文字数 1,530文字

 涙を流しながら謝ってくるエリオットを、フィオナは笑って許した。
「そんなに泣かないでよ、エリオット。あなたを責める気持ちは、まったくないんだから」
 そう言いながら慰めると、エリオットの涙はやっと止まり、赤くなった目でフィオナを見た。
「でも、姉さんの髪が……」
「長くて邪魔だったから、逆にスッキリした感じ」
「……本当に姉さんって変わってるよね」
「私のことはどうでもいいのよ。エリオットは今まで何をしてたの?」
 エリオットは父親の所業に怒って屋敷を飛び出した後、王都から少し離れた街にいる高名な画家の元に弟子入りをしていたらしい。
 しかし、そこには何人もの弟子がおり、彼らとの才能の差を見せつけられてショックを受けた。父親の言うとおり、自分には絵の才能がない。だけど、絵は書き続けたい。
 そんな風に悩んでいるところで、グレンが現れ、姉が置かれている状況を聞き、合わせる顔がないと思って少し迷ったものの、フィオナのために戻ってきたのだと言う。
「でも、よかった。エリオットが元気で……」
「ごめんね、姉さん。僕のせいで」
「それはもういいから。エリオットが屋敷を飛び出さなかったら、私はグレン様と出会うことすらなかったんだから」
「グレン殿下。姉をよろしくお願いします」
 ずっと黙って様子を見ていたグレンは、そう言いながら頭を下げたエリオットにこくりとうなずいてみせた。
「ああ」
「グレン様は、いつから私がエリオットのふりをしていると気づいたんですか?」
「最初に疑ったのは、ランスロットの道場に行った時です。剣筋が限りなくエリオットに似ていて、双子で同じ相手の師事をしていたからだろうと思いました。しかし、エリオットは絵ばかりを描いていて剣を握ったことがないと聞く。だから、おかしいと思いました」
「……そんな最初の段階から疑っていたんですね」
 小さく息を吐いたフィオナは、自分が嫌われようとしてやったことが裏目に出ていたことを知った。
「でも、エリオットを見つけてくださってありがとうございました」
 そう言って頭を下げると、グレンは「俺が好きでやったことですから」と言って頭を上げるように言う。
「騎士団の者達も、あなたが女性であることに薄々気づいていたようですよ。今回のことで協力を頼んだら、快く引き受けてくれました。これはあなたの人徳です」
「みんなが……?」
 やはり気づかれていたみたいだが、それにしても快く庇ってくれるなんて……。やっぱり、彼らはいい人達だ。知り合えて、本当によかったと思った。
「騎士団に在籍していたエリオット=アリソンは、最初から弟の方だった。そう口裏を合わせますので、ご安心ください」
「わかりました」
「では、これを」
 そう言われて差し出された小さなケースには、指輪が入っていた。小さな宝石があしらわれた、シンプルなデザインの指輪。
「もう一度言います。俺と――結婚してください」
「……はい」
 薬指に指輪がはめられると、夢ではないのだと思うことができた。
 こんな自分を受け入れてくれる人がいたことに、驚きを隠せない。みんな、フィオナは結婚できないと言っていたのだから。
 だから、フィオナ自身も自分は結婚することはないだろうと思っていた。そのため、グレンとの出会いは本当に奇跡としか言いようがない。
「グレン様。後悔しないでくださいね。返品はできませんよ。考え直すなら、今のうちです」
「必要ありません。俺はあなたのような女性と一緒になれて、世界一の幸せ者です」
 抱き締めてきたグレンが、耳元で囁いた。
「愛しています」
 その言葉に、フィオナは迷うことなくうなずいて答える。

「私もです」
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