第11話
文字数 1,595文字
一瞬で曇った表情になった竹田が言葉を発した。と同時にその場に居合わせた面々は一斉に驚いた表情でその突然炸裂したトラブルの発信源に目線を向けた。その目線の先には、道明寺まちづくり協議会の副会長で、何かと林田や竹田、特に芳本に対して口うるさく、よく言えば重石、少し悪く言えば目の上のたんこぶ的な存在となっている大川信之(おおかわ のぶゆき=57歳)が意気揚々とした表情でそこに居た。
「そやからね、天満宮境内で屋台や昭和の玩具を使った遊びを伝えるワークショップや、それらの玩具などの手作り市はもちろんやけど。境内に在る天寿殿の外壁に白幕を張ってやね。その白幕にアーティストやなにわ芸大の学生さんたちに、道明寺に纏わる歴史をテーマにした様々なペイントをして貰って。そんでもって夜にはその外壁をライトアップするんやがな。そのライトアップも境内だけやのうて、天満宮の各社(かくやしろ)や参道。そして隣の道明寺さんの境内と天満宮との道にも灯篭を置いて。天満宮も道明寺もライトアップするんや」と、発言する大川に対して、一同は唖然としている・・・。
「そ・それって、奈良の燈花会の様なイメージでしょうか・・」
と、恐る恐る尋ねた竹原を指差し、満面の笑みを浮かべながら、「まさにそれやね」と意気揚々と答える大川。
「灯篭・・幾ら要るんやろ?」
と、小声で隣の嘉山に聞く芳本に無言で首を傾ける嘉山。
「エエ案やとは思うけど。それで予算的にはどれくらい考えてはるんですか?」
と林田が問うと。待ってましたとばかりに、カバンから企画書らしきペーパー資料を取り出す大川。
「まぁ、今の段階で見積もった感じでは、80万から90万円ってとこかな」と、やはり満面の笑みを浮かべて答える大川。
(は?80万から90万・・??)
その場に居合わせた誰もが心の中で叫んだであろうし、嘉山に至っては手元に在る帳簿を開いて、何やらブツブツと念仏を唱え始めた。
次の瞬間、会議だというのに一冊しかプリントアウトしてこなかったその企画書に、呆然と固まった林田と帳簿と会話をし始めた嘉山以外の面々が群がった。
(何だ・・この企画書は??)
と順子は思った。しかしそう思うのも無理はない。予算80万円以上の企画書のはずなのに。
たったのA4サイズ1枚だけの薄っぺらい品物だったからだ。しかもその企画書らしきモノには、実行したい項目が箇条書きされているだけで何一つ具体的な文面はなく。いきなり見積もり項目が羅列されていて、最後に総計80万から90万円とだけ書かれている品物なのだから。
「これだけでっか?」と竹田が尋ねると。
「充分やろう」と、何が問題なの?と云わんばかりに答える大川。
(た・竹田さんガンバって。お願い押し返してエエ~)と順子は珍しく他人に頼る気持ちにさせられている。
何せ相手はクライアント側の人なのだ。順子が否定して押し返すわけにはどうにもいかない。
林田や竹田にここはガンバって貰わなければ、この、突然現れた危機は回避出来ないのだ。
そんな想いの順子に追い討ちをかける様に、「いやぁ、時間掛かってもうたけど。ようやっとまとまったんや。これなら天満宮会場も恰好付くっちゅうモンや。石川会場にも引けを取らん賑やかで華やいだ感じになるやろ。それに夜ともなれば天満宮も道明寺も幻想的な雰囲気に包まれて、道明寺交響曲に負けず劣らないモンになるわ」と大川の弾んだ声が順子を無情にも突き刺した。
と同時に、この大川の無邪気な発言で一気に、(今日はもうダメ・・思考停止・・終了)と云う想いが大川以外のメンバーたちに広がった。
「ま・まぁ、大川さんの提案は一旦、預かるっちゅうことで。今日はもう遅いんで次回の会議で揉みましょか」と林田が辛うじて発したこの言葉で試合終了のゴングが順子の頭の中で鳴り響いた。