第34話
文字数 1,366文字
健人に様々な想いがある様に、樹里にも様々な思いや葛藤が渦巻いている。
先ず、樹里に与えられた千姫と云う役への葛藤から始まっている。この点においては健人と同じ葛藤とも言えるのだが、決定的に健人と違う点は生来の彼女の生真面目な性格が起因している
と言えるだろう。健人はソツなくこなしているが樹里は生粋のダンサーであるにも拘わらず。
一旦そのダンスを横に置いて千姫という役に真剣に取り組んで突き詰め様としているのだ。
当然、健人と同様で役者志向ではないのだから勝手も解らないし大人たちの要求にも日々戸
惑う事が多く迷うばかりだったりする。
それでも若干17歳の生真面目な女子高生は、そんな状況から逃げる事はしないでこの難役を
正面から向き合って取り組んでいる。台詞はないにせよ。ナレーションに沿って立ち振舞いや表情を創り上げていく。
それこそ徹底的に千姫を調べ上げ、彼女が歩んだ数奇な人生を理解しようと足掻いてもいる
し役になり切れない自分を歯がゆく感じ焦燥感すら感じ始めているのだった。
そう・・生真面目にして完璧主義な17歳なのだ。
そんな樹里だからこそ自身はもとより共演者であり恋人でもある健人の“ソツなくこなす”
その姿勢が許せないでいるのだ。
それにもう一つ、樹里には桜田まさみプロデューサーの自分たちへの期待に応えたいと云う強い想いもあったりする。
そもそも樹里に取って桜田まさみは、エンターテインメント業界において男たちに引けを取ら
ず、そして怯まずに第一線で活躍し働く女性のオピニオンリーダー的存在であって、まさに憧れ
の存在とも言えた。
それ故に桜田まさみプロデューサーに褒めて貰いたいし、そんな彼女の期待に応えたいと強く
思っている。
(それなのに・・・自分ではこなせてると思ってるんやろ。否、こなせてないし。何より心も籠ってないし・・ホンマに薄っぺらいだけやし・・・)
が、起点となり健人への不満が徐々に拡大し、その想いがあらゆる方面・・すなわち、健人との関係性にまで波及することとなっている。
そしてこうなると、なかなか収まりがつかなくなり拗れるのが男女の仲の常とも言える。
結果、何もかもが気に入らなくなり、不満と苛立ちの無限ループに陥って居るのが樹里の状況で、健人が感じた樹里の異変の正体だったりする。
こういった場合、樹里がもう少し人生経験を積んだ大人の女性なら自身の感情を上手に抑えコントロールも出来るのだろうが。
若干17歳の生真面目少女には、その術までは未だ備わってはいない。
寧ろ、マグマ溜まりは膨らむだけ膨らんで、コントロール不可に陥って居る。後はいつ噴火爆発するかの状況となっているのだ。
得てして、こういった状況での思考・判断は決まって何かをぶん投げてしまいがちだったりする。多分に漏れず樹里も正しくこの思考に支配されていて間もなく噴火爆発を起こそうとしているのだ。
そして、そんな状況の女性に対して。
それまでは鈍感の極みとも云える男でも、何かを察知し不安に陥るものである。
そう・・別れの予感・・。
この小さな町・道明寺において。それぞれの想いや価値観、そしてそれぞれの熱量のギャップが徐々にではあるが噴出し始めて来ている。