第29話
文字数 1,089文字
「そや、その表情と心意気やで。ようやっと、いつもの桜田さんの顔に戻ったわ」と静かに言った。
「そんな、酷い表情してました?」
「この世の終わり。みたいな強張った表情やったで」
「そんなに・・」
真弓は無言で頷き、
「まあ、今の表情なら皆の前に出て行ってもイケるやろ。ついさっきまでの表情で出て行ったら。この世の終わりが皆に広がったやろな」
(そんなに酷い表情になってたのか・・)
数々のイベント現場でのトラブルや、それこそ様々な修羅場をくぐって来たつもりだった。
それらの経験から自身の感情の起伏を上手くコントロール出来るつもりでも居たのだが、やはりそう上手くはいかないものだと順子は改めて自分の中にある弱さを感じ、それを野本真弓に見事に見抜かれてしまったことに少し動揺もした。しかし、それらの事全てを何故か許容出来る不思議な敗北感にも近い感覚に包まれている自分を感じ始めてもいた。
(この感覚はなんなんだろう・・)
競争の激しい業界に身を置き女であることを忘れるほどに働くと云うよりは闘って来た。
ライバルたちを蹴散らしつつ先頭集団の一人として階段を駆け上がって来たと云う自負もある。
三年半ほど前に反りの合わない上司とぶつかったことをキッカケに組織から離れ独立し、男社会の中で散々弄られて来た70年代アイドルと同じ名前も、その折に芸能人の芸名ではないがビジネスネームとして桜田まさみと変えて自分自身もプロデュースしてきたのだ。
それこそ、誰にも負けないと云う極めて攻撃的な気持ちを甲冑ではないが、戦闘服として必ずブランド品のスーツや持ち物を身に纏うことで自身を鼓舞して来た。
(誰にも負けない)
そう、これが順子の原動力となっている。
が、いま、そんな順子を不思議な敗北感が包んでいる。
しかも、その敗北感を何と素直に受け入れてしまっている自分がいる事が驚きと云うか不思議だとも順子は感じている。
そんな自分の中で思わぬ感情の登場に戸惑っている順子を鼓舞するかのように真弓が言った。
「あんたは、きっと私たちが想像も出来んくらい数々の大きなイベントをこなして来たんやと思う。私らからしたら眩しい存在なんヨ。そやから、これまで通りの自信満々で、海の向こうからやって来た黒船のペリー提督の様な桜田まさこプロデューサーで居てて欲しいんよ。あんたの信念を信じて突き進んでくれたらエエのんよ。私たちは、そんなあんたについて行くだけやし。
頼んまっせ。桜田まさみプロデューサーはん!」
(ね・姐さん・・と呼びたい・・)