第10話
文字数 1,404文字
(それにしても・・何でまた今になってやねん。もう二月も半ばやぞ。あと二か月半後には本番やぞ・・まさか、嫌がらせのつもりかぁ?いやまて。今日のあの活き活きとした様子やとホンマにやりたいっちゅうことかいな・・マズい。非常にマズいがな・・)
渋い表情でたばこを燻らせながら宙に向けていた目線を少し順子に向ける竹田。
そんな順子は無言で目を閉じたままピクリとも動かないで考え込んでいる。
それは順子だけに限らない。ここに居る面々全てが一様に重苦しい雰囲気に包まれ困惑の表情で固まっている。恐らくは誰もが同じ想いに駆られているのだろう。
(何故今になって・・・)
しかし順子だけはもう少し踏み込んだ想いを巡らせている。
(どうして誰も止めることが出来なかったの?・・誰も事前に知らなかったの?・・どうなってんのヨ・・)
しかし、そんな想いを容易に口に出せる雰囲気でもないし。また、怒りに満ち満ちているであろう目を見せるわけにもいかず。只、目を閉じてそれらを逡巡するしかない。そう、ここで口火を切る事は出来ないと順子は考えている。
(それにしても、何で今になってなの)
どうやら、この‘今になって’だけは皆の共通した想いとなっているようだ。
そしてこの小さな駆け引きと重苦しい沈黙を破ったのは林田だった。
「80万円だったっけ嘉山ちゃん。そんなお金出せるか?」
「天地がひっくり返ったって無理ですわ。まち協の残っている予算で後使えるのは。
まぁせいぜい20~30万円ってトコです」
嘉山は無表情に帳面を見ながら答えたあと、再び目を閉じて黙り込んでしまった。
「そうかぁ・・」と、溜息交じりで林田が呟いた。
(マズい・・次はウチらに幾ら出せるか聞いてくる)
順子は咄嗟に隣に座っている竹原の足を気付かれない様に小さく蹴って合図を送った。
実は、会議が行われていた道明寺会館から竹田の店に移動する際に竹原とは、
「断じて予算は割けない。お金はない!」と口裏を合わせていたのだ。
と言うより事実割ける予算はなかった。
そして合図を受けた竹原は実に言いにくそうな口調で、「エぇ~っと・・そのぉ・・ウチとしましても。既に目一杯でして・・そのぉ・・このタイミングでの予算の組み換えは難しいかと・・・」と、既に汗を吹き出しつつ苦しい表情で官僚の答弁の様に発言した。
すると竹田がたばこを消しつつ、「誰か前もって大川さんから聞いてなかったんかいな?」
と発言すると、やはり同じ疑問があったのか一斉に一同が顔を見合わせ出したが。
どうやら誰もが初耳だった様子だ。そう、皆、青天の霹靂だったわけである。
そもそもこの日の会議は各自の準備状況や進捗状況の報告と道明寺交響曲のメイン・キャストに選ばれたメンバーとの初顔合わせ等が粛々と行われ、そのあとにまち協メンバーと順子らで今後のオペレーションに付いての打合せが行われた時に、突然それは炸裂した。