
永き歳月に探究した〈生命の神秘〉を
纏めあげた手記だ。
創造の
為ではない。
死ぬ為だ。
『Fの書』──彼自身は、そう命名した。
即ち『
神への重罪の書』の略だ。
そう、
コレは〝命を絶つ
為の書〟……。
彼自身の命を…………。
だが──「まだまだ足りない……か」──
目的を果たすには、
更なる研究を要した。
「果たして、この地では
如何程の進展が望めるだろうか?」
そんな
憂慮を眺める自然へと投げ掛けた直後であった!
「どいてくれ! すまない! どいてくれーーっ!」
必死な喧騒が近付いてくる!
何事かと振り向けば、青年の乗った馬が一心不乱に駈けて来るではないか!
いや、
乗っているという表現は正しくないかもしれない。
乗せられているのだ。
手綱こそ握っているものの、それは機能していないのだから。
馬は興奮のままに暴れ狂い、前屈体勢の青年はやっとの事で背中へとしがみついている状況だ。
卿は動じる事もなく、数歩の後退で進路を
譲った。
一挙駆け登る荒くれ馬!
涼やかな傍観視の横を擦り抜ける……瞬間!
「とあっ!」
予備動作の無い跳躍に、サン・ジェルマン卿は
鞍へと跳び乗った!
青年の後ろだ!
すかさず背後から
手綱を握ると、荒れる気性に主導権を
強いる!
「ドウッ! ドウッドウッ!」
次第に鎮まる野生。
ほどなくして完全に従順へと返った馬を、卿は
己が足のように扱いきっていた。
面喰らったのは、
件の青年だ。
無理からぬ。
数秒の間に信じられない事象のオンパレードであったのだから。
「あ……ありがとう」
「馬は初めてかね?」
「あ、いや……そうだな。そろそろ年齢相応に慣れようと挑戦したんですが……この様で」
ばつ悪そうに砕けた苦笑いを浮かべる。
自然と敬語になっていたのは、この精悍な顔立ちの紳士が歳上だと察したからであろうか。
それとも静かなる威風に祝福されていたからであろうか。
サン・ジェルマン卿は、その人好きのする笑顔を黙想に観察する。
年齢は二〇歳後半ぐらいか。
ともすれば警戒心が薄過ぎるかのようにも見える好感は、
然れど彼の人柄が裏表のない誠実さを内包している証明と言えるだろう。
さりながら、興味を
惹く
程の人材ではない。
脈絡と続く流浪旅では、
何処であろうと
何時であろうと見てきた凡百だ。
つまりは〝お人好し〟と呼ばれる存在である。
卿にしてみれば草木と同じ──嫌いも好きも無い。
萌える丘陵にて象徴的に繁る一本の
巨木──その木陰で休憩し、二人は
暫し余韻を処理していた。先の暴れ馬は心を入れ換えたかのようにおとなしくなり、近場の草を
食み続けている。
「それにしてもスゴいですね? ハリー・クラーヴァル? さっきの一幕には驚嘆しました!」
サン・ジェルマン伯爵は、またも偽名を
騙った。
これより先──このダルムシュタッドに滞在する限りに
於いて、彼は〝ハリー・クラーヴァル〟である。
「長い事、旅をしてきた中で、馬には多少慣れているのでね」
「いえ、それよりも、あの身のこなしですよ。それに反射神経や跳躍力も……」
その指摘に、卿は弁解を探した。
彼の運動神経は〝常人〟ではない事に起因するものだ。
取り立てて〈超人〉として生まれたわけではないが、それを磨くに時間は有り余っている。自然と蓄積される経験も多い。
そして、それを実践できるだけの
勇気は──
死を恐れていないからだ。
否、
それを切望に受け入れる姿勢が
為せる
業であろう。
無茶というヤツである。
「何にせよ、
貴方は命の恩人だ。こんなつまらない事で大怪我をしていたら、
僕の生涯を賭けた研究に支障が出る。それは〝人類にとって大きな損失〟ですからね」
「研究?」
「ええ、つまり『生命神秘への探究』──俗っぽい言い方をすれば『不老不死の研究』ですよ」
「──ッ!」
忌むべき命題を突き付けられ、思わず息を呑んだ!
それが生み出す悲劇は、
此処に居る!
「……やめたまえ。明るい前途を奈落に落としたくなければ」
「奈落ですって? とんでもない! これが実れば、万病すら克服できる! 何せ
死なないのだから! そうなれば、万人に輝かしい祝福が約束されるでしょう!」
揚々と力説する青年の瞳は、一点の曇りすら無かった。
若さ
故の
視野狭き夢想だ。
その希望は危なっかしく、そして
脆い。
(……目を離すべきではないか)
心静かに決意した卿は、緑の座間から立ち上がった。
「
君、名前は?」
仰ぎ眺める好青年に手を差し伸べる。
それを受け取り、青年は引かれるままに起き上がった。
「フォン──フォン・フランケンシュタインです」
これが生涯の友となる若者との出会いであった。