第64話
文字数 831文字
その歓喜の渦となったエネルギーは徐々に順子と深大寺創建に向けられ、いつしか二人に全ての視線が集まり出したのだった。
そして、その拍手と注目に促される様に順子は深大寺創建に近づき、「お疲れさまでした。そして、ありがとうございました」と言いながら握手を交わすと、そこへ林田も加わり三人は交互に握手を交わしながら歓びを分かち合ったのだ。
そんな光景を観ていた竹田は、顔を隠すように下を向きつつ、何かを見られては男の沽券に関わると言わんばかりに急ぎ足で会場から姿を消し何処かへ雲隠れしてしまった。
その反面、昂揚感から興奮状態に陥った芳本や大川、そして嘉山などの道明寺まちづくり協議会の面々は、涙を隠さず誰彼構わずに握手と抱擁を交わしながら歓びを爆発させている。
それは他の人々も同じで、その場のその瞬間はある種のトランス状態となっていたと言える。
平凡な日常の中に突如現れた非日常の出来事。大きな達成感による歓喜の瞬間。どの顔もそれらを素直に受け入れ感情を爆発させている。
そしてどの顔も歓びに満ちて輝いている。
いつしか順子は、そんな顔・顔・顔を見詰めていた。
(みんな、歓んでくれている。今まで多くの現場を踏んで来たけど。これほどまでに多くの歓びの表情と出会ったことはなかった気がする。なんなんだろうこの感情は?これも出会ったことが無かった感情だ)
歓喜の渦の中に居ながら、順子は徐々にその状況を冷静に且つ客観的に捉え始めている自分の思考にも不思議な感情を抱き始めていた。そしてふと、当事者の一人でありながら完全に当事者になり切れない寂しさを感じながらも、その渦の中に身を置きつつ、まつりの本番まで残り6日前に訪れた不思議な体験と感情に包まれた瞬間に身を任せて居た。