第38話
文字数 765文字
「シンフォニーの主役である後藤又兵衛を演じている山西くんなんかは、確かに振りも殺陣もソツなく演じてくれてますけど。僕からすれば気持ちが入っていないし楽しんでもくれていない様に見えてしょうがない。要領がエエだけで仕方なく参加している様にしか見えんのですわ。
桜田さんの言う皆が楽しむ。とは彼についてはどうしても見えんのです。
それに僕は、このまつりでは後藤又兵衛は特別な存在やと思ってるんです。その特別な存在を等閑(なおざり)に演じられるんわ。どうしても我慢ならんのです。桜田さんらが言う参加する事に意義や楽しみを感じられないなら。彼には外れて貰って後藤又兵衛を演じることに意義と楽しみを感じ悦んでくれる人に替えるのも必要なんとちゃいますか? 山西くんには、彼が楽しめるポジションへ替えてあげるんが桜田さんや深大寺創建さんが掲げはるこのまつりのテーマに沿ってるんとちゃいますか」
(そこを突きますかぁ・・)
順子は目の前が真っ白になった気がした。
確かに、山西健人には役に対する想い入れはこれまでも感じられなかったし、何より楽しんでいる様にも見えなかった。
それにもまして昨日の全体稽古での彼の態度は酷いもので、やる気もなにも感じられないものだった。しかも今までは出来ていた振りや殺陣もミスばかり連発し、順子だけでなく誰もが彼の異変を感じ一抹の不安を抱いたのは確かだった。
(何とか、修正しなければ・・)
と危機感を抱いていた矢先の芳本の矛先返しに慌てないワケがない。
(マズい・・これは本当にマズい・・)
と順子は思った。
と云うのも、山西健人が演じるのが後藤又兵衛であることが事を複雑化し問題を大きく拗らせる可能性があったからだ。