第7話
文字数 3,008文字
昨夜、道明寺会館で行われた企画会議を竹田は思い出していた。
「本年は大坂夏の陣から丁度400年となる記念すべき年となります。そんな年に、この道明寺で行う‘道明寺合戦まつり’は、やはり戦国時代をメインテーマにしたプログラムが相応しいと考えました。様々なご意見や想いはあるでしょうが。まつりのタイトルからして‘道明寺合戦まつり’なのですから、戦国時代をメインテーマとすることが適切だと考えます。しかし、多様な歴史を有する地域であることも考慮した結果。これからプレゼンテーションさせて頂くイベントプログラム案を企画しました。それではご提案をさせて頂きます。」
で、順子らから提案されたのが様々な時代の装束を纏った100名程の人々による歴史行列。
そして大坂夏の陣でこの地で起きた道明寺の戦いから大坂城落城のよる豊臣氏滅亡までをプロの和太鼓集団による演奏と、サイレント芝居やダンスなどで描く道明寺交響曲と名付けられたパフォーマンス劇。しかも、何れも和太鼓集団以外は他薦・自薦或いは募集による市民によるキャスティング。
(・・なるほどなぁ。この案なら様々な時代・歴史に対応出来る。昨年から幾度となく会議をして来たが。まち協のメンバーは多種多様と言うより。それこそそれぞれが好き勝手な考えや思い入れをぶつけ合うばかりでまとまらないままやった・・)
特に竹田はこの数年。この多種多様な思い入れに悩まされ続けてきた一人ともいえる。
(二年前のあの日以来。この道明寺に、この町ならではのまつりを創ろうと話し合ってきたけど、どの時代をメインテーマにするかでまとまりが着かなかった・・確かに、その中でも華やかな道明寺の戦いがクローズアップされるのは仕方ないとは思うんやけどなぁ、その頃から特殊な加工を施し強度を増した紙で作り上げる甲冑製作の講師を招いたと思いきや。それ以降林田さんや芳本などは仲間を募って、その甲冑製作に没頭し終いには‘道明寺甲冑隊’なるグループを立ち上げて気勢を上げる始末やからなぁ。まあ確かに、あの甲冑の仕上がりは見事で本物の甲冑と遜色ない出来栄えやけど。に、してもなぁ・・その頃から特に芳本の甲冑や道明寺の戦いに対する拘りが強くなった気がするわ・・そう言えば、あれ以来芳本とは意見の食い違いから口喧嘩ばかりしとる・・)
確かに、竹田と芳本はこの道明寺合戦まつりの立ち上げ以来、幾度となく激論を交わして来ているのだが。結局、いつも平行線で結論をみないまま今日まで来てしまっている。
何より竹田にとって苦々しいのは、林田の裁定もあって祭りのテーマが戦国時代になり、タイトルも押し切られる形で‘道明寺合戦まつり’となってしまったことだ。
その為、昨年の第一回の祭りでは、それこそ甲冑武者だらけのまつりとなってしまった。
まあ、これはこれで良いかと竹田は思ったのだが、まつりの後で竹田のもとには各方面・団体から苦情とまではいかないまでも、まつりへの違和感が伝えられていた。
なるほど道明寺の戦いでは、あの真田幸村も伊達政宗も、そして後藤又兵衛も登場する。
また後藤又兵衛に至っては、この地で激戦の末に討ち死にしている為か。この地域ではいまだに圧倒的な人気を誇っている。
そういった意味ではこの戦国時代の出来事がメインテーマになっても何ら不思議ではないし、寧ろ、素通り出来ないと言っても過言ではないだろう。
でも、この町にはそれ以外の。例えば古墳時代に建設された古市(ふるいち)古墳群が存在するし、その古墳群から土師(はじ)一族が発案し制作に関わったとされる埴輪や土器、そして古墳の建造に使用されたと云われる修羅だって出土してもいる。
それに、菅原道真や、その伯母である覚寿尼所縁の道明寺天満宮や道明寺だって存在しているのだ。
そう、多種多様な歴史に彩られた町だと竹田は常々考え、この地域の持つ歴史や特色を生かし網羅したまつりに出来ないものかと考え悩んでいる。
そしてその打開策の一つとして外部のイベント製作会社への委託を思い付き。しかも出来るだけこの町の多種多様な歴史を客観視出来て、中立的な立場で思考し企画出来る人物・集団を探し求めた末に順子らに辿り着いたのだった。まあ言わば・・黒船を利用して国を変えた明治維新の様な方策を取ったのである。
そういう意味では、桜田まさみは竹田にとって思惑通りの人物だったといえる。
(あの案なら、400年祭の今年は別として、徐々にでも合戦まつりから歴史まつりに移行することが可能だし。何より歴史行列で祭りに対する違和感を抱いている各方面や団体にも説明が付くし無関心だった市民を巻き込むことが出来るのがタイムリーや。
やはり・・あの桜田まさみプロデューサー。
なかなかやりよる・・にしても、初めて参加した‘うそかえ祭’でイキなり・・18金のうそ鳥獲るかぁ・・俺なんか何十回と参加しているが、三寸の木製のうそ鳥しか手にしていない・・)
大人げないかもしれないが、竹田にはそこがどうしても気に入らない。そう、(俺だって欲しい)何だったら金出してもエエから欲しい・・。
(確か、6年ほど前に芳本が18金のうそ鳥を手にして大喜びしてたし、林田さんも数十年前に18金のうそ鳥を手にして悦に入っていた。まち協のメンバーだってそれぞれ18金だったり、純銀製のうそ鳥だったりを手にしている。なのに・・俺だけが木製しか手にしていない。
それなのに、あの女プロデューサーはいきなり18金てか・・どうにも合点がいかんわい)
この事実には、この町に住む者の一人として耐えがたい想いというか子供じみた感情に竹田は苛まれつつ今夜は既に6杯目の焼酎の水割りを手にしている。
「レッドチェッペリンでもかけたろか」
「エッ?」
と、声の方に竹田が目を向けると。そこにはニヤニヤしながら妻のジュンちゃんが料理を盛った皿を持って立っている。
「別にええよ。そ・それに、なんでレッドチェッペリンやねん?」
「あんたのイライラ解消には、レッドチェッペリンのベストCD流すんが一番効果あるやろ」
(・・み・見抜かれている・・)
古来より女性の勘は鋭いと云われているが。
この11歳も年下の妻・ジュンちゃんは亭主の竹田の心の中まで見透かしているかのようだ。
軽い悪感に襲われつつ必死に冷静さを装いつつ、「アホ抜かせ。別にイライラしてないし」と、取り繕う竹田の言葉に被せる様に、「それにしても、桜田さんのイベント案、流石はあんたが見込んだだけのことはあるなぁ。プロって感じやわぁ」。「そ・そうか・・」。
「どれも私たちには思いつかんことやったやん。やっぱりプロは凄いねぇ」
と言いつつ向かいの椅子に座ると、「はい、そんな凄いプロを見つけて連れて来たあんたに、もう一品ご褒美」と手にしていた酒のアテをテーブルに置いた。
「あんたの大好物。ジュンちゃん特製・豚足の醤油煮込み。これで今夜はあと2~3杯はOKやで」
大好物の登場と、あと2~3杯のお許しを得たことと、妻・ジュンちゃんからの誉め言葉で、それまでのイライラと邪心が何処ぞへ吹っ飛んで行き至極ご満悦な気分に支配される亭主・竹田・・・。
そう・・勘も鋭いが亭主を操縦させたら天下一品のジュンちゃんだったりする。
実に、家内安全。