エピソード文字数 7,723文字

 グレンが馬車で屋敷まで迎えに来るという話だったのだが、直前でどうしても片付けなければならない仕事が入ったらしく、謝罪の手紙とともに馬車だけがやってきた。
 前にも乗ったことがある馬車なのに、一人で乗ると広く感じてなんだか落ち着かない。
 王宮に行くのだから、と自分が持っている中でも上等なドレスに身を包んだフィオナを、いつも雑用を頼む少年が入り口で待っていた。
 少年はフィオナを見上げて驚きで目を見開き、「エリオット様にそっくりですね!」と言ったので、内心ドキリとした。「エリオットとは双子なの」と言うと、「どおりで似ておられるんですね!」と納得したようで、疑っている様子はなかった。それにほっとしながら、先導する少年の後に続く。
 グレンの執務室までの道のりは案内してもらうまでもないのだが、今はフィオナとして来ているので先導してもらっているほうが不自然ではないだろう。
 騎士団専用の敷地内に入ると、どこからともなくわらわらと見知った顔が集まり始めた。
 やばい、と思った瞬間には、完璧に退路を断たれていた。
「本当にエリオットの女装姿にそっくりだな」
「男女の双子でも、ここまで似るのか」
「背格好まで同じだな。エリオットもこれくらいの身長で華奢な感じじゃなかったか?」
 同期や先輩を含む何人かに囲まれ、じろじろと見られてしまう。頬が引き攣るのを止めることができない。少し不自然な笑みを浮かべて、「初めまして」と挨拶する。
「エリオットの姉でフィオナと言います。弟がお世話になってます」
「お? 声までそっくりだな」
 普段、エリオットとしてここにいる時は低い声を出すように心がけているのだが、やはり声も似ていると思われたようだ。
 内心ヒヤヒヤしていると、戸惑った様子の少年が彼らとフィオナの間に入ってきた。
「この方はグレン様のお客様です。足止めしてはいけません」
「いいじゃねぇか、少しくらい。なぁ?」
 少年は頭をぐりぐりと撫で回され、髪がくしゃくしゃに乱れる。十三歳という年齢にしては身長が低く、いつも可愛がるという名目でからかわれているのだ。
「や、やめてください!」
 嫌がれば嫌がるほど、彼らは面白がってやめてくれないのをフィオナは知っている。ここは止めたほうがいいんだろうか、と迷っていると、かつん、とブーツの踵が石畳を蹴る音がした。
 けれど、誰もその音に気づかずに、二人ほどがフィオナの顔を様々な角度から見る。
「しっかし、本当にそっくりだな。双子ってここまで似るもんだったか?」

「――女性をそんなに間近で見つめるな。失礼だろう」

 フィオナは彼らの肩越しにその姿を認め、行く手を阻む者達はゆっくりとした動作で振り返る。そこには、背後でブリザードが吹き荒れているかのような雰囲気を醸し出すグレンの姿があった。怒っているというか不機嫌そうに見えるのは気のせいだろうか。
「だ、団長ォォォッ!」
 一人が悲鳴にも似た声を上げ、慌ててフィオナから離れた。それにつられるように、全員がフィオナの後ろに並んで姿勢を正して背筋を伸ばす。ほとんど条件反射的な行動だろう。
 グレンはフィオナに近づき、「申し訳ありません。団員が失礼なことを」と謝罪してくる。
「いえ。大丈夫です。気にしてません」
 そう答えると、グレンはふっと笑った。
「お優しい方なのですね」
 後ろのほうで、彼らが驚きで息を呑んだ気配が伝わってきた。それもそうだろうな、と思う。フィオナだって、初めて見た時はかなり驚いた。
「お前達」
 先ほどまでの微笑が噓だったかのように消え失せ、グレンは厳しい眼差しを団員達へ向ける。
「ここで油を売っている暇があるなら、少しでも鍛錬に励め。全員に自主練を命じる」
「は、はいぃぃぃ!」
 ダッと蜘蛛の子を散らすように駆けて行った彼らを見送っていると、グレンはそっとフィオナの手を取り、その手の甲に口づけを落とす。
「お会いしたかったです、フィオナ嬢。あれからお変わりなく?」
「え、ええ……。特に変わりはなかったです」
「そうですか。俺はあなたにお会いしたくてたまりませんでした。あなたに会えなかったこの二日間は、永遠のように長かったです」
「……そうですか」
 グレンにエスコートされて執務室に入ると、ソファに腰掛けるように勧められる。フィオナが腰掛けたのを見てから、グレンが向かい側に座った。
 こんこん、とドアがノックされ、メイドがお茶を持ってくる。それが目の前に置かれ、頭を下げたメイドが出て行ったのを確認してから、グレンが口を開く。
「今日は会いたいと言っておきながら、迎えに行くことができずに申し訳ございません」
「いえ、気にしてません。急なお仕事が入ったのでしょう? それを放り出して私を迎えに来たら、無責任だと怒ります」
 もちろん、グレンがそんな人ではないとわかってはいるのだが。
「本当に、お優しい方なのですね。俺の仕事を理解してくださっているなんて」
 発言のすべてが前向きに捉えられ、好感度が上がっているような気がしてならない。何故だ? 普通のことを言ったつもりなのだが。
「ところで、エリオットを知りませんか? 探しているのですが、見当たらないのです」
 その言葉にフィオナの心臓が一気に高鳴り、緊張で全身が強張る。背中に嫌な汗が流れるような感覚がして、無意識のうちにごくりと喉を鳴らす。
 不自然にならなければいいけど、と思いながら、いつものように笑ってみせる。
「父に呼び戻されたみたいです。先ほど屋敷ですれ違いましたので」
「そうですか……。ありがとうございます。では、戻ってくるのを待ちましょう」
 その後、お茶を飲みながらグレンを盗み見るが、特に不審を感じている様子は見受けられないから、うまくごまかせたのだろう。そう思ってホッとすると、全身から少しだけ力が抜けた。
「それで、お話とはなんですか?」
 お茶を飲み終わってから、フィオナのほうから本題を切り出す。
 今日はお話したいことがある、という理由で呼ばれたのだ。
 正直、あまりこの姿でこの場所に長居はしたくない。仲間達に勘づかれるかもしれないし、何度も会っているとグレンに疑われる可能性も高くなる。
「あぁ、すみません。美しいあなたに見惚れてしまっていました」
 甘い笑顔でそう言われてしまうと、なんと返答していいかわからなくなる。
 もうそんなことを言わせないようにしないと、と思って、意を決して口を開く。
「だ……、グレン様は私を美しいだの可憐だのと言いますが、私はそれほど美しいわけでも可憐わけでもありません。平凡な容姿です。見ればおわかりになるでしょう?」
「それは見解の相違ですね。俺の目には、あなたがこの上なく美しく見えます」
「医者に診てもらったほうがいいかもしれませんね」
「無理ですよ。恋の病は医者でも治せません」
「……」
 なんだろう。厳しく言っているつもりなのに、まったく手応えを感じない。
 これ以上は無駄だと判断したフィオナは、諦めるようにため息をつく。
「もういいです。それで、お話というのはなんですか?」
「そうですか? 俺としてはまだあなたとお話をしていたかったのですが……」
 少し名残惜しそうに言った後、グレンはやっと本題を話す気になったようだ。少し脱線してしまったが、やっと本題に入ることができて、安堵の息を吐く。
「ダリモア公爵家はご存知ですか?」
「知っています。有名ですから」
「実は、そこの娘と縁談が持ち上がっているのです」
「……聞いたことがあります」
 グレンは目を瞬かせる。その反応を見て、何かまずい返答をしただろうかと内心焦った。
「それはどこで聞いたのですか? この話はまだ内密なもので、王宮内でも一部の者しか知らないはずなのですが」
「あ、えっと……、エリオットからそんな噂があるって聞きました」
「あぁ。俺と接する時間が多い騎士団の者なら、どこからか耳にする者もいるかもしれませんね。噂好きの者もいますし、どこかで聞き耳を立てたのかもしれません」
 これからは気をつけなくては、と言いながら、グレンは「それで」と言葉を続けた。
「今度、ダリモア公爵家の屋敷でパーティーがあるのですよ」
「パーティー?」
「はい。それの招待状が届いたのです。俺としては行きたくないのですが、議会で強い発言力を持つダリモア公爵にある約束を取り付けなくてはならず、参加することになりました。しかし、そのパーティーには参加に必須条件があったのです」
「必須条件……?」
 少し考えてみたが、思いつかなかった。
 グレンはおもむろに口を開く。

「パートナーを同伴することです」

「……」
「向こうは、いないのあればぜひ自分の娘をパートナーに、と言っているのです」
「それって……?」
「はい。ダリモア公爵家の娘をパートナーとしてパーティーに参加すれば、俺の相手として強く参加者達に印象づけることができる。向こうはそれを狙っているのでしょう」
 議会で強い発言力を持っていれば、王族であるグレンですら容易には敵に回せない。しかし、グレンの雰囲気からして、ダリモア公爵家の娘との縁談にあまり乗り気ではないらしい。
「今度、議会で王族が中心となって作り上げた法案が提出される予定になっています。反対者も多いです。なので、ダリモア公爵に根回しをお願いしたいという話が出ています。なので、絶対に彼を味方に付けなくてはなりません。だから、パーティーに参加して約束を取り付けるように、と父から厳命を受けました。向こうもそれを理解しているのでしょう。だからこそ、こちらが絶対に断らないとわかっていて招待状を送ってきた」
 すっと背の低いテーブルに置かれて滑るように差し出された封筒には、流れるような綺麗な字で『グレン=ノエル=シンクレア様へ』と書かれていた。中身は確認しなくてもわかる。パーティーの招待状だろう。
 色々と思惑がある招待状であるらしく、なんとなく触れるのは躊躇われた。
「俺としては、ダリモア公爵家の娘をパートナーとして参加するのは避けたい。それで、あなたにお願いがあるのです」
 嫌な予感がする。ここまで話を聞いてからのお願いとして考えられるのは、一つしかない。
「俺のパートナーとして、このパーティーに参加してもらえませんか?」
 ――ど、どうしよう……
 正直、それは嫌だ。そんなことをしてしまえば、こちらがグレンのお相手として見られてしまうではないか。それは何がなんでも避けなくては。
 なかなか返事をしないフィオナを見て、グレンは少しだけ目を伏せた。
「俺は……、結婚はこの世界で一番好きな相手一人だけと決めています」
 王族だったら複数の妃を持つことが許されている。グレンのような考え方は珍しい。
 実際、グレンの父親である現国王陛下には五人の妃がいるし、三人の兄達にも三人ずつ妃がいると聞いている。直系の王族の中で、妃が一人もいないのはグレンだけだ。
「母はこの国の下級貴族の娘でした。見目麗しかった母は父に見初められ、側室の一人として王宮に入り、父の寵愛を受けて俺を産みました。しかし、母は生まれつき心臓が悪く、本当は俺を身ごもった時に医師から『出産には命の危険がある』と言われたらしいのです」
 グレンがここにいるということは、母親は命の危険を知りながら、それでも彼を産んだのだろう。
「母は俺を産んだものの、ずっと体調が悪くて臥せっていました。俺にはあまり母と一緒に過ごした思い出はありません。唯一覚えているのは、寝台に横になった母に頭を撫でられながら、『あなたを産んだことを後悔はしていない』と言われたことです」
 命を賭けてグレンを産み、それを後悔しなかった。子供を産んだことでベッドから起き上がれなくなったとしても、グレンの母親は子供を心の底から愛していたのだろう。
「母は俺が物心ついた頃に亡くなりました。自分の死期を悟ると、俺を置いてしまうことだけが気にかかるようでした。俺を産んだことで命を縮めることになったのに、母は一度も俺を責めることはなかった」
 身体は弱くとも、心が強い女性だったのだろう。フィオナはそう思った。
「命を賭けて人を愛し、命を縮めてまでも子供を産んだ。それなのに、愛してくれた。俺はそんな母を見て育ったのです。だから、俺も命を賭けて誰かを愛してみたいと思った。そんな人に出会いたいとずっと思い続けていました」
 グレンの空色の瞳が熱に潤み、まっすぐにフィオナを見つめる。その熱い視線に、フィオナは絡めとられてしまい、呼吸すら忘れてしまう。
「そして――俺は出会った。命を賭けて愛してみたいと思えるような女性に出会えた。なのに、俺には意に添わない縁談が持ち上がっている。相手とは軋轢を作るわけにはいかないから、普通に考えれば受けたほうがいいのでしょう。でも、俺は生涯で愛するのはただ一人だけと決めている。それはダリモアの娘ではなく――あなたがいいのです」
 真摯にそう思っているのが伝わってくる眼差しが、まっすぐにフィオナへと向けられる。
「フィオナ=アリソン。俺が生涯愛するただ一人の女性は、あなたがいいのです」
 結婚は、人生の中ではかなり大きな出来事だ。家とのつながりを作るのも大事だと思うが、どうせ一生を連れ添うなら好きな相手としたい。フィオナだってそう思っているから、グレンの言葉には賛同する。
 そんなグレンは意に添わない結婚を強いられそうになっている。それは王族に産まれた以上は宿命かもしれないが、それでも彼は自分が決めた相手と結婚したいと望んでいる。
 その相手に、この自分を選んだ。
 ――私は……、どうすればいいんだろう……
 グレンの深い想いを知ってしまった。これほどまでに想われていることを理解してしまった。なのに、グレンは望んでいない相手と結婚させられそうになっている。
 しかし、グレンのパートナーとしてパーティーに参加すれば、彼の相手として見なされることは確実だ。それだけは避けたい。
 でも、助けてあげたいとは思う。だからこそ、どうすればいいか迷ってしまう。
 それでも返事をしないフィオナに、グレンは言葉を続ける。
「フィオナ嬢は、ダリモア公爵家との交流はありますか?」
「……まったくありません」
「では、フィオナ嬢の名前を出すことなく参加することはできませんか?」
「そんなことができるんですか?」
「俺のパートナーとして参加されるのであれば、身元は保証されているも同然ですから調べられることはないでしょう。フィオナ嬢は他家との交流はありますか?」
「いえ……、ほとんどありません」
 アリソン伯爵家自体は他の貴族との交流はよく行われているが、変わり者であるフィオナはあまりそういう場に出ることはない。
「どちらかといえば庶民の方々との交流のほうが多いかもしれません」
「では、フィオナ嬢の顔を知っている者はほとんどいないと思っても大丈夫ですか?」
「そうですね。そう思ってもらっても構いません」
「それでは、名前を伏せれば誰もフィオナ嬢がどこの誰なのかわからないでしょうし、俺を助けると思って一緒に行ってはもらえませんか?」
「……」
 名前さえ伏せれば、フィオナがどこの誰なのかわからない可能性は高いだろう。フィオナの気質を危惧した両親があまり公の場に連れ回すことはなかったから、他の貴族との交流はまったくなかった。
 けれど、それでも迷ってしまう。
「ですが……、私にはパーティーで着ていくようなドレスも身に着けるような宝石も持っていませんし、やっぱり――――」
「――では、それらがあれば一緒に行ってもらえるのですね?」
 やはり断ろうと理由をつけたつもりなのだが、どうしても一緒に参加してもらいたいらしいグレンはそれをフィオナの意図とは違う方向へ解釈した。
「そうと決まれば、街へ下りましょう。パーティーは三日後と迫っておりますし、時間がありません」
 すくっと立ち上がったグレンは、すぐに副団長を呼んで出かける旨を伝えた。
 フィオナが呆気に取られているうちに話は進んでいき、はっと我に返った時は街へ向かう馬車の中だった。
「えっと……、私は参加するって言ったつもりは――――」
「パーティーに着ていくドレスと身に付ける宝石があれば一緒に行ってくださるのですよね?」
 そう信じて疑っていない様子に、なんと言えばいいか迷って言葉を探すのだが、うまい言葉が見つからない。ここまで期待させておいて、今更「行きません」って言ったらグレンはガッカリするだろう。しかし、パートナーとして参加するのも嫌だ。
 どうしよう、と悩んでいると、グレンが神妙な顔で訊ねてくる。
「俺と一緒に参加するのは嫌ですか? やはり、知り合ったばかりの女性にこのようなことを頼むのは性急でしたか?」
「そういうわけじゃないんですけど……」
 フィオナの返答に、グレンが顔をほころばせる。
「では、何も問題はありませんね。あなたを誰よりも綺麗に着飾らせてみせますから」
 ダメだ。何を言ってもお断りの方向へは持っていけないと確信した。自分で撒いた種だし、仕方ないとフィオナは腹を括ってため息をついた。
「……絶対に私の名前は出さないでくださいね」
「わかりました」
 フィオナが引き受けてくれたことが嬉しいらしく、グレンは少し上機嫌気味だ。
「でも、私はお金を持っていないので高いドレスとか宝石とかは買えないんですけど……」
 アリソン伯爵家は裕福とまではいかないが、貧乏でもない。しかし、フィオナが自由にできるお金は限られており、高い買い物は難しい。請求を両親のほうへ回してもらえないかな、と思っているとグレンは意外なことを言われたかのような表情をする。
「大丈夫ですよ。最初からあなたに支払いをさせるつもりはありません」
「……え?」
「俺は意中の相手を着飾らせるお金を払わない甲斐性なしではありませんよ。今日仕立てるドレスや宝石の支払いはすべて俺がしますので、何も心配はいりませんから安心してください」
「でも……」
「プレゼントだと思っていただければ。それが無理なら、頼み事をした俺からの対価だと思ってくだされば結構です」
「……わかりました」
 絶対に譲る気はないのだと察し、食い下がっても無駄だろうと思って早々に諦めることにする。グレンは少し押しが強いようだ。フィオナとして会っている時は物腰が柔らかい感じがしていたから、この様子を見るとやっぱり王宮で見かけるグレンと同一人物なんだな、と思ってしまった。
「誰よりも綺麗で美しくしてみせますね」
 嬉しそうな笑みを浮かべるグレンを見て、フィオナは「……よろしくお願いします」と少し投げやり気味に答えながら、何度目になるかわからないため息を吐く。
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