念には『念』を -4-

文字数 1,133文字

「それでは、お言葉に甘えます。よろしくお願いします」

「はい。こちらこそ」

 こうして始まった、橋本との訓練。現世での実習の時にも感じたことだが、彼女は伝えるという面で秀でている。感覚的なことだけでなく、技術的なことも併せて教えてくれる。感覚だけ、理屈だけでは、なかなか理解には至らない。彼女のスタイルは、まず言葉で説明し、自分が実演して見せて、その後で相手にやってもらう、というもので、インストラクターや塾講師のようなコーチングスキルを持っていた。

 『念』には大まかに二種類あり、ひとつは一時的に作用させるもの、もうひとつは継続的に作用させるものに分かれる。宙を浮く、服装や化粧を変えるなどが前者に、建物や寝具、筆記用具等の具現化が後者に該当する。継続的な『念』には、劣化により消滅までの期限が来るものもあれば、消滅のタイミングを調整できるものがある。そういえば、遠藤が求人票の『念紙』を捨てた時、地面に落ちる直前に消えた。あれは、不要になったら消滅するよう設計されたものだったのだろう。

 余談だが、俺たち霊が意識せずとも服を着ているのは、霊界の仕様らしい。生前に思い入れがあった服があればそれを着ているし、特にこだわりが無ければ最後に着ていた服や、よく着ていた服など、思い出せないまでも無意識に残っている記憶から引っ張ってきているとのことだ。俺が着ているのはTシャツに七分丈パンツというありふれた軽装なので、こだわりは無かったのだろう。ひとまず、裸体を晒すという恥をかかずに済んで何よりだ。

 そもそも『念』とは何かという話だが、簡単に言えば強い願いだそうだ。

 現世であれば、願っただけで何かができるわけもなく、頭で考えて設計し、環境を整え、素材や部品を集め、手を動かし機械を動かして製造・加工し、場合によっては補強し、検証をするといった細かいプロセスを踏んで、ようやくモノが出来上がる。

 霊界においては、そこまでの過程を思い浮かべ、その場に対象が存在するという明確なイメージを持てば、モノ――住居、寝具、テレビなど継続的に存在する――が具現化する。

 普段意識することは無いが、利用者はすでに出来上がったもの――服や化粧品など――を使う際に、手順を踏んでいる。服ならば、まず今着ているものを脱ぎ、そこに新しい服を着用する。化粧であれば、ベースメイクをした上で、目、頬、唇など部位に合わせたメイクをしていく。こういった手順を思い浮かべたうえで、自分が服を着ている様子、メイク後の自分を強くイメージすることで、一時的にある状態をキープしておくことができる。

 取り急ぎ俺が覚えないといけないのは、一時的に作用させる『念』なので、手順を踏んだ後のイメージに集中することになる。
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